死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸

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53 正しい謝罪

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 思っていた言葉をすべて吐き出すと、私の心はなんだか宙に浮いたように軽くなる。

 ロットフォード公爵と同じぐらい父と母の行動も私に対する酷い行いだったと思う。しかし、彼らとともに過ごした時間は短く、その分彼らに対する気持ちは少ない。

 彼らにはロットフォード公爵にも言ったように、魔力減少の魔法道具を贈ってある、それに加えて魔薬を販売していた経歴のある貴族は必ず重たい処罰を加えるつもりだとグレゴリー国王陛下は口にしていた。

 そのくくりの中に父と母も入っているだろう。

 彼らに対してはその社会的に科せられる罰をもって、私は振り上げたこぶしを収めることにした。

 それに大元をただせば、ロットフォード公爵さえ、人の事を顧みない行動をとっていなければ、襲撃もなかったはずだし父と母は私をより良い所へと嫁がせるだけで済んでいた。

 能動的に人を害した人ほど、恨むべきだと私は思っている。

 だからこそ、彼にきちんとした仕返しをしたこと。それが私にとって一番の分岐点だ。

 目の前で緊張した面持ちでこちらを見つめているヴィンセントに、私は目線をおくる。
 
 彼は驚いた様子でびくっと体をこわばらせたが、私はそのまま今までの勢いに任せてぴょんと飛ぶように駆けだして彼にそのまま抱き着いた。

「っ!?」

 抱きしめると体はひどく緊張していて、驚いたからか私が勢いよく抱き着いたからか、膝を折ってそのままがくっと膝を折ってゆっくりとしりもちをついた。

 丁度何もない場所だったので私たちは床にへたり込むような形で二人してカーペットに座り込んだ。

「っ、ウ、ウィンディ?」

 その声は混乱と若干の怯えを含んでいて、体を放してへたり込んだ彼を見てみると、先程、責め立てたロットフォード公爵のような罪に怯える表情をしている。

 私はそこで初めて彼が、先ほどの私の言い分を聞いていたのに、まだ自分の罪も同じように重たいものだと思っていることに気が付く。

 彼らを正当に責めて、私の気持ちの行き先はヴィンセントではなくロットフォード公爵家や、私の周りにいた人たちに向いているのだとキチンと示したつもりだったのだが、彼には伝わっていなかったらしい。

 私はそのことに少し驚いてしまって、それから少し冷静になって考え直して、言葉が足りなかったかと恥ずかしくなってしまった。

 けれども、恥ずかしくともいわなければ伝わることはない。

 それに私は彼との勝負を完全に保留にしたままだ。

 未だに思う所はたくさんある。

 彼にとって私は罪の象徴でそばにいることによって安らぎを得ることはできないのではないかという思いや、彼に私は相応しいのかという思い。

 しかしそういう気持ちの中に、彼に対するあなたのせいでという気持ちは微塵も残っていない。

 残っているのは無意識に魔法を使ってしまった過失について、それはいけない事だっただろうという事実を認識する気持ちだけだった。

「……」

 だからこそ、それらはこれから解決していける問題だ。

 お互いを知っていって、これから未来にともにいることによって変えていけることだ。

 となれば、ともにいることは許されてもいいのではないかと思うし、たくさんの感情の中でも一番大きな気持ちは彼を愛しているという事だ。

「……ヴィンセント」
「は、はい」
「勝負は私の勝ちです。私はあなたが好きです、心底、これからもずっとそばにいたいと思っています」

 いつもよりも近い距離で、私は彼の胸元の手を伸ばしてそっと手を触れた。

 ……愛しているんです。誰よりも、あなたが私に言ったように。私はあなたが助けようとしてくれたことが何よりうれしかった。だから……。

 その情が伝わればいいと思って気持ちを込める。けれども彼は私の手をそっと掴んで、震えるような声で言った。

「そ……れは、そんなの嘘だろう。俺は連れていかれたあの人たちと同じだ、君に害をなして長い間苦しめてきた。さっきの言葉は全部俺にも言える事だった……!」

 断言した彼は私を導いてくれた時の強さは感じず、それどころかどこか弱々しくて強く触れたら壊れてしまいそうな脆さを感じた。

「……」
「いいよ、無理をしなくても。俺を恨んで、許されるわけがない、俺は最初から許されるなんて思ってない、だから君を好きだけれど、傷つけられて当然だ」

 気弱になって涙すらこぼしてしまいそうなその様子に私は頭を振る。

「どうして!? 俺はっ……俺だったら許せない。全部俺が悪かったのに、だから君も話を聞いたとき、そう思ったから飛び出そうとして、すべてを恨んで復讐を果たそうと思ったんじゃないのか」
「違います」
「君が否定しても俺はそう見えた。そうであるべきだと思った、最初から、衰弱しきった君を見つけた時から、俺はずっとそうだと思っていた」
「……」
「ウィンディ。君が無理して与えてくれる慈悲なんていらないよ、俺は君が心から安らかに生きられる世界を作りたい。その世界に俺は一番必要ないものなんだ」

 安らかに生きられる世界だなんてとても大仰なことだ。けれど、そう笑い飛ばすことなんてできないほど彼は真剣にそう言っている。

「だから君が満足するまでいたぶって、君がいなくなって欲しいと望むならその通りにしたい。俺はあの時、俺に手を伸ばして救ってくれようとした君を……殺したといっても過言じゃない」

 ……たしかに死んでいてもおかしくありませんでした。

「命を奪っていたら取り返しがつかなかった、でも今は君に本来の力を返すことができて、俺は罪を償う機会が出来た。だからそうしてくれたら俺はうれしいまであるんだ」

 震える手を私に伸ばして両方の肩をしっかりとつかむ。

 ヴィンセントの目は本気だった。

「お願いします。どうか嘘をつかないで、俺を恨んで……」

 それは一種の懇願のようなセリフで、私はその気迫に少し負けそうになる。

 けれどもそれだけヴィンセントが真剣なのだ、私も同じ土俵に立って傷つくのを恐れずに、伝えるべきだろう。

「……たしかに、あなたは悪かった。それは間違っていません。あなたが起こした間違いは、私をむしばんで多くのものを奪いました」

 彼に寄り添って言葉を紡ぐ。

 その言葉を聞いて少し希望を見出したような表情をするけれど、私は間近に迫っている彼の目を見つめ返して言う。

「けれどあなたの起こした間違いは、私にとってほんの些細なものです。生きようと願った結果ならばなおさら」
「でも」
「起こったことは残酷な事でした。それも事実です。しかしそれにはあなた以外の起こした間違いが含まれている。あなたが背負っている責任は不当です。私はそれを野放しにしたままあなたにすべてを背負わせて許すとは言えませんでした」

 ぐっと言いよどむ彼に続けて言う。

「だからこそ行動を起こしたんです。彼らの罪を私もあなたも知っていて、その罪の比重はあまりにも刺客をおくったロットフォード公爵に偏っている。私はそう思っています、だから私が彼を恨んで、仕返しをしたのは正しい事です。そうでしょう」
「それは、そうだけど……」
「不服ですか、では私の処罰はあなたにとって不当でしたか? ロットフォード公爵や父と母に私と同じ思いをさせたいという私の復讐は、あなたが一人が罪をすべて被る場合、彼らへ復讐をするのはあなたにとって不当な事になるはずです」

 言い募るというよりも、理論で攻めているような言葉になってしまうが、結局、人を納得させるためには正当性が不可欠だ。
 
 こうして行動をしたことによって罪の割合ははっきりとした。

 それはヴィンセントでも覆すことができない。

「……不当なんかじゃない、もちろん正しい。そうするべきだった」

 認める彼に私は、気が緩んで表情をほころばせた。

「はい、私もそう思っています。つまり私の復讐を一番に受けるべき罪を犯した相手は正当に処罰を受けています。あとに残ったのは何か、わかりますか」
「後に、残ったもの?」
「ええ、それは、あなたの犯した罪が残っています。それはあなたが無意識に魔法を使ってしまい、私と契約をしたこと」
「……そうだね」
「それについてどう思っていますか、ヴィンセント」
「すごく、申し訳ない事をしたし、俺はひどい事をしてしまったと、思う」

 力なくそう口にする彼は、するりと手を放して膝立ちになったままどうしたらいいかと私に視線を向ける。

 その彼の頬に手を添えると、さらりとしている黒髪が指先に触れて、案外柔らかいのだなと思う。

「なら、それに対してだけでいいのです。ヴィンセント」
「……ごめん、守ってくれたのに、そばにいて……くれたのに、君から……奪って……本当にごめんなさい」

 促すと、彼はとても素直に謝罪を口にする。

 その言葉は正しく真実で、間違いなく彼のやったことに対するだけの謝罪だった。

 彼には大きな責任などない、私を幸せにする責任もすべてを背負い込む必要もない。

 ただ私たちは大きな波に巻き込まれて、悪意の中でたまたまひどい目に遭ってしまっただけの人間だ。だからこそ正しく見極めて進んでいかなければならない

「はい。許します。あなたの犯した罪を許しました。そのうえで、私は私の気持ちを覆しません。あなたを……」

 そのまま体を近づける。

 頬に手を添えたまま首を少し傾けて、ヴィンセントの唇に触れるだけの軽いキスをする。

 彼はそれを拒否することはなく、受け入れて私が離れていくと、小さく息を吸って、涙をこらえるように息を止めた。

「愛しています。誰より、あなたを」

 彼の告白と同じような言葉を返す、人の言葉だけれどそれは何よりもしっくりくる言葉だった。

「…………」
「なので勝負は私の勝ちです。勝負は勝負ですよ、ヴィンセント、私に後ろめたくない愛情をくださいますか」
「…………君には敵わないみたいだ」
「ええ、考え事ばかりをして生きてきたので理屈をこねまわすのは得意なんです」

 小首をかしげて彼を愛おしいという気持ちをそのままに笑みを浮かべる。

 彼はたまらずといった様子で、けれども優しく私に手を伸ばしてそのまま何よりも大切なものみたいに抱きしめた。

「勝負は、勝負だから……善処するよ、突然、考えが切り替えられるほど俺は器用じゃないけれど、もう許してもらったから後ろめたくは思わない」
「ありがとうございます」
「ウィンディ、大好きだよ」
「はい、うれしいです」

 そんな言葉を交わして、私たちはしばらく荒れた応接室でぎゅうぎゅうと抱きしめあって、お互いの体をくっつけた。

 ずっと冷たくてないも同然だった私の体温を今彼に伝えることができているだろうか。

 温かいと、あの事件の日、暖炉の前の時のように心地いいと、思ってくれていたらいいなと私は願ったのだった。




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