死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
30 / 56

30 魔薬

しおりを挟む


 
 「そういえば聞きたいことがあったんです」

 私は、魔石に彫刻をするのをやめて、回路を刻み込むために魔力を通しながらどちらかに限定せずに聞いた。

 すると、ハンフリーは「なんだ?」と短く答えてリーヴァイは私に視線を向ける。

「……ロットフォード公爵家、レイベークの王家、それから魔法協会を伴うベルガー辺境伯家の因縁についてです」

 それは、長らく続いている争いで、今まではロットフォード公爵家が優勢のまま、十年ほど経過している。

 そしてヴィンセントはその件についても事情を知っていて対応をしようと考えていることは言葉の端々から知っていた。

 しかし、私はロットフォード公爵家にいながらも、そういう政治的な闘争にはまったくの無関係で深く事情を知らない。

 自分が知ったところで解決に時間のかかる問題に、余命一年を繰り返している私は何の役にも立たないからだ。

 けれども状況は変わって体調は少しずつ良くなってきている。ヴィンセントはしきりに私の体を”もとに戻す”と言っているし何か策があるのだと思う。

 それを深く考えても仕方がない。

 なので私は長年、目をそらしてきたこの国の問題について知る機会があったら知っておきたいと思っていたのだ。

「あらかたの事はロットフォード公爵家にいたので知っています。まずロットフォード公爵家は、魔法協会からも禁止されている”商品”を他国から輸入していて扱っている」
「そうだな」
「それは多くの人を中毒にし魔力を生成する器官に影響を与えるもので、医療に精通している我が国の王族がいるからこそ、国は成り立っていますが、他国ではそれで立ち行かなくなる事例も出ている」
「はい」
「だからこそ規制と処罰をしようと王家や魔法協会は、動いていますが、今のところ、王家の人間はその”商品”を使っておかしくなった貴族たちの対処に追われていてそれどころではない」

 私が事のあらましを語っていると、リーヴァイもハンフリーも少し違和感があるような、微妙な顔をしてその様子を視界の端で捕らえた私は顔をあげて聞いた。

「どこか間違っていましたか?」
「いえ”商品”ですか……彼らのところではそういうふうに呼ばれていたのだなと思いまして」
「ウィンディ、ありゃ魔薬だ。人を狂わせて、虜にする人を壊す魔の薬。そんなぼやかした言い方している奴なんて、犯罪者ぐらいだぞ」

 心配したようにそう言ってくる彼らに、価値観の違いで私は少し驚いた。

 彼らにとって”商品”はまごうことなく、人を壊すいけない魔薬でそれを商売にしているロットフォード公爵家は犯罪者。

 分かっているつもりでも、改めてそう言われると心に重くのしかかってくるものがある。

 相手を選べなかったとはいえ私に手を貸してくれていたのは、国と国民を脅かしている一団でそれを何の悪気もなく自分たちの誇らしい生業のように言っていた彼らはおかしいのだ。

 これは、この件に触れるにあたってとても慎重にならなければならないだろうと思う。

「失礼しました。つい、あちらにいた時に聞いていた会話の名残で……魔薬で国を少しずつむしばんでいるという事以外にも、王家が強く出られないのには大きな原因がありますよね」

 続けて話を切り替えて、親和性の高い話題にかえた。

 これはほぼ私は当事者と言っても過言ではないために、間違えた発言をすることも少ないだろう。

「ええ、十年前だったでしょうか。そのころはベルガー辺境伯家も頻繁に狙われ、魔薬の被害に遭った患者が急増した頃です」

 私の言葉に補足するようにリーヴァイは語りだした。

「そこころは我々魔法協会もベルガー辺境伯家を注視しており、王家が必死になって貴族たちの治療に当たっているのを放置していました。

 当時も今も、王城の隣に王家の人間の使う光の魔法の癒しを受けるための医療棟があります。そこには多くの人が出入りし、全員を精査することは不可能でした。

 だからこそロットフォード公爵家のものが入り込み、レイベーク王国の大切なリオン王太子殿下は誘拐され人質となった。それが今でも状況が好転しない理由です」

 ロットフォード公爵家は、王太子を殺して跡継ぎをなくし、王家の力をそぐのではなく彼を誘拐して人質にし、彼らを御する方を選んだ。

 その選択は慈悲でもなんでもなく、ロットフォード公爵家にとっては”商品……魔薬を下ろす大切な消費者なのだ。彼らを維持し続けたうえで魔薬で支配し、自分たちだけの楽園を作ろうとしている。

 それが私から見たロットフォード公爵家だ。

「説明ありがとうございます。やはり痛ましい話ですね」
「そーだな。ただ、ウィンディはリオン王太子殿下と接していたんだろ? 彼はどんな調子だった?」

 興味津々とばかりに聞いてくるハンフリーに私は、なんとも答えづらく難しい顔をした。

「快適に過ごしているはずがないでしょう。ハンフリー、そういうデリカシーがない事を聞くのは人に嫌われますよ」
「えー、いいだろ。ドローレス王妃殿下も、グレゴリー国王陛下もリオン王太子の近況を聞ければ少しは気分が落ち着くかもしれないぜ、手紙に書いてやったらいいだろ!」
「ですから、ことはそれほど単純ではありません。人質に取られている息子が元気だという話を聞いても複雑でしょう?」
「まぁ、複雑っちゃあ、複雑か」
「そうです。今は、特に大切な時なんですから……」

 リーヴァイはそういって、考え込むように腕を組んだ。

 私はすでに作業には集中できなくて、魔石を置いて、最終的に聞きたかったことについてリーヴァイへと問いかけた。

「それは、ロットフォード公爵家を制圧するという事ですか? 王家はリオンを見捨てる選択を……?」
「いいえ、そういうわけではなく、救出作戦の真っただ中という事です。以前ヴィンセント様は、ウィンディ様もいずれリオン王太子殿下に会うことができるはずだと言っていたでしょう? それは、やっと事が動く兆しが見え始めたからです」
「兆し……ですか」
「ええ、あなたの事もあってヴィンセント様もやる気ですから、ロットフォード公爵家には個人的に思う所もあるはずですので、彼らの悪事を正当に暴くために、王家と協力して手を尽くしています」

 リーヴァイは誇らしそうにそう言って、私には詳しい事はわからないが、リオンを救い出すために動いて、この国を魔薬の魔の手から救い出そうとしているという事だけは理解できる。

 ……だとすれば、私もその一助に……いいえ、あの人たちに協力していた罪滅ぼしになることが出来るかもしれません。

「……そうなんですね。では、一つお聞きしたいのですが、リーヴァイ」
「はい、もちろん」
「私が作った魔法道具は彼らも愛用しています」
「そうだろうな! ウィンディの腕は最高クラスだからな!」

 何故だかハンフリーが誇らしそうに言って、それに少し気恥ずかしい気持ちになりながらも私は、続けて聞いた。

「その機能を停止させることが出来たら、少しは彼らに損害を与えることは出来るでしょうか」
「! それは……可能なんですか」
「はい、頂いた技術書に魔法使いは、本意ではない使い方をされないように遠隔で操作できる回路を刻むとありましたので、一応、こちらに」

 そういって、道具箱からケースを取り出して、区画分けして保存してある自作の魔法道具と連動している魔石を見せた。

 これを壊すと、あちらも効果がなくなる。

 大したものではないと思っていたので、気にしていなかったがきちんと考えると少しでもロットフォード公爵家に貢献しているままというのは良くないだろう。

 助けてくれたヴィンセントにも義理を通せない。

「お二人に預けてもよろしいですか? どうするかは、お任せします」
「いいんですか……これは仮にもあなたの努力の結晶では……」
「いいんです、私は……私を尊重してくれる方々に尽くしたいだけですから」

 そういって見学の終わりには彼らにケースを持って行ってもらう。しかし一つだけは手元に残して、その小さな魔石を見つめる。

 そして小さなリオンの事を思い出して、それを壊そうかそれともそのままにしようかと考える。

 しかし、彼がこれを支えにしていたならば、可哀想だ。ヴィンセントたちの作戦とうまくかみ合うかどうかは定かではないが後は時の運に任せようと思ったのだった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

政略結婚の指南書

編端みどり
恋愛
【完結しました。ありがとうございました】 貴族なのだから、政略結婚は当たり前。両親のように愛がなくても仕方ないと諦めて結婚式に臨んだマリア。母が持たせてくれたのは、政略結婚の指南書。夫に愛されなかった母は、指南書を頼りに自分の役目を果たし、マリア達を立派に育ててくれた。 母の背中を見て育ったマリアは、愛されなくても自分の役目を果たそうと覚悟を決めて嫁いだ。お相手は、女嫌いで有名な辺境伯。 愛されなくても良いと思っていたのに、マリアは結婚式で初めて会った夫に一目惚れしてしまう。 屈強な見た目で女性に怖がられる辺境伯も、小動物のようなマリアに一目惚れ。 惹かれ合うふたりを引き裂くように、結婚式直後に辺境伯は出陣する事になってしまう。 戻ってきた辺境伯は、上手く妻と距離を縮められない。みかねた使用人達の手配で、ふたりは視察という名のデートに赴く事に。そこで、事件に巻き込まれてしまい…… ※R15は保険です ※別サイトにも掲載しています

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

かりそめの侯爵夫妻の恋愛事情

きのと
恋愛
自分を捨て、兄の妻になった元婚約者のミーシャを今もなお愛し続けているカルヴィンに舞い込んだ縁談。見合い相手のエリーゼは、既婚者の肩書さえあれば夫の愛など要らないという。 利害が一致した、かりそめの夫婦の結婚生活が始まった。世間体を繕うためだけの婚姻だったはずが、「新妻」との暮らしはことのほか快適で、エリーゼとの生活に居心地の良さを感じるようになっていく。 元婚約者=義姉への思慕を募らせて苦しむカルヴィンに、エリーゼは「私をお義姉様だと思って抱いてください」とミーシャの代わりになると申し出る。何度も肌を合わせるうちに、報われないミーシャへの恋から解放されていった。エリーゼへの愛情を感じ始めたカルヴィン。 しかし、過去の恋を忘れられないのはエリーゼも同じで……? 2024/09/08 一部加筆修正しました

処理中です...