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36 抗戦
しおりを挟む「アルフ、止まって!」
到着した時にはすでに、人々の混乱の声が聞こえてきていた。
争うような怒号と、それから松明の明かり、金属同士がぶつかり合うような音。
まさしく、アルフの聞き分けた音は、アルカシーレ帝国からの使者を襲撃しようとする何らかの集団の足音だったのだ。
それに想定していたよりも数は多くない。
雑多な格好をしているたいして統率の取れてなさそうな集団だが、魔法を使う武器を持っている様子だ。しかし夜襲だったことも功を奏したのかすでに数人の遺体が転がっている。
……うわぁ、事件現場だ……真っ赤だ……なんか鉄臭いし、松明が燃える匂いと混ざって気持ち悪い……。
遠目から見ても人が争っている場というのは恐ろしくてエリアナはそこに突っ込んでいける様な気概は持ち合わせていない。
しかし、到着してしまったからには、突っ込むしかないのだ。
「アルフ、アルカシーレの人を襲っているあの集団、あの人たちは殺してもいいから。……行こう」
「おうっ、エリアナさま!」
エリアナが感じている恐怖などアルフはまったく感じていないらしく、むしろ殺していいと言われたことがうれしくて楽しいそんな様子でぴょんと飛び上がってばねのように走り出した。
エリアナも覚悟を決めて手綱を握り、馬を走らせる。
「使節団の皆さま! 応援に参りました、獣人の村付近で使節団の方々を襲うなんて、亜人を貶めたい人間の策略でしょう! そうはいきません、後から援軍も参ります! どうか持ちこたえてください!」
声を張り上げて使節団に対して友好的な援軍が来たことを示すため、声を張り上げて宣言し、ついでにコベット村の印象を悪くしないように注意を払って言葉を紡いだ。
「これはありがたい!」
「獣人がこんなに早く援軍に来てくれるとはっ」
戦っていた騎士たちは、地面をけって飛びあがり襲撃者の頭に思いきり食いついたアルフの姿を見て、獣人が助けに駆け付けたと思ったらしい。
もちろん、そう思ってくれなければ困る。
こちらの国で襲われたということは変えられない事実ではあるが、それもこれも、亜人差別の意識が強い人間が起こしたことだと意識づけられればそれでいいのだ。
あとは、きちんとリオ王子を助け出して、事を収めればいい。本当は襲われる前に対処できるのが一番だったが仕方ないだろう。
とにかく一番重点的に守られているはずのリオ王子が乗っている馬車を探してエリアナは視線を巡らせた。
「それにしてもなんだあの動きは……我々が知っている獣人と違うぞ……」
「まるで野生の獣のようだな」
「この隙にリオ王子殿下の救出を! 急げ!」
アルフに圧倒されたように声をあげる騎士の人々に、エリアナもそうだろう、そうだろうと、鼻高々な気分だ。
……アルフは知能が低い分、戦闘力にガン振りしてるからね。アルフがそばにいてくれるおかげで私は毒を食らったことも、危険な目に遭ったこともないんだよ。
次から次に、全身の肌肉をばねのように使って人間に食いついていく彼は、背中につけている剣など気にも留めずに己の牙とその爪だけで人々を殺していく。
……まぁ、人間なんかには負けないぐらいには強いけどその代わり、いつも捕虜が捕まえられない事が難点なんだけどね……。
と、そんなことから考えを戻してエリアナはリオ王子の救出をと言っていた騎士を探して、真後ろに向かって走り出した彼らを馬に乗って追いかけた。
すると先ほどまでは気がつかなかったがそこは、小さな人の身長程度の崖になっている場所があるらしく、彼らが松明を持って降りていくと、豪華な装飾を施された馬車が横たわっていた。
「駄目だ、扉が歪んでいて開かないっ」
「王子殿下、無事でいらっしゃいますか?! 今、お助けします!」
木々にぶつかって大きく歪んだ馬車、その中の様子は照らしてみても深い夜の闇で見ることができない。
それに真上の喧噪もあって人の声は届きづらいだろう。
……まさか、死んじゃってないよね……。
それにしてもまったくの無反応なんておかしいだろう。しかし彼らは、必死になって馬車の扉を開けるために手を尽くしていた。
そのうちの一人がエリアナの乗った馬を見て、それだとばかりにひらめいた様子で言った。
「ソラリア王国からの援軍の方、どうかその馬を貸してくださいませんか、見ての通り我が主が、馬車の中に取り残されているんです」
「お願いします、ふさわしいお礼は必ず致しますから!」
その様子に彼ら自身の馬を使えばいいじゃないかと思ったが、襲撃をかけるのに逃走用の馬をまず逃がすのは常套手段だ。
貴族の騎士が守っているのに、襲撃者に押されていたのは、馬を逃がされたからということもあるだろう。
襲撃者は馬の上から攻撃してきている。もちろん体のつくりが違うアルフには、関係のない事だった。
「……そうですか。……大丈夫です。お礼などいりません。ただ、私はこの襲撃事件の正しい犯人を見つけて裁くことが重要だと考えています。決してコベット村の住人の犯行ではない、そのことは獣人が一番に助けに来たからにはわかっていただけたでしょう?」
「それはもちろん!」
「こんな、姑息な方法、許せません」
憤っている彼らにも、エリアナは今後の事を考えて馬から降り、一度ブーツのひもを結び直して小さな崖をずり降りた。
ドレスが岩に引っかかって引き裂かれて大変なことになっているがそんなことは、些細な事だろう。
……それにしても、中でどうなっているかが重要だよね……。
エリアナ自身も灯りをつける魔法道具をポケットから取り出して、指につけつつ、救出しようとしている騎士たちの様子を窺った。
いまだに中から返事が返ってきている様子もないし、なんだか妙だ。
……リオ王子殿下……どうなってるの?
魔法を使って彼の様子を探ってみるが、神の導きである光の柱は馬車の中にはない。
……あれ、いないんだけど……。
そう思って、一度ぐるりと周りを見てみれば、彼は森の中、必死に徒歩でこの場所から逃れようとしているようだった。
……ああ、馬車からなげだされて、襲撃者から逃げるために必死にその場から離れてるって……感じ?
え、でも騎士たちも侍女たちもいるのに、あなたが逃げたら最悪皆殺しになるんじゃ……。
もちろん、自分の命をとして、騎士たちが負けてしまった時点で自分から投降して、それ以上の命が失われないように犠牲になれとまでは言わない。
しかし、決死の覚悟で戦っている騎士たちをしり目に逃げるか? 普通。
なんだかその彼の行動に、違和感を覚えたが、怖かったのだろうし、文句などエリアナが言える立場ではないだろう。
エリアナだって彼が無事でいることが一番大事だ。
そうでないと困る。
だからこそ灯りの魔法道具をともしたまま、光を強くして彼の背中を追いかけるようにして森の中へと入っていったのだった。
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