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31 変わる立場
しおりを挟むジャレッドはイライラしながら、領地の運営に必要な魔法道具に魔力を注いでいた。
何もかも話が違う。最近はそのことが頭の中をぐるぐると回っていて、夜も眠れない日々が続いている。
……そもそも、ロットフォード公爵家があの女を放逐したのが原因じゃないか! メンリル伯爵家に我が物顔で帰ってきて寄生しようとされれば誰だって追い出すだろ!
しかし当たり前のその感覚はロットフォード公爵家に理解されず、やっと”商品”を下ろしてもらえて、ジャレッドたちもいっぱしの商売人として認められたのだと思った矢先、関係を打ち切られてそれきり。
それ以来、メンリル伯爵家は火の車だった。
定期的にあったあの女の趣味や仕事の報酬が消え、領地の収入だけでは賄えず、今は両親ともに、身内に支援を頼んで回るような生活をしている。
そんな惨めな思いをしなければならないのも、こうして腹立たしいのもあの出来の悪い妹が全部悪い。
未知の病気だかなんだか知らないが、自分の責任も自分で持てないようなあの女がもっとこびへつらって頭を床にこすりつけ靴をなめたら態度を変えてやったのにと思う。
……いや、むしろそれぐらいして、当然だろ。俺にもミリアムにも、養ってもらうんだから。
それをやらなかったあの死にかけが悪い! ああイライラする。
そう考えながら、魔力を供給していると、なんだか変な引っかかりを感じて指につけている魔法道具を見た。
それは魔力を効率よく循環させる魔法道具らしく、あの女が暇を持て余して作った代物だ。
どうせ碌な効果もないはずだが、勿体ないのでつけてやっている。
それが光を失っていき、鈍く点滅して、最後には黒ずんで魔法道具のコアとなる魔法石にピシッと亀裂が入った。
「っ、な、なんで急に」
そんなに乱暴に、魔力供給をしていたわけではないのに、どうしてか壊れた、それにさらにあの女に怒りがわいてくる。
どうせ、適当に作った趣味の範疇のくだらないものだとわかっていても、使ってやっているのに、壊れたことが腹立たしくて仕方がない。
「……どいっつもこいつもっ~!!」
ロットフォード公爵やアレクシスの顔を思い出し、誰もかれもジャレッドを馬鹿にしている気がして、さらに頭に血が上る。
しかしその瞬間、領地を運営するための魔法道具にずわっと魔力を吸われる。
「っ」
クラッとしてそのまま、テーブル激突し、体勢を崩して倒れこむ。胸が苦しくて妙な動悸がして脂汗がにじむ。
「ぐっ、っ~!!」
「ジャレッド様、どうなさいましたか」
「誰かお医者様をっ」
侍女たちが焦った様子でジャレッドを取り囲む、しかしその症状がなんであるかジャレッドはまったくわからなかった。
しかし、間をおいて幼いころの妹と同じような症状だと気が付いて、血の気が引く。
「さ、触るな!! まさか、まさか俺にも移ったってのか!? あの得体のしれない病魔が!!」
頭の中で早々に結論を出してジャレッドは絶望的な気持ちになって無理してテーブルに手をついて立ち上がり、領地運営に必要な魔法道具を薙ぎ払うように払い落とした。
「畜生っ、畜生! ふざけんじゃねぇぞ! あの女どこまで家族に迷惑をかけるんだ!!」
怒鳴りつけるような声に、侍女たちが逃げるように壁際に離れていく、しかしジャレッドにとってはそんなことはどうでもいい。怒りに任せて壊れた魔法道具を指から外して床にたたきつける。
「ふざけんなっ! ふざけんな! 死にかけ女め!」
感情に任せて指輪を踏みつけて必死になって怒鳴った。
実際は、病気がうつったというわけではない。
単純に、魔力効率がいいだけの魔法道具だと勘違いして使っていたウィンディの魔法道具は、魔力の増強効果の著しい魔法道具だった。
どういうものかを説明されたにも関わらず、どうせこんな女が作ったものなどと侮り、常日頃からつけていたせいもあり、成長期にまったくと言っていいほど魔力を消耗しない日々をジャレッドやミリアムは送っていた。
成長期は魔力をたくさん使えば使うほど大きく増えるものだ。しかしその逆もしかり、まったく魔力を使わなければ減衰していく。
ウィンディの必死の仕事を馬鹿にして、侮り貶めたツケとしてウィンディの魔法道具なくしては魔力を碌に捻出できない体になったという事情だった。
しかしそんなこととは露知らずに取り乱したジャレッドの元に、同じく魔法道具が突然壊れたミリアムがやってきて、状況を鑑みずに行った。
「ちょっと聞いてよ、お兄さまあの女の作った魔法道具が壊れたのよ?」
丁度同じタイミングで壊れたらしいミリアムの言葉に、なんだかタイミングが良すぎるような気がした。
しかしそれだけ品質の悪いものだったのだろうと、ジャレッドは早合点して、そんなものをよこしてきたあの女にさらに、馬鹿にされたような気分になった。
「って、何よ、随分顔色が悪いじゃない? まさか、あの女の病気がうつったとか? やめてよ? 冗談にもならないわ、あんなクズ、家系に二人も出たらもう私恥ずかしくて死にたくなっちゃう!」
おちゃらけて言うミリアムの言葉に普段だったら、あの女への皮肉をたっぷり込めて返せるがジャレッドはそれどころではなく、ミリアムすら自分も侮辱してくるのだと苛立たしい気持ちになる。
「っ、お前はいつもそうやって、他人を馬鹿にしてばかりだな、お前だって性格が醜い女だって事は、あの女と変わらないくせに」
「……は? なによ、突然。私が醜いですって?」
「ああそうだ、稼ぎもしないで散財ばかり、お前ら女は皆、寄生虫みたいなものだな!」
当たり散らすジャレッドにミリアムは猛烈な怒りを覚え言い返す。
「ああ、そうやって女を見下したいオトシゴロなのね、バッカみたい」
冷静に、切れ味よく煽る言葉をミリアムが言うと、ジャレッドはわき目も降らずにミリアムに殴り掛かった。
バシンと耳をつんざくような音が響いて、華奢な令嬢の体が崩れ落ちる。
しかしやられっぱなしのミリアムではなく、取っ組み合いのけんかに発展する。
ウィンディが婚約破棄されてからというもの、どんどんと状況が悪くなっていることをミリアムも知っていた。
しかし何が原因かということまで頭が回らず、現状に文句を垂れる子供同士だということは変わりはない。
二人は散々お互いをけなし合い、ウィンディを見下すことによって結託していた家族の絆は脆く儚く消えていったのだった。
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