死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸

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40 お見合い

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 話の聞き始めはまったくピンとこなかった。

 あとから裏をとることは出来るだろうと思うが、裏を取らないと逆に信憑背も感じられない話で首をかしげて話を聞く。

 思い出せるようにとても詳細に話をしてくれるヴィンセントは、その日の気温や、私の来ていたドレス、天気やその場にいた人たちの事を事細かに思い出してゆっくりと話を進めていった。

 すると、段々と情景が思い浮かぶようになって、途中のことが起こった時の事を聞いたときに、パズルのピースが大方埋まって全容が見えてくるように頭の中に幼い日の記憶がよみがえった。

 知らないと思っていたことでも絵画や音楽を聴いてはたと記憶を思い出すことがあるだろう。

 そういう感覚に近かった。

 私の場合はそのあとにすぐ病気のショックがあって忘れてしまっていただけで、普通に覚えていられる年齢だったからこそ、よみがえった記憶はとても鮮やかでむしろ何故忘れてしまっていたのだろうかとすら思ったのだった。


 それはとある春の日の事、私は六歳になったばかりぐらいの年齢で、ヴィンセントは十歳になったころ、婚約の話が持ち上がっていた。

 当時の私は、とても普通で健康だったし、メンリル伯爵家に多い風の魔法を扱うことができた。

 だからこそ、より良い結婚相手を見つけるために、幼いころからよく躾られてお見合いの場に連れていかれる。

 と言っても、親同士があいての子供が本当に健康できちんとした子供かという事を見極めるだけで、出会った瞬間から取っ組み合いの喧嘩でもしない限りは相性はあまり重視されない。

 ある程度の確認が終われば、異性として相手を認識することができない子供は蚊帳の外にして大人同士の難しい話し合いが行われる。

 この時はまだ、メンリル伯爵家はロットフォード公爵家の派閥に属していなかったし、ロットフォード公爵家からの刺客によって現在は死亡している、ベルガー辺境伯家の配偶者であるヴィンセントの父も健在であった。

 しかし、大陸内の貴族たちの間に蔓延している魔薬の存在にレイベーク王国もとても警戒をしていた。

 特に魔法協会とつながりがあるベルガー辺境伯家は、すでに当時からロットフォード公爵家をマークして摘発の準備を整えていたのだ。

 そういう状況で行われたお見合いだったがロットフォード公爵家がそれまでの間に派手に動いたことはなく、誰もが今ほど警戒をしていなかった。

 爵位を持っている貴族には護衛もいくらかはつけるけれど、その子供まではいくら何でも危害を加えないだろうと、たかをくくっていた。

 なのでメンリル伯爵家の庭園で、外で好きに遊んで来いと言われた私たちは、二人で散歩をすることにした。

 お世話係の侍女がそれぞれ一人ずつ後ろからついてきて、私たちはどちらかが迷子にならないように手をつないで歩いていた。

 小さな身長では大人の背丈ほどもある生垣が壁のように映って庭園は迷路のようになっているような錯覚すら覚えていた。

「次はどっちへ行ってみる?」
 
 歩いていて突き当りに当たったヴィンセントが私に問いかける。

 彼は兄のジャレッドとは違ってとてもやさしい。黒い髪も白い肌も金の瞳も幼い私にとってはどれもキラキラして見えて、だからこそ恥ずかしくてもごもごと話した。

「あれ? どうしたの、ウィンディ。顔が赤いよ」
「……」
「熱でもあるのかな」

 そういって額に手を当てられて、幼いながらも女の子らしくませていた私はかあっとさらに赤くなって、ぶんぶんと頭を振る。

 その様子に、後ろにいる侍女たちは、くすくすと笑っていて微笑ましくこちらを見ている。

 それがさらに恥ずかしくて私は、話を逸らしてくて「み、右に、いきましょ」と小さく言った。

「わかった。ここを右に行って……それから?」
「斜め左にまっすぐ行くと、小さなガゼボがあるからそこを回って、それから隣の道に折り返し」
「そうするとどこにつくの」
「ついたらわかります」
「そうなんだ」

 彼は兄弟はいないらしいが、あまり無邪気ではない私ににこやかに話しかけて手を引いてくれる。

 優しくて、身長が高くてお兄さんというだけですでに好きになっていたような気さえする。

 それはとても拙くて幼い情なのだが、それでも歩く歩幅が違う事、つないだ手の暖かさ、春の泣きたくなるような温かい陽気。

 いろんなものが織り交ざって、うれしくて楽しいような、ちょっぴり恥ずかしいような、そんな穏やかな時間だった。

 彼の事が好きだった。なので、私のお気に入りの場所に連れて行って、二人で大人に秘密でこっそりと時間を過ごしたかった。

 侍女たちはいるけれど、それはもう仕方がない。そういうものだ。

 そう思って、案内すると今日もきっちり精霊を祀っている小さな祠へと到着することができて、私は手を組んで少しだけ場所を貸してくださいとお願いした。

「へぇ、ちっちゃい精霊様の像だ。綺麗だし、可愛い」
「そうでしょ。わたし、ここでたまにお祈りしてるんです、いつか精霊さまがごきげんようってやってくるような気がして」
「そうなったらウィンディは何をお願いする?」

 側に設置されているベンチは、庭師によって今日もきれいに保たれている。そこに二人して並んで座って話をした。

 精霊がやってくるかもしれないなんて言う幼稚な言葉を馬鹿にすることなくヴィンセントは私にそう問いかける。

 それに私は少し考えて、お菓子を山ほど食べたいとか、お兄さまに意地悪されないようになりたいとか、妹のミリアムのようにかわいくなりたいとか、いろいろと思い浮かんだ。

 けれども、一番思う事は、必死になっている父と母の願いに応えたいという事だ。

「……お父さまと、お母さまはわたしに、とても偉い人と結婚してほしいみたいだから、とても立派になりたいです。立派になって、あの人たちががんばらなくてもいいように、私がよい子になりたいです」

 今思えば、必死になって苦労して、というよりもあの人たちはただただ神経が図太くて、なぁなぁで、自分たちが楽をするために子供を売り込んでいるだけに過ぎなかった。

 しかしそんなこととは露知らず、ヴィンセントにそう返した。

 彼は、その答えに何を思ったのかわからないけれど、否定することなく当たり前に笑みを浮かべて返す。

「そのお願い、叶うといいね。ああでも、君はもう普通にいい子じゃない。礼儀正しいし、母上も、きっと褒めていると思う」
「! ……本当?」
「本当」

 隣で深く頷く彼に、私は思わず飛び上がりたいほどうれしくなってしまって、けれどそれは品がないのでにっこり笑って、うれしい事を言ってくれる彼に返す。

「ありがとうございます。ヴィンセントは、精霊さまがもし現れたらどんな願い事をしますか」

 私は同じように彼のお願いも聞いてみようと考えて、屈託のない笑みで問いかける。

 すると彼は、少し考えてから表情を暗くして私に言った。

「……俺は、魔法は受け継いでいるみたいなんだけど、まだうまく使いこなせないんだ。契約の魔法って言ってね、とても難しいものみたいなんだけど、ほらこうして」

 彼は腰につけている小さな革のポーチから魔石を取り出して私に見せた。

「ここに契約を刻むとどんなことでも出来るんだって」
「どんなことでもって、どんなことですか」
「う、うーん、難しいけど魔力のやり取りとか、人に害を与えたりも」

 私は彼の難しそうな話になんとかついていこうとして、少し頑張って会話をした。

 まだどうしてそれが出来るのかも、魔法というもの自体を深くは理解していなかったが、とにかくすごいけれど難しいものなのだなと理解する。

「でもそれはちゃんと契約を結ばないといけないのに、俺は条件がうまくできないからよくないんだって……だから早く使いこなせるようになって母上のようにいろんな人に頼られるような人になりたいな」

 難しくて、結ばなくちゃいけなくて、とにかく、彼はお母さまのようになりたいらしい。
 
 最後の言葉を聞いて彼のお母さまであるベルガー女辺境伯の事を思い出し、私は難しい魔法の事などわかりもしないのに、適当に彼も絶対そうなるとは言えなかった。

 小さな子供ながらも嘘を言うのは良くないと思ったのだ。

 だってヴィンセントはお母さまであるオリアーナとは似ても似つかない。

 どちらかというとお父さまの方が外見的にも言葉遣い的にも似ているように思った。

 だから母のようになりたいと願う彼に絶対に、そうなれると信じているとは私は言えなくて、代わりに、迷子にならないようにつないでくれている手をぎゅっと握って言う。

「私は、今のままのヴィンセントがとっても好き、それに頼りがいもあると思う。あなたはかっこいい!」

 母のようになりたいと言っている人に対してまったくお門違いの誉め言葉だったのだが、けれども素直にとにかく思っている通りに彼を褒めて、私は自信満々にあふれんばかりの笑みをたたえた。

「お母さまみたいには急いでならなくても、いつかなりますよ、多分」
「そう? いつかなるかな」
「はい、多分」
「そこは多分なんだ」
「はい、でも今でも素敵です、ヴィンセント」
「……君は明るくて素直で優しくていい子だね」

 私の嘘はつけないけれどとりあえず、心から褒めたいという気持ちだけは素直に伝わったらしく彼は、苦し気な表情で魔石を眺めるのをやめてポーチへとしまう。

 それから、目を細めて子供らしく笑って、私の頭を慣れない手つきでゆっくりと撫でた。

 その妙に丁寧な触れ方に、私はすっかり心が奪われてやっぱり侍女たちは可愛らしいですねと目配せをお互いにして、ニコニコしながら見つめていたのだった。


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