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52 本音
しおりを挟む押さえ込まれて後ろ手に拘束を施されていくロットフォード公爵家の人間は「だましたのか!」とウィンディに矛先を向けて「恩知らずめ……」と絞り出すような声で言った。
彼女が渡した魔法道具は、リオン王太子もつけていた、魔力増強とは逆の性質を持つ魔法道具だ。
つけたものの魔力を無駄に放出させて、魔力枯渇状態に持っていく他人を無力化するためのもの。
それをつけさせれば安全に彼らをとらえることができると彼女は王族に自らを売り込み、協力するからこそ全員生かして捕らえて欲しいし、誰ももう彼らに傷つけさせたくはないとも言った。
そしてリオン王太子の件もあり彼女の実力は認められている。
採用されて、彼女はここ一週間ほどせっせと魔法道具をこしらえていた。
「こんなことをしおってただじゃあ、済まさんぞ!!」
捕らえられて乱れた髪を振り乱し、ロットフォード公爵が噛みつくようにウィンディにそう言い放つ。
その言葉を聞いてウィンディは、静かに立ち上がって彼にとても冷たい目線を向けた。
「……それは、私の言葉ですね」
静かな彼女の声には、とてもじっとりとした聞くだけでぞくりとするようなとても重たい静かな怒りが込められていた。
「な、なんだと?」
「ですから、私の言葉です。人を害して、そ知らぬふりをして、利用してあんなことをしてただで済むと思いましたか、公爵閣下」
「……なにを言っているんだか、皆目見当もつかないな」
「あなたの送った刺客の毒で私が倒れたことを知っていましたね。そして私が回復しようがない事も、わかっていましたね」
ウィンディは、派手にひっくり返っているテーブルをよけて床に跪くように抑えられている彼の元へと向かう。
それから膝をついてしゃがんで、瞬きもせずに笑みも浮かべずにじっと見つめる。
「そのうえであなたが望んだことは何ですか、よく思い出してください、私はあなたにどんな恩を受けたのでしょうか。言ってみてくださいほら、すぐに。先ほどはあんなに声高に言っていたでしょう」
「っ……う」
「お医者様に、衣食住に、仕事まで、あなたは私にたくさん与えてくださいました。私が必要としているなによりを除いては」
ウィンディはそのまま公爵の皺だらけの顔面に手を添えて自分の方へと向かせて目を逸らすことを許さない。
「そして私があなたにたくさんの物をいただくようになったのは、あなたが雇った刺客のせいです。それを知っていて、私を利用するためにたくさんの嘘の恩を与えて、私を恩義でしばりつけ押さえつけていた」
「そ、れは、だな、ウィンディ……そうだ、お前の、両親が提案したことだったんだっ!! ウィンディ!!」
「はい、そうでしょうね。では人に言われたことならばやっても問題ないと思いますか、罪にならないと言いたいのですか、私は今、あなたと話をしているんです、公爵閣下」
「っ……っつ」
圧倒的に弱い立場でウィンディに責め立てられているロットフォード公爵は、年相応に活力を失って一気に老け込んだようにも見える。
それもそのはずだ、彼女の変わりように周りの捕まったロットフォードの面々も騎士たちも母でさえ、ぎょっとしてロットフォード公爵にずいと迫っているウィンディを見つめていた。
あたりは混乱から一転して異様な静かさだった。
「あなたは罪を犯しました、けれど私は何も知るすべのない子供であなたに対抗する手段を持っていない。命を軽んじられて、苦しみすら無視されて侮辱を受けることを受け入れるべきだと言われて、私の心は何度もあなたに殺された」
しっとりした静かな声はヴィンセントの心にグサグサ刺さって抜けないものばかり。
今はこうして彼にウィンディの矛先が向いているからこの怨念の籠った積年の恨みの言葉を向けられずに済んでいるが、彼らに対する復讐が終わったらその矛先はヴィンセントに向くだろう。
そうなったらヴィンセントはたまらず謝罪を繰り返して許しを請うと思う。長年彼女を苦しめてきたこと、それは知らなかったとはいえ許されない行為だ。
彼女の心からの言葉を聞いて改めて、手が震える。
「ああでも、よかったですね。私が死んでいなくて。思い出してください、私の手を、枝のように細く、骸のようにとがった指先を。あのまま死んでいたら私、毎夜怨霊となって生き返りあなたのこのふくよかな首筋にしがみついて死なない程度に締め上げていたと思いますから」
「は、は、離してくれぇ」
「苦しい夢を見て朝になったら、大きな蝶のような薄紫の締め跡が毎日、首についていて、あなたはそれを見たら私を思いだしていたでしょうか。
私を苦しめた十年余り、あなたにとっては短い時間だったかもしれません、けれど私にとっては悠久にも感じる時でした。だからそれが誰のせいだったか、知った時、やっと私思ったんです、公爵閣下」
ウィンディはいつくしむように、ロットフォード公爵の頬を指先で撫でて、片方の手を首筋へ運んでいく。
「こんなことをして、ただで済ませるとおもうなよ、と」
「はっ、はぁ、助けてくれ!! 殺される!!」
「公爵閣下、覚悟をしてください、私はこれからあなたが死ぬまでの間、この指輪を決してあなたの指から外さないように騎士の方々にお願いします。
ですから、処刑されるまでの短い間ですけれど、私と同じ目に遭ってくださいね。こういう結末になってとてもうれしいです」
彼女は最後に、にっこり笑って押さえつけられているロットフォード公爵から手を放す。すると立ち上がった彼女にアレクシスがすかさず声を掛けた。
その様子にヴィンセントはとんでもない恐れしらずだな、と思わずにはいられなかった。
「ウ、ウィンディ!! 俺は、俺は違うぞ!! 父様とは違う、君の事を本気で救おうとしていたんだ!! こんなことをしたのはきっと嫉妬からだったんだろう!? リオノーラと俺が結ばれたから!!」
「な、アンタ自分だけ、そんなことを言って……っていうか放しなさいよ!! 私は王族なのよ!! どうせお父さまとお母さまの差し金でしょう!? なら私は無罪のはずだわ!!」
声をあげたアレクシスにつられてリオノーラもなぜ自分が捕らえられているのかと不服の声を漏らす。
しかし、グレゴリー国王陛下もドローレス王妃殿下もリオノーラの事をもう見切っている。彼女は王族に戻ることはできない。
「ちょっと、離せって言ってるのよ!!」
「ウィンディ、誤解がある、どうか俺の事を助けてくれないか!! 君はいつだって俺に尽くしてくれただろう!! ウィンディ!!」
「……」
やかましくウィンディを呼ぶ声に、彼女も反応してアレクシスの方へと足を向ける。
それから「もちろん」ととても当たり前のように言ってヴィンセントはその言葉に驚いた。
しかし、その言葉の後に続いた言葉をきいて、自分に言われているわけでもないのに心がえぐられてしまった。
「尽くしていましたとも。ほかに決して手段がありませんでしたから」
背筋をきっちり伸ばした彼女は続けて言う。
「それに、その私の行動に対してあなたがどんな反応をしていたとしても私はそれを受け入れました。それがなぜかはわかるでしょう。ゆく当てがないからです、それもこんな体だったせいで」
アレクシスは本当にウィンディのその言葉を予測していなかったらしく呆然とした様子であんぐりと口を開けた。
「それすらも、誰のせいかあなたは存じていましたね。そのうえで私を献身的で尽くすことが好きな女だと思っていただなんて、あなたの頭は能天気と言わざるを得ません」
「なっ」
「圧倒的な弱者相手ならば何をしてもいいと思っていたのでしょう。アレクシス。その考えはとても危険ですよ。誰しも弱者になる可能性があるのですから、そして何をされたかは決して忘れません。
自分の言葉一つで人が都合よく動くのは、きっと気持ちのいい体験だったと思います。
しかしそれは正常な人間関係ではありません。私が知っている限りあなたは、今あなたを助けたいと思えるだけの情を私に分け与えてはくれませんでした。
それが私の結論です。あなたは私を助けてくれようとしなかった。
だから私もあなたを助けません。害をなされたこともありましたが、仕返しはするつもりはありません、社会から科される罰で私は溜飲を下げることにします」
理路整然と話す彼女に、目を見開いてそのまま騎士たちにアレクシスもリオノーラも連れていかれる。
「想定していたよりもずっと、スムーズに終わったな。ウィンディ」
念のために鎧をまとっていた母がそう口にして騎士たちにこの屋敷の証拠集めを命じた後、彼女に話しかける。
この部屋には、残りの母についている魔法使いと、ヴィンセントたち三人だけが残っていた。
「……はい、誰一人欠けることなく罰を受けてもらえること、とてもよかったと思います」
「それにしても、君は随分と肝が据わってるな! 魔法使いの道も向いているんじゃないか?」
「いえ、私はただ必死になれるだけの理由があったからできただけです」
「……どうだその理由は解消できたか?」
その理由というのは彼女が持っている復讐心であると母は考えたらしくウィンディに問いかけた。
しかし、彼女は違う答えを持っていたらしく、少しキョトンとしてからスッとヴィンセントに視線を向けて、小さく首を振った。
「いえ、これからです」
「そうかそうか! なら我々は邪魔ものだな、後は若い二人に任せよう」
そんなふうにいって、母は何を勘違いしたのかハンフリーとリーヴァイに手招きをする。
リーヴァイは小さく会釈をしてハンフリーの方はヴィンセントの肩を軽くたたいて、破壊した扉から去っていく。
しかしそんなふうにまるで恋仲の二人のように取り残されたとしても、この言い方からしてウィンディはヴィンセントに対しての怒りをまだぶつけられていないという意味だ。
ハンフリーやリーヴァイとは違って母は事情を知っているというのに、どうしてそういう反応になるのだろうか、それが疑問で仕方ない。
けれどもそう思っている間に、彼らは去っていき、ロットフォード公爵家の面子が捕らえられたこの場所でヴィンセントはウィンディと向き合った。
せめて屋敷に戻って気持ちを整えてからと思ったが、例によってそんなことをヴィンセントがいう資格はない。
先ほどの彼らのように詰め寄られて、彼女に罵られるのだと思うと情けない事に血の気が引いて悲しくなってくる。
目の前にいる彼女はいつもの通り読めない表情でヴィンセントを見上げたのだった。
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