死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸

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39 怒り

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 ヴィンセントがやってきたが私は、勢いをそがれたことによってどういうふうに彼に接したらいいのかと考えこんでしまっていた。

 腕を組んでみたり腰に当ててみたり、ソファの肘掛けに頬杖を突いてみたりしたけれど、結局きちんと背筋を伸ばして座って、向かいの腰かけた彼に視線を向けた。

 私のそばには、彼が用意した魔力石が入った袋があり、手を置いて撫でると指先からジワリと魔力が流れてきて温かい。

「……ヴィンセント、これはどういうことですか」

 結局自分の気持ちにうまく整理はつけられていない。しかしこれは、こんなふうに責める様なニュアンスで事情を聴いたっておかしくない事柄だ。

 先ほど言ったように魔力石はとても高価な代物で、誰かがその魔力を捻出しなければ作ることができない。

 吸収しては流れ出ていく私の魔力を維持するために、一人では足りないのだ。

 私はこういう体質なので魔力を作る器官が常にフル稼働していて、そのせいで免疫機能がうまく機能しなくなっており、よく体調を崩す。

 魔力は長い間、全然使わないと減少していってしまうが、常に枯渇状態まで使い切って魔力を毎日作るのは体に負担がかかる。

 けれども、この量の魔力石をどこからともなく無尽蔵に仕入れることなどいくらベルガー辺境伯家でも難しいだろう。

 それこそ家が傾くほどの金銭が必要になってくる、もしくはヴィンセントがとにかく無理をして魔力を込めているか、そういう選択肢しかない。

 それを私に知らせずに、与え続けて私は恩人の首を絞めているとも知らずにのうのうと健康に生きるなど、酷い行いだ。

「こんな……こんなことがありますか。こんなひどいことが……」

 誰だってそんなことをしたくないだろう。

 悪者になりたくないからと怒っているわけではないのだ、ただ酷い事をしていて気がつこうとも思えなかった自分のあさましさや、そうまでして尽くすことは果たして愛情なのかという気持ち。

 そして、何かを犠牲にしてこうすることへの嫌悪感だ。

 それが一番大きい。

「ヴィンセント、魔力を捻出していたのはあなたですか?」
「……うん」

 お金で買っていたというのならまだよい、しかしそうではなくつらい思いをしてまでこれをやっていたとなると、私はそれが嫌で嫌で仕方がない。

 それをわかってくれていなかったのかと頭に血が上って、ぐっと膝の上で拳を握った。

「ヴィンセント、私はたしかに、この方法で体調がよくなりました。

 体に魔力が巡っているおかげで、冬灯の宴では恥をかかずにすみましたし、魔法道具の作成も順調に進みます、夜は温かく眠ることができて、美味しい食事をたくさん食べることができます」

 とてもその恩恵を受けていて、健康になれるのは幸せな日々だった。
 
 けれども、それを本当にうれしいと思えるのは何も犠牲にしていなかった場合の話だ。

「けれど、誰かに無理をさせて送る日々はただの虚構にすぎません。なにより、私は魔力を失って、どんなふうにつらいか、どんな思いをするのか知っています」

 自分が一番それに苦しんできたその事実は、絶対に変わりようがない。

 だからこそ断言できるのだ。

「苦しくつらい事を知っていて、それを他人にさせて自分が幸せになるだなんて、何年も苦しんできた人間がどうして喜べると思いますか、ヴィンセント。

 私は、私の病気が憎いです。私を苦しめて、開放することも生かすこともなくただ、地獄のような日々を送らせるだけの病が憎くて恐ろしくてたまりません。

 けれどそれほど恐れて、苦しんでいるからこそ、誰かに代わってほしいとは、ほんの少しも、小鳥の涙ほども思ったことはありません。

 そんな思いを、他人にさせて幸福など感じられますか、私の感じた恐怖にさいなまれている人間がいて忘れることなんてできますか。

 それがまだ、情のかけらもない人ならマシです。まだ、遠ざけて知らないふりをして関係がないと思う事が出来ます。私は……薄情な人間なので。

 でも、愛してくれた人が、愛した人が、そんな思いをすることを私は許すことができません。愛ゆえだからだとしても、傷ついてまで救おうとするのは自己犠牲です。

 私の愛したあなたを大切にしてくれない人なんて嫌なんです。何も犠牲がない愛情が私は好きです。それほど尊いものはないと思います。

 だから、こういう愛情は、認めたくありません。……嫌いなんです。ヴィンセント。救ってくれたあなたに文句を言うなど傲慢なのは重々承知です、しかし、納得のいく説明をしてくださらない限りは、魔力の供給は受け付けません」

 話し出して私は、やっと自分のどうしようもない気持ちをはっきりと知ることができた気がする。
 
 私は、自分を犠牲にしたヴィンセントにどうしようもなく怒っていたのだ。

 それが一番、言いたかったことだ。

 知ったことによる衝撃やこんなことまでしてくれたのだという喜びと入り混じって難しくてうまく処理できなかった。

 しかしヴィンセントを前にすると自然と言葉が出てきて、伝えたい思いは自分の中で輪郭をもって示すことができる。

 きつい物言いをしてしまって、強い感情をぶつけてしまった。

 彼からすれば優しさの延長線上だったのかもしれない。だとしたら感謝されるためにやったのであって、怒りを向けられるいわれはないと喧嘩になるかもしれない。

「そう……まぁ、うん」

 私の言葉に短く返す彼に、どういうふうに思ったのかと勢いのまま問いかけたくなるが、何も喧嘩をしたいわけではない。

 ただそれが嫌なのだとはっきり言いたかっただけだ。

「……」

 だからこそ、追い打ちをかけずに私は静かに彼の次の言葉を待ったのだった。

 少ししてヴィンセントは意を決した様子で口を開いた。

「最初に言わせてほしいのは、だますような形で、君の意思にかかわらず行動して、申し訳なかった。怒るのもわかる、むしろ怒られると思っていたから言わなかった」

 彼の言葉に、私の思いはきちんと伝わっていたのだと少しホッとする。

 怒るという事も予想出来ていてだからこそ黙っていて、それを謝罪してくれたということは、正しいと思ってやっていたというわけではないという事だ。

「……もうそういう事はしないでくださいますか」
「ああ、誓うよ。もう、君に黙って勝手をしたりしない、それに君に秘密もなしにする」

 そう言ってヴィンセントは視線をあげて、それからちらりと魔力石の袋を見た。

「でも、お願い。今の君は魔力を使ってしまって、疲れてると思うんだ。だから少しだけでもそれを使って欲しい」
「心配はもっともだと思います。けれど、あなたを苦しめて得たものはいりません」

 心配で不安に瞳を揺らして、懇願するように言う彼に、私は頭を振って返す、けれど彼は引かなかった。

「それは……君の言い分には納得してる。もちろんこれからも、そして今までもそんなことを俺はしない。ウィンディが優しくて、共感性をとっても強く持ってることちゃんと知ってるから、だからきちんと説明する」
「……説明、ですか」
「そう、それを渡せたのには理由があるんだ。その理由っていうのが君の知らない過去の事情、俺が隠していたこと、それを最初の段階では話すことができなかったから魔力石の事を知らせなかった」

 ……つまり、隠していたのは、私が魔力石を受け入れることを許容しないと思ったからではなく、それを私が納得できる理由で渡せるけれどその理由を知らせないために隠していた?

 今からそれをきちんと説明するから、受け入れて欲しいとそういう話だろうか。

「……私が魔力の供給を受けなかったら、どうしますか」
「話をしない……と言いたいところだけど話はする。君の過去だし知る権利がある。だから供給を受けて欲しいのはただの俺のお願いだ。ウィンディ……頼むよ、長い話になると思うから」

 引き合いに出して、無理にそうさせるというつもりはないらしく、しおらしく頼んでくる彼に、私は少し揺らいでしまう。

 彼の自己犠牲の上に捻出されたものではないと彼が言うのなら受け入れない理由もない。

 せっかく用意してくれているし、何より長い話の途中で、体調が悪くなっては真実を知りたい私にとっても不利益になる。

「わかりました。その変わり、本当に納得できる話を期待していますよ」
「! うん、もちろん。嫌われてしまうのは悲しいけど、初めからそれが正しい運命だからね」

 魔力石を手に取って膝の上にのせてその上に手を置いた。暖かくて心地いい温度にまどろんでしまいそうになるが、彼の言葉は聞き捨てならない。

「……それは決まっていません、私は覆さなかったら勝ち、覆したらあなたの勝ち、勝負をする前から決めつけないでください」
「ああ、そうだったね。うん、ごめん。ウィンディ」

 忘れられては困るので、思い出させるように口にする。けれども彼は勝ちを確信している様子で余裕そうだ。

 それから「これは、王太子殿下が生まれる前、十年以上前のことになるけれど」とやっと私の知りたかった真実を語りだしたのだった。



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