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9 告白
しおりを挟むしばらくページをめくるだけの時間が過ぎていき、天高く上っていた太陽が傾いて日差しが赤くなって来たころ、ヨエルに声をかけられた。
「そろそろ屋敷に戻った方がいいだろ。続きは帰ってから読んだらいい。特別に貸してやるから」
そう言われて手元にある本に視線を落とす。
これは、ライティオ公爵家が収集していた魔法に関する本だった。
ライティオ公爵家はほかの貴族たちとは違って独自の魔法の研究を進めている貴族だ。
このフェルーニア王国にはそういう独自の特色を持っている貴族が割と多い。それは土地の性質的に百年に一度ほどのタイミングで魔力的資源の枯渇が起きるからだ。
そういった時に他と差別化してその経済難を乗り越えるためにライティオ公爵家は魔法の研究や、珍しい魔法の使い方を収集している。
その記録がこの本だった。
「…………とても貴重なものだと思いますので、持ち帰るのはやめておきます。何かあってヨエル様に迷惑が掛かるのだけは避けたいので」
「君は律儀だな。俺は気にしない」
「私がそうしたいのです」
「わかった。今度また会うときに、必ず用意しておく」
「ありがとうございます」
最後のページの内容をよく覚えてそれから本を閉じる。とても興味深いものだったので続きを是非読みたい。
そう思うと次にヨエルに会うこともとても楽しみになる。
「よし、じゃあそろそろ行くかって言いたいところだが……レーナ、最後に一つ真剣な話を聞いてほしいんだ」
具体的には日取りはいつにしようかと考えていると、ふと手を握られてぱっと顔をあげた。
「……」
真剣な話らしい、こんなふうに前置きをするからには、忘れてはいけない事なのだろう。
「……メモを取った方がいいことですか?」
「いや、そういう事じゃなくて」
レーナはあまり頭がいい方ではない。忘れてしまったら困るだろうという事での配慮だったがそういう事ではないらしい。
「そうなんですね。わかりました、真剣に聞きます」
「ああ、あのな。レーナ。君はこれからいろいろなことをするだろ?」
手をぎゅっと握られて、問いかけられる。もちろんその予定だ。
しかし、欠かさず会いに来る予定でもある。ヨエルとの時間も蔑ろにするつもりはない。
「その中に、新しい配偶者についての話もあると思う。多くの場合両親や周りの大人が選び、本人たちは相性を少し確認する程度で選ばれることが多いな?」
間違っていないので頷く。アーベルもそういうふうに選ばれた相手だった。
「でも、もちろん例外はある。ある程度、成長している場合、本人の意思が尊重される場合もあるはずだ。だからこそ……俺は君のその状況を利用したいと思ってる」
「……利用、ですか」
「ああ、言っただろ。俺は君と話をするのも一緒にいるのも好きだ。もちろん今まで通り図書館で会ってもいい。けれど、何も実質的なつながりがない状態よりも、ある状態での方がたくさん会えるし、なにより一緒にいることを咎められない」
言い聞かせるような言葉に、レーナも同じように何かしらのつながりで彼と会う時間を確保出来たらと思った。
しかしおこがましい考えだという答えを出したが、彼の方からも望んでくれているとは思わなかった。
「いつ終わるとも知れずに、君を待っているだけの関係じゃあ、俺は満足できない。だからこそ君の新しい婚約者に立候補したい。ただ、俺の方から申し入れをすると断りづらいと思う」
ヨエルは公爵家の次男だ。跡継ぎではなくともそれなりの地位を持っている。彼の言っていることは正しい。
「だからこそ、君にそれを許してくれるか聞きたかったレーナの世界は広くなって様々な人と出会うことになる。そうすれば自然と、君とそばにいたいと願う人間は増えると思う」
「……そうでしょうか」
「ああ。だから、俺が最初に言っておきたかった。まずは俺が君を見つめ続けていた事、それを忘れないで欲しい」
「……」
あまりにヨエルが自信満々に言うものだからレーナは、否定する暇もない。
むしろ、訳ありである自分のような令嬢などと婚姻したいと思う相手がそうやすやすと見つかるかという方が心配ですらあるのに。
彼は立候補までしてそのうえで、ほかに取られる心配までしている。それはレーナを買いかぶりすぎだと思う。
しかし、あまりに真剣なのでもしかするとそうなのかもしれないと思わせるほどだ。
「答えはすぐに欲しいわけじゃない。レーナ。急に告白して悪かったな。前回は君に提案をしてもらって、俺も図書館から出る勇気が出た。だから、俺からも言っておかなければならないと思ったんだ」
「…………はい」
「大丈夫だ。気軽に考えてくれて構わない。俺と一緒にいることを少しでも嬉しく思ってくれているなら受け入れてやってもいいかもと考える程度でいいんだ。適当でいい」
真剣な話だと前置きをしておいて彼は、今度は気軽にと口にする。
むしろ気軽に選択することを望んでいるような口ぶりだった。
……でも、将来の結婚相手というのはとても重要なものですよね。
アベールの件もあってそれを簡単に選んでは多くの人を困らせる事態になるのだと改めて思った。
彼自身もレーナがもし婚約者の選定について相談した場合、とても親身になって真剣に精査するべきだというに違いないと思う。
それなのに、こんなことを言うのは何かを企んでいるからなのか、それともそういうふうに軽薄にでもとりあえず選んでさえくれたらいいと思っているのか。
じっと見つめてみても、察することはできず、その代わり彼はレーナに見つめられて、少したじろぐ。
そして少し頬を染めて、視線を逸らす。
「適当でいいわけない……って言いたそうな顔だな。でも、なんつうか、レーナ、俺は、こんなに自分から求めたのは初めてなんだ。だからうまい言葉は知らないし、もう少し素直になれたらと自分でも思う」
「そうなんですか」
「ああ、俺は君が思っているより…………いや、やめとこう」
彼が何と続きを言おうとしていたのかわからない。けれども何か卑屈なことを言おうとしていたような気がする。
しかし切り替えて、ソファの背もたれに手を付いて立ち上がり、レーナを引き上げた。
彼の力にひかれるようにしてレーナも立ち上がる。
「君がいいと言ってくれれば、俺は君のなんにでもなる。教師にも、友人にも、恋人にも、家族にも。これでも得意なことは多いんだ。頼もしいだろ?」
「はい、それはすごく」
「その気持ちを忘れずに屋敷に帰って答えを出してくれ。俺は待ってるから、レーナ」
少し手を引かれて、そのまま簡単に抱擁されて、まるで友人同士の挨拶のようだった。
しかし、きちんと彼も男の人でレーナよりも大きく、しっかりとしていた。
それはとても不思議なことで間違いなく尊敬できる友人であるのに、少しむず痒いような気持ちになってレーナは彼とともに温室を出たのだった。
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