“足りない”令嬢だと思われていた私は、彼らの愛が偽物だと知っている。

ぽんぽこ狸

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 外廊下から屋敷の中を通り、エントランスへと出た時、今まで彼のそばにいた従者が報告を受けてこっそりとヨエルに言う。

「ヨエル様。エリオット様からどうしてもすぐに来てほしいと呼び出しが」

 すぐにこちらへとヨエルが視線を送ったので、レーナはぱっと笑みを浮かべる。

「もうすぐ迎えの馬車が用意できるそうですから、お気になさらず」
「そうか、悪いな。最後の最後で」
「いいえ、今日はありがとうございました。とても楽しい時間でした」
「俺も楽しかった。またな」
「はい、また」

 急いで去っていく彼を見送って、レーナは背後に控えていたアメーリアへと視線を移す。

「アメーリア、聞いていたとは思いますが。婚約者の件です」
「はい! まさかあのヨエル様にお声をかけていただけるとはっ、嬉しいですね、レーナお嬢様」

 アメーリアはなんだかレーナよりもすごく嬉しそうで、頬を染めてウフフ、ウフフと笑い声をあげている。

 図書館の中でのことを彼女は基本的には知らない。

 もちろん最初に来た時にはそばについていてもらったが、ある程度慣れてきてからは迷惑をかけないという約束で、それが破られない限りは馬車で待機していてもらうことになっていた。

 だからこそ、ヨエルとライティオ公爵家で会うと言った時はアメーリアもロバータもとても信じられないという様子だったが、こうして来てみて疑念など消し飛んで先ほどの状況を見ていて喜んでいるらしい。

 彼女が嬉しそうだとレーナも嬉しいけれども、彼女の”あのヨエル”という言葉が少し気になる。

「はい、嬉しい事です。……一応父に、私が彼を良いと思っていることを伝えておいてもらえませんか」
「レーナお嬢様が……ですわね。わかりましたわ」
「それで……”あの”とはどういう意味の……」

 用件を先に話して、それから気になる言葉を聞こうとするとアメーリアはレーナの後ろに視線をやってすぐにレーナを見る。

 気になって振り返ればそこには、ヨエルに少し似ている男性がいて、こちらへと向かってくる。

 外見年齢から考えると、彼は……。

「ごきげんよう。クレメナ伯爵令嬢、レーナと呼んでも?」

 ヨエルよりも幾分雰囲気が柔らかく、人好きのする笑みを浮かべている彼にレーナは淑女礼をして頭を低くした。

「もちろんです。ヨエル様のお兄さまのエリオット様、屋敷にお招きいただいたのにご挨拶できずに申し訳ありません」
「いいえ、全然気にしないで。むしろ僕は君にお礼を言うためにここに来たようなものだから」

 ニコニコとしてそういう彼に、レーナは人のよさそうな人だと思いながらも疑問に思う。
 
 ……先程、ヨエル様を呼び出したのはエリオット様だと思っていたのですが……。

 しかしそうするとここに彼がいるのはおかしい。

 まさか、呼び出した当人がいないなんてことはないだろうし、レーナの聞き違いだろうか。

「あと、どんな子か見たかったというのもあるけれど、なるほど。ヨエルはこういう子が好きなんだ。とてもいい子そう」

 ヨエルがレーナの事を好きかどうか、いい子そうというのが誉め言葉かどうか、いろいろと思う所があった。

 しかし、彼はあまり深く考えて発言している様子はないのでとりあえず、なんとなくのニュアンスで褒められていると思う事にして「ありがとうございます」と返す。

「うん。ま、本当にそれだけだから、ごめんね急に家族が出てきてびっくりしたでしょ?」
「はい、少しだけ」
「素直でいいね。ただちょっと、ヨエルが人と交流持つのが珍しくて。少し難しい所があるけれど仲良くしてあげて」
「……私の方が仲良くしてもらっているというか……」

 エリオットが続けて言った言葉に、レーナは流石にそれは逆だと思って訂正しようと考えた。

 するとバタンと扉が閉まる音がして、ヨエルがエントランスにある階段をものすごい速度で降りてきて、駆け足でエリオットの元までやってくる。

 それからガシッと肩を掴んで、青筋を浮かべながらとても低い声で言った。

「兄上、兄上はたまにこういう事をするが俺が心底腹を立てているのを何故理解できないんだ?」
「あ、イテテテッ、いたっ、あははは、ごめんごめん」
「それに、仲良くしてやってだと? 君は俺の親か何かか?」
「だって、紹介してくれないんだもん!」
「いい年した男が、”もん”とか言うな気持ち悪い」
「酷くない!?」

 辛辣に切り返すヨエルと、笑みを浮かべてふざけて返すエリオットに、なんだか意外な兄弟関係だなとレーナは思った。

 男兄弟というのはもっとギスギスとした関係性なのかと思ったが案外気軽そうな関係だ。

「それに乱暴は良くないぞ、ヨエル。ほら、レーナだって見てるのに!」

 そう言って先ほど別れたばかりのヨエルと目が合って、彼はとても冷たい目をしてエリオットを一瞥してそれからレーナに「悪い」と困り果てたように言った。

「こういう人なんだ。能天気というかなんというか」
「いえ、仲がよさそうで微笑ましいです」
「そういうわけでもないんだが……はぁ、とにかくこれが兄だ。紹介するのはもう少し先にしたかったんだが」
「いいじゃないか、今だって。よろしくね、レーナ」
「はい、お近づきになれて嬉しく思います」
「こちらこそ」

 そうして兄の紹介を受けて、レーナは自分の屋敷へと戻った。

 道中機嫌が悪そうに怒っているヨエルをレーナは思い出して、そういえば最初のころはずっとあんな様子だったっけと少し懐かしく思ったのだった。




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