死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸

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47 生きる意味

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 昔の彼も、今の彼もそれほど違いはなかったのだが、彼の発達や教育が遅れているなんて言われないようにカーティスと私は手分けして勉強をして、何とか必要な知識を教え込んでいた。

 私は体はつらくとも、リオンの事はロットフォード公爵から与えられた立派な仕事だ。努力することを怠らなかったし、サポートもうけられた。

 もちろん寝込む日も多かったがその分、体の弱い私は他人と交流する必要がなくもくもくと作業をすることができる。同じく逃亡の危険を考えて人に会うことができないリオンとは相性がいい。

 すぐに仕事を言い渡されてから仲良くなったし、リオンは必至な私たちを見て、素直に教えたことを吸収していってくれておおむねよい子だった。

 しかし問題は、彼が賢すぎることにあったのかもしれない。

 二年ほど前、何をしていてもぼんやりしているときがあった。

 食が細くなって、子供らしく無邪気ではない。

 今までは、こんな状況でも唯一の娯楽のゲームが好きな男の子だったのに、しばらくするとついに体調を崩した。

 私は大したことはできないけれど、代わりにずっとそばにいた。

 そんな私にカミラは呆れていなくなり、ちょうど私と彼と、カーティスだけがいるような状態だった。

 ベッドに横になって枕に頭を預けたまま、彼はどこか空を見つめたまま、私に言った。

「僕、僕が死んでしまえばいいと思うんです」

 突然そんなことを言われて、私は咄嗟に車椅子から立ち上がろうとしたけれど、カミラもいないし倒れたらいけないので頭をなでてやることもできない。

「僕がいなくなれば、国の皆が助かって……僕を気にしなくてよくなったお父さまとお母さまが悪い人たちを処罰するはずなんです」

 私もカーティスもいずれは彼もどういう理由でロットフォード公爵家に捕らえられているのかということは理解すると思っていた。

 しかし、伝えなければもう四、五年は隠し通せるだろうと踏んでいた。
 
 けれども彼は賢く、それを知ってから自分はどうするべきかと考えて、思い悩んで体調を崩して、結論に至ったらしい。

 子供だと侮っていたがこうまで言われて、何を馬鹿なことを子供が言っているんだとは私は言えなかった。

「……」
「少し前、ロットフォード公爵に連れられて屋敷を出た時に聞きました……僕はいない方が良いんだ、死んだ方がいいんだと、思ったんです……寂しいけれど」

 たった八歳の男の子が私の目の前で涙をこらえてそう言っている。

 カーティスはその言葉を聞いただけで、とても恐ろしい顔になっていて、怒っているというよりも悲しみと憎しみの入り交ざったような表情だった。

 カーティスでさえ彼の言葉を否定できずに様々な感情にさいなまれていてリオンはそのぐらいどうしようもない重さの物を背負っている、確かに多くの人から見るとそういうふうに見える側面もあるだろう。

 そう望まれるということがどれほど辛い事なのか、こう言うまでの彼の苦悩はどれほどのストレスだったのか。私には正しく知ることはできない。

 けれども私も人よりも、にっちもさっちもいかない状況にいて、思い悩むことが多い。

 死にかけていて、今日もアレクシスに食事に誘われて、一人だけパン粥を出されて笑われてきたところだ。

 そういう苦しい気持ちも、死んだ方がいいかもしれないと思う気持ちは、私はわかると言える。

「……何か言ってください。何か、そう思うとか、違うとか。僕の正解を、教えてください」

 そういってリオンは熱に浮かされたまま、肘をついて起き上がり私の事を見た。彼の額から水にぬれた布が落ちる。

 その縋るような問いかけに私は考える。

 彼の言う”正解”とは、彼を納得させられる正解という意味だ。

 リオンは賢く真実を知って思い悩んで結論を出した。それを覆すに値する、理にかなった答えはあるのかと問うている。

 なので私は、彼に限ったことではない、自分で見つけた結論を提案をした。

「正解は……多分、生きる意味や死ぬ意味を考えない事です。それを考えてもいい事はありません、今はただ生きているんですから」
「答えになってない、です」
「はい。そうです。……答えがないというのが私の答えです。究極的にそれに意味はなくて、意味がないからこそ見出そうとして、けれど見出したものがあるせいで、死ぬとか生きるとか選択したくなるんです」
「それっていけないことなの」
「やめた方がいい事です。今は生きていて、その意味を考えて生きていた方がいいのか悩むより、今をどういうふうに生きていくかではありませんか、私もあなたの気持ちがわかります。

 死にかけ、ですから。

 でも生きていますから、仕方ありません、魔法道具の作成はうまくいっています、あなたの教育も。

 だからリオンも望むことをしたらいいんです。生きているんですから、あなた好きでしょう、ゲームで勝負でもしますか? チェスでもリバーシでも構いませんよ」

 彼は頭がいいので大人と対戦することも大好きだ。将来はもっとたくさんの人と戦うことが楽しみだと言っていた。

 だから今は私とそれに夢中になって、生きていったららいいのではないだろうか、ほかにも好きなことは後から見つけたらいい。

 しかし彼は、私の事をにらみつけて「そんなの、ただの気をまぎれさせてるだけです」と意味がない事のように言う。

「なら、もっと面白い勝負でも考えましょう。あなたが生きるのに値するだけの夢中になれることはどんなことでしょうか、手伝いますよ。私はなんでも」
「……僕が子供だからって、適当言ってるんですか?」
「いいえ、心からの言葉です。

 あなたが言った死んだ方がいいのかもしれないという言葉はあなたが必死に考えて出した答えで、あなたがそう言うのだったら少なくともあなたから見たらそうなのでしょう。

 私はそれを変える新事実を持っていませんし、画期的な考え方の転換の方法も知りません。

 私が知っているのは、ただ生きる方法です。私の極意です。ずっと”こう”であったゆえに唯一持っている秘訣というやつです。どうですか、勝負、のりませんか。リオン」
「……」
「ああ、負けるのが怖いんですか。それなら無理には誘いません」
 
 私は、とてもありきたりな煽り文句を口にした。彼はそのぐらいでは普段は煽られてはくれない。

 しかし、今日ばかりは素直に「もうっ」と怒って言った。

「まだゲームの内容も決まってないのに勝ち誇らないでください。ウィンディ様」
「じゃあ乗ってくださるんですね」
「ま、まあ、ウィンディ様は僕の教師ですし、教えに従います」
「ええ、そうしてください」

 そんな会話があって彼と私は、二人して人生を生きるのに値するゲームをすることになった。

 しかし、そうすぐ達成してしまうようなことをそのゲームの目的に据えるというのは彼が夢中になるという目的を達成できない。

 彼が生きられる方法を考えるためにゲームをしようなんて言ったが、私にはその人生をかけるゲームの当てがなかった。

 なのでリオンに動揺を悟られないようにぐるぐると必死に頭を回転させた。

 そして私の魔法道具を使ってロットフォード公爵家を欺き王城へと帰ることを勝利条件に据えて、私は普段作っている魔法道具とは反対の特徴を持たせた魔法道具を作成した。

 一応、私が魔力効率が良い魔法道具を作ることはロットフォード公爵家の人々に知れ渡っていて、リオンが私の作った魔法道具を使っていても誰も疑問に思わない。

 そして長年を掛けてリオンは生まれつき魔力が弱いと思わせるように仕組んできた。

 もちろんリオンにはきちんと魔力もあるし、何なら王族らしく並みの貴族よりもずっと多い。

 だからこそ、その魔力を枯渇状態まで持っていくのは大変だったが腕により子をかけて魔法道具を制作した。

 そして作戦は成功し、彼は魔力もあるし、光の魔法も持っているのでロットフォード公爵家が魔薬を普及させて王族に掛けている負担も彼なら取り除くことができる。

 もちろんこのゲームの勝敗は、ロットフォード公爵家を欺けたらリオンの勝ち、欺けなければ負けという事なので負けたらまた次、また次とゲームをしていけばいつの間にか助かっているという寸法である。

 そういうふうに何度も挑んだりして、時に失敗したとしても続けていくこと、それが多分この世に生まれ落ちた時から定まっていた事であって生きるために必要なことだ。

 生きる意味も、死ぬ意味も考える必要なんかない、ただ生きていればいつかは否応なしに死ぬときがくる。

 だからこそ続く限り続けること、そうしていけば何かしらかは手元に成果として残る。

 それが私の持論だ。

 リオンの事はうまくいって良かったと思うし、こうなってみればあの時、彼は死ななくてよかった。

 しかし同時に、助からなかった可能性もあるし、実際にこうしてもどって来る日を待たずに死んだ方がよかったという人間もいるかもしれない。

 ただそれは、効率的で情のない大勢から見た真実で、私からすると彼が今私の目の前で笑っているそれが一番重要なことだ。

 ヴィンセントの事も、そう。私の目の前で起きなければよかったなんて思わない。

 彼が大人になることができて私の手の届く場所にいる。それが重要なのだと私は思ったのだった。



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