死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
31 / 56

31 変わる立場

しおりを挟む



 ジャレッドはイライラしながら、領地の運営に必要な魔法道具に魔力を注いでいた。

 何もかも話が違う。最近はそのことが頭の中をぐるぐると回っていて、夜も眠れない日々が続いている。

 ……そもそも、ロットフォード公爵家があの女を放逐したのが原因じゃないか! メンリル伯爵家に我が物顔で帰ってきて寄生しようとされれば誰だって追い出すだろ!

 しかし当たり前のその感覚はロットフォード公爵家に理解されず、やっと”商品”を下ろしてもらえて、ジャレッドたちもいっぱしの商売人として認められたのだと思った矢先、関係を打ち切られてそれきり。

 それ以来、メンリル伯爵家は火の車だった。

 定期的にあったあの女の趣味や仕事の報酬が消え、領地の収入だけでは賄えず、今は両親ともに、身内に支援を頼んで回るような生活をしている。

 そんな惨めな思いをしなければならないのも、こうして腹立たしいのもあの出来の悪い妹が全部悪い。

 未知の病気だかなんだか知らないが、自分の責任も自分で持てないようなあの女がもっとこびへつらって頭を床にこすりつけ靴をなめたら態度を変えてやったのにと思う。

 ……いや、むしろそれぐらいして、当然だろ。俺にもミリアムにも、養ってもらうんだから。

 それをやらなかったあの死にかけが悪い! ああイライラする。

 そう考えながら、魔力を供給していると、なんだか変な引っかかりを感じて指につけている魔法道具を見た。

 それは魔力を効率よく循環させる魔法道具らしく、あの女が暇を持て余して作った代物だ。

 どうせ碌な効果もないはずだが、勿体ないのでつけてやっている。

 それが光を失っていき、鈍く点滅して、最後には黒ずんで魔法道具のコアとなる魔法石にピシッと亀裂が入った。

「っ、な、なんで急に」

 そんなに乱暴に、魔力供給をしていたわけではないのに、どうしてか壊れた、それにさらにあの女に怒りがわいてくる。

 どうせ、適当に作った趣味の範疇のくだらないものだとわかっていても、使ってやっているのに、壊れたことが腹立たしくて仕方がない。

「……どいっつもこいつもっ~!!」

 ロットフォード公爵やアレクシスの顔を思い出し、誰もかれもジャレッドを馬鹿にしている気がして、さらに頭に血が上る。

 しかしその瞬間、領地を運営するための魔法道具にずわっと魔力を吸われる。

「っ」

 クラッとしてそのまま、テーブル激突し、体勢を崩して倒れこむ。胸が苦しくて妙な動悸がして脂汗がにじむ。

「ぐっ、っ~!!」
「ジャレッド様、どうなさいましたか」
「誰かお医者様をっ」

 侍女たちが焦った様子でジャレッドを取り囲む、しかしその症状がなんであるかジャレッドはまったくわからなかった。

 しかし、間をおいて幼いころの妹と同じような症状だと気が付いて、血の気が引く。

「さ、触るな!! まさか、まさか俺にも移ったってのか!? あの得体のしれない病魔が!!」

 頭の中で早々に結論を出してジャレッドは絶望的な気持ちになって無理してテーブルに手をついて立ち上がり、領地運営に必要な魔法道具を薙ぎ払うように払い落とした。

「畜生っ、畜生! ふざけんじゃねぇぞ! あの女どこまで家族に迷惑をかけるんだ!!」

 怒鳴りつけるような声に、侍女たちが逃げるように壁際に離れていく、しかしジャレッドにとってはそんなことはどうでもいい。怒りに任せて壊れた魔法道具を指から外して床にたたきつける。

「ふざけんなっ! ふざけんな! 死にかけ女め!」

 感情に任せて指輪を踏みつけて必死になって怒鳴った。

 実際は、病気がうつったというわけではない。

 単純に、魔力効率がいいだけの魔法道具だと勘違いして使っていたウィンディの魔法道具は、魔力の増強効果の著しい魔法道具だった。

 どういうものかを説明されたにも関わらず、どうせこんな女が作ったものなどと侮り、常日頃からつけていたせいもあり、成長期にまったくと言っていいほど魔力を消耗しない日々をジャレッドやミリアムは送っていた。

 成長期は魔力をたくさん使えば使うほど大きく増えるものだ。しかしその逆もしかり、まったく魔力を使わなければ減衰していく。

 ウィンディの必死の仕事を馬鹿にして、侮り貶めたツケとしてウィンディの魔法道具なくしては魔力を碌に捻出できない体になったという事情だった。

 しかしそんなこととは露知らずに取り乱したジャレッドの元に、同じく魔法道具が突然壊れたミリアムがやってきて、状況を鑑みずに行った。

「ちょっと聞いてよ、お兄さまあの女の作った魔法道具が壊れたのよ?」

 丁度同じタイミングで壊れたらしいミリアムの言葉に、なんだかタイミングが良すぎるような気がした。

 しかしそれだけ品質の悪いものだったのだろうと、ジャレッドは早合点して、そんなものをよこしてきたあの女にさらに、馬鹿にされたような気分になった。

「って、何よ、随分顔色が悪いじゃない? まさか、あの女の病気がうつったとか? やめてよ? 冗談にもならないわ、あんなクズ、家系に二人も出たらもう私恥ずかしくて死にたくなっちゃう!」

 おちゃらけて言うミリアムの言葉に普段だったら、あの女への皮肉をたっぷり込めて返せるがジャレッドはそれどころではなく、ミリアムすら自分も侮辱してくるのだと苛立たしい気持ちになる。

「っ、お前はいつもそうやって、他人を馬鹿にしてばかりだな、お前だって性格が醜い女だって事は、あの女と変わらないくせに」
「……は? なによ、突然。私が醜いですって?」
「ああそうだ、稼ぎもしないで散財ばかり、お前ら女は皆、寄生虫みたいなものだな!」

 当たり散らすジャレッドにミリアムは猛烈な怒りを覚え言い返す。

「ああ、そうやって女を見下したいオトシゴロなのね、バッカみたい」

 冷静に、切れ味よく煽る言葉をミリアムが言うと、ジャレッドはわき目も降らずにミリアムに殴り掛かった。

 バシンと耳をつんざくような音が響いて、華奢な令嬢の体が崩れ落ちる。

 しかしやられっぱなしのミリアムではなく、取っ組み合いのけんかに発展する。

 ウィンディが婚約破棄されてからというもの、どんどんと状況が悪くなっていることをミリアムも知っていた。

 しかし何が原因かということまで頭が回らず、現状に文句を垂れる子供同士だということは変わりはない。

 二人は散々お互いをけなし合い、ウィンディを見下すことによって結託していた家族の絆は脆く儚く消えていったのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

最愛の人と弟だけが味方でした

柚木ゆず
恋愛
 密かに恋をしていた人・エザント商会の跡取りユリスから告白をされた、アリシア。そんな彼女の家には、アリシアが気に入ったものだけを欲しがる妹のサーシャと、そんなサーシャを可愛がる両親がいました。  そのため様々な迷惑がかかってしまうからと、アリシアは心の中で泣きながら告白を断ってしまいます。  せっかく両想いだと気付けたのに、断らないといけなかった……。アリシアは部屋に閉じこもって落ち込んでいましたが、ユリスはアリシアの態度に違和感を覚えていて――。  体調の影響により(しっかりとお返事できる量に限りがありますため)一時的に、完結したお話の感想欄は閉じさせていただいております。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

処理中です...