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45 謝罪
しおりを挟む私とヴィンセントは馬車に乗って移動していた。過去の出来事を知る前に比べると会話が少なく、馬車の中の空気は重たい。しかし完全に決裂したというわけではない。
従者たちには何かあっただろうということは先日の私の一連の行動で察されていると思うが、一応日常を取り戻している。
それに私は、魔力を自分の体にとどめて置けるようになると格段に体調も良くなる。
お風呂に入っても疲れないし、車椅子を必要とすることもなく散歩もできる。
そちらの方が話題をさらっていって、いろいろな人たちから、病気が治るのもすぐそこだろうと言われた。目の前にいるヴィンセントも思う所はあれど態度を変えてくるわけではないので、屋敷の雰囲気は悪くない。
「……」
「……」
しかし二人きりになるとこうして何を話したらいいのかと考えているらしくヴィンセントは少し気まずそうだった。
そんな調子だったが二人で馬車に揺られて王城に向かう。今日はリオンに会わせてもらうために王城に向かっているのだ。
ヴィンセントの口利きがあったのも事実だが、リオンが、私に会いたいと意識を取り戻してすぐに言ったらしい。それに、リオンのつけていた魔法道具について聞きたいこともあると。
丁度、私もその件で話が合った。
だからこそ出来るだけ急いで向かうことになったのだった。
王城に到着すると警戒した様子の騎士たちに見守られながら城へと入る。
私はてっきりすぐにリオンに会えるものだと思っていたが、応接室へと案内されて、そこにはグレゴリー国王陛下とドローレス王妃殿下、それからオリアーナの姿もあった。
「ご無沙汰しております、国王両陛下。要望の通り、ウィンディを連れてきました」
「おう、来たな、ヴィンセント」
「よく来たな、ヴィンセント。それからウィンディ、そらそちらに掛けなさい」
ヴィンセントの言葉に、オリアーナが一番最初に反応し、それからグレゴリー国王陛下が好々爺のような顔をして自分たちの前のソファを指し示す。
私はそのフランクな様子に、少し面食らってしまって、瞳とパチパチと瞬いた。
しかし、その言葉を無視するわけにはいかないので、ヴィンセントの後ろをついていって、座る前に淑女礼をした。
魔力を取り戻す前に比べるとこのお辞儀も随分と簡単にできる。
「お初にお目にかかります、メンリル伯爵家令嬢のウィンディと申します」
「知っていますよ、ウィンディ。初めまして、私たちは今日、君に言っておかなければならない事があり君を呼びました」
グレゴリー国王陛下の隣にいるドローレス王妃殿下は私の挨拶に、一つ頷いてそれから真剣な瞳で私を見据える。
ドローレス王妃殿下だけではなく、グレゴリー国王陛下もそしてオリアーナも同じように私に視線を向けている。
「言っておかなければならない事……ですか」
「ああ、もちろん本来であればもっと以前に言っておくべきであった話なのだが、事情を漏らさないためにも秘匿事項として扱っていたのだ」
ソファに腰かけ、話し出したグレゴリー国王陛下の言葉に、先日の話を聞いたうえでまだ私に知らない事があったのかと驚いた気持ちになる。
何かまた、悪い話なのだろうか、そう予想して少し身構えた。
「しかし、リオンがわしの元へと戻ることができ、わしらは覚悟を決めることができた。もう、其方に話をしてもよいころ合いだろう」
その話はリオンが戻ってきたことと何か関係があるらしく、彼らの表情は穏やかで、現在進行形の問題の話ではないのだと思う。
その様子に少しホッとして私は「謹んでお聞きします」と言葉を返した。
すると、私のはっきりとした返事にグレゴリー国王陛下は小さく頷いて口を開く。
「話というのは、其方の婚約の事じゃ、すでに娘のリオノーラがロットフォード公爵家に正式に嫁入りをした。しかし本来であれば、ウィンディ、其方のいたはずの立場だったであろう」
「……はい」
「その立場を不当に奪い取るような形で娘とロットフォードの縁をつなぎ、其方を追いやってしまった事、これはわしらの罪じゃ。其方の望むままの保証をすると誓おう」
「保証ですか……」
「ええ、その通りです。私たちは……ロットフォード公爵家を欺くためにどうしてもあの子を嫁がせる必要がありました。しかしそれによって犠牲になってしまった君にはきちんとした措置をする必要があると思っています。
当面の生活については、問題がないとベルガー女辺境伯からは聞き及んでいたので、このタイミングになりましたが、受け入れてくださいますか、ウィンディ」
この国のトップである二人からそんなふうに言われて受け入れないなんて言うはずもないし、私には何も損のない話だ。もちろん受け入れさせてもらおうと思う。
しかし、それでも彼らの言い方が引っかかって、失礼にならないように、私は慎重に言葉を選んで聞いた。
「それはもちろん、構いません。むしろうれしい限りです。……しかし、ロットフォード公爵家を欺くためというのはどういうお話でしょうか、リオオーラ王女殿下は間違いなく降嫁されたのではありませんか?」
「……その通りです。しかし、欺くというのは私たちの方向性についてです。リオノーラに会った事はありますか? ウィンディ」
「はい、婚約破棄を言い渡される際に、一度。とても美しい方でした」
「ええ、美しくそして、人の気持ちを考慮できないいつまでも幼い少女です。あの年になってもあの子は目先の利益にしか興味がなく自分本位な生き方しかできない。
もちろん教育を施したのは私たちで責任はあると感じています、あの子は元から根強くそういう性質を持っていただけなのかもしれない、どちらもこうなった原因かもしれませんし、片方だけかもしれません。
しかし、ともかく王族として彼女は相応しくない。
魔薬を普及させて出た利益で、自らだけが得をすればそれでいいというような考えを私たちでは変えることができませんでした」
「だからこそ、本人の望むがまま、彼らの元へと嫁がせることにしたのじゃ。そして、赤子ままにさらわれたリオンを取り返し、我々はロットフォード公爵家を魔法協会とともに制圧するつもりじゃ」
「彼女を嫁に入れ、リオンを人質に取っているときと同じか、それ以上に私たちが動けないし、動くつもりもないと彼らは思っているでしょう。そこをつく作戦だったのです。巻き込んでしまって、迷惑をかけましたウィンディ」
私は随分と思いきっている彼らの行動に、見捨てられるリオノーラの事を思い出してみる。
彼女は王族がロットフォードに牙を向けた途端に脅しの材料として使われて命の危機に陥るかもしれない。
しかし、私から見てもリオノーラはとても喜んでロットフォード公爵家に嫁に入ったように見えた。両親ともどもそういうふうに思うのならばそういう人間なのだろう。
私が心配してもいい事はないと思う。
なにはともあれ、これで婚約破棄をされた事情までもスッキリと分かった。
そしてそれを決行したとても偉い立場の二人にもきちんと謝罪をもらった。それで私のあの日の悲しみはチャラにできるだろう。
「……そういう事だったんですね……複雑な気持ちはありますが、誠意のある対応をしてくださって嬉しいです。謝罪の気持ち受け取らせてもらいました」
「そうか、納得してもらえたようで何よりじゃ、それからもう一つ、別の話もあるのだが」
笑みを浮かべて返答をすると、グレゴリー国王陛下も少し表情をやわらげて、次の話に移ろうとする。しかし私は予め、彼らに会って直談判しようと思っていた内容を思い出して口にする。
……リオノーラもまとめて制圧しようと思っていたならこれ以上の好機はありません。
私のやるべきことはお二人の協力が必須なのですから。
「その前に、私のお話を聞いていただけますか、ロットフォード公爵家の者たちを確実にとらえ正当なる罰を下すために、私は提案したいことがあるのです」
その予想外の言葉に、彼らの間に少しの緊張が走って、隣にいたヴィンセントは口出しこそしなかったものの動揺している様子だ。
グレゴリー国王陛下の視線は少し厳しく、こちらを見極める様なものに変わる。
それもそのはず、ほんの少し前まではうつむいて車椅子に乗り、他人に押してもらって無気力にしていた私が、こんなことに首を突っ込んで何ができるというのか誰かの差し金か。
そう警戒するのは当たり前だろう。
しかし、そうではない、ああして捨てられて、あそこにいた私だからこそ出来ることがある。
「ほう、聞いておこう」
「はい、私はロットフォード公爵家で━━━━」
見極めるようにそう聞いた彼に、私は静かに自分だけがやれる作戦の内容を放し始めた。
途中でやはりヴィンセントに止められたけれど、ヴィンセントをオリアーナが諫めて、私の作戦を彼らは採用することを約束してくれた。
その選択を後押ししたのは私がリオンに作った魔法道具の事があったからであった。
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