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8 病
しおりを挟むレーナはライティオ公爵家に招待されていた。すぐ隣にある図書館にはしょっちゅう出入りしていたが屋敷の敷地内に入るのは初めてで緊張していた。
案内された場所は、愛らしい小さな温室だった。
美しい花が咲き乱れ、高級なガラスをたくさん使っていて太陽の光がさんさんと降り注いでいる。
「本を読むのに野外だと何かと不便だろ? 気分転換にいつもと違う場所で本を読みたいときに便利だと思ってな。作ってみたんだ」
中へと入ると、大きなソファセットとテーブルの上にはいくつかの本が詰みあがっている。
「ただ、わざわざ移動してまで本を読みに来るかと言われると正直あまり使っていないな。でも、本好きな人を呼ぶには丁度いい。見栄も張れるし」
ヨエルは振り返ってそんなふうに言った。
たしかに普段使いはしなさそうな場所ではあるし、生活に必要ないものだとは思う。しかし、植物に囲まれて本を読むなんて素敵だ。
「見栄ですか……やはり張った方がいいんでしょうか。私は純粋に、良い趣味をしていると思います」
「そうだなぁ。見栄を張るかどうかは人それぞれでいいと思う。レーナは、他人から自分がどう見えるかということに疎そうだし、派手なものは身に着けていないな、シンプルなものが好きなのか?」
話をしながら二人でソファに腰かけて、いつもと違う横並びの距離感になんだか近いなという感想を持つ。
それからレーナはそう言う彼はいつも、キラキラしていて眩しいぐらいだなと思う。
「……シンプルが好きというより、派手なものを持っていませんので……」
適当な言葉を返しながら、ヨエルの金色に輝く瞳を見つめ返す。
彼は高貴な身分だけあってとても整った容姿をしているし雰囲気も華やかだ。
ピアスや指輪をつけていて、ただ宝石などつけずにそこに存在しているだけで場が華やぐほどハンサムなのに、センスの良い宝石などをつけているともう近寄りがたいまである。
けれども落ち着いた藍色の髪が素朴な青年らしさを与えていて、バランスが取れているというか派手過ぎず地味過ぎず……隙が無いような出で立ちである。
「なんなら俺が贈ってもいいぞ? 君に似合いそうなものを選ぶ自信がある」
「いいえ、ヨエル様。私は自分で選べるようになりたいので」
ふと、彼はレーナを覗き込んで表情をほころばせる。
そうしてくれているとなんだか酷く安心するような心地がするのは、レーナがヨエルの事を相当に格上の相手だと思っているからだろうか。
「だよな。君ならそう言いそうだと思った。……それで、早速だが図書館以外で会った記念として、まだ公開していない面白い本を持ってきておいた。今日はいつもと違う場所で読書を楽しむという事でどうだ?」
「ありがとうございます。私から提案したのに気を使ってもらってしまいました」
「それを気にしてくれるなら、今度はレーナがデートの内容を考えてくれ。俺はそれを楽しみにできれば十分だ」
「……デート」
不意に言われた言葉を、レーナはつい復唱した。
意味が分からなかったわけではないし、知っている言葉だ。
しかし、彼が言い間違えるはずもない。不思議に思ってヨエルに視線を向けると「ン?」と首をかしげて、それから疑問に答えるように丁寧に言った。
「異性と日付と場所を指定して会う事をデートっていうだろ、そういう意味で言っただけだ」
「ああ、そうでしたか。恋愛的な文脈以外でも使われる言葉なんですね」
「……」
「わかりました。次に図書館以外で会うとき、私がデートの内容を考えます。趣向を凝らしてあっと驚かせて見せます」
彼が言ったように、こうして会う事をデートだと定義してレーナは次回はどんなデートにするべきだろうかと考える。
屋敷にいる男性陣に聞いてみるのもいいかもしれない。父に聞くのは少し憚られるのでエイベルあたりに聞いてみようと思う。
「それで、どういった本を持ってきてくださったんですか?」
「……」
「……ヨエル様?」
話を切り替えて彼が厳選してきてくれたであろう本の話題に移ろうと考えた。
しかし、ヨエルは前かがみになって自分の足元をしばらく見ていた。
それから手と手をすり合わせてぱっと顔をあげる。
「悪い、レーナ。デートじゃない。君があんまり素直だからか、揶揄いたくなったつうか、そういう事にしておいてくれないか?」
何故だかヨエルは罪悪感があるような後ろめたいようなそんな表情をしている。
それに素直に頷くとヨエルは額に手を当てて、深くため息をつく。
「……なにか気に障ることをしてしまいましたか?」
「違う。君が純粋過ぎて、俺の醜さが浮き彫りになっただけだ、気にしないでくれ」
「私はヨエル様をそんなふうに思った事一度もありません。いつも尊敬できる、私の理想のような人です」
「うっ、うれしさ半分、苦しさ半分……」
「なにがそれほど、ヨエル様を苦しめているのでしょう」
「……病だろうな」
「どこか悪いんですか?」
「しいて言うなら心臓か?」
「心臓病は……深刻ですね……」
レーナはヨエルを見つめてそんなに悪そうには見えないのにとじっと見つめる。もしかして治療中の身なのだろうか。
そういう話は一度も聞いたことがなかったが、彼は何故だかいつも図書館にいる。
安静に日々を過ごすように、魔法使いに言われているのかもしれない。
「ま、この病はなにも命にかかわることじゃない。置いておいて本の説明をするぞ」
すぐに切り替えて、ローテーブルに置かれている本を手に取る彼は打って変わって明るい表情だ。
病の事を知られたくないのかもしれないと思い、レーナはうんうんと頷いて新しい彼の選んでくれた本に心をときめかせた。
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