婚約者を奪われるのは運命ですか?

ぽんぽこ狸

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42 手を強く握って

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 オールストン公爵家に向かう馬車の中で、エリアナは考えていた。

 初めて自分の魂が穢れていると言われた時のことは衝撃的で今でもよく覚えている。

 四歳か五歳ごろになった時だっただろうか、父と母とソラリア王国にある一番大きな教会に呼び出されて、そこで一番偉い最高司祭であるメイナードと会うことになった。

 何かエリアナがやってしまったのか、もしくはギフトの魔法が何かの間違いだったのかいろいろと父と母は心配そうに話をしていたけれど、エリアナもその話をきいて緊張していた。

 到着してメイナードは誰にも聞かれないように、人払いをして、静かに告げたのだった。

「エリアナ様はその歳にしてとても賢く、転生者として今後よく国を導いてくださることが期待されている素晴らしい子ですが、一つ、心配事があるのです。妊娠していた際に、魔法道具を使って診断をしましたがその時にはわからず、洗礼の際に判明した事実です」
「……それは、いったいどんなことでしょうかなにか、エリアナに害があることなんですか?」

 若かりし母は静かに問いかけてエリアナの肩を抱いた。

 父も難しい顔をしている。目の前にいるメイナードは無言で首を振り、それから、エリアナに視線を合わせてゆっくりと確認するように問いかけてきた。

「これはエリアナ様にしかわからない事です。もちろん害はありませんが公表すればエリアナ様の経歴に傷がつくことです。真剣に答えてください」
「……はい」
「あなたは前世で罪のない無垢な人を殺したことがありますね。魂が黒くくすんでいます。もちろん実害はありませんが、ただその事実に国民や貴族たちは神経質になるものでしょう」
「っ、殺したことなんてないですっ、そんな怖い事、やったことない」

 断定的に聞かれてすぐにエリアナは答えた。しかし続けてメイナードは痛ましいような顔をして、悲し気に言った。

「ではやはり自殺ですか。よほどつらいことがあったのでしょう。自殺も自分を殺すという事ですから、罪になるのです。しかしそれならば、きちんと今世で神に祈りを捧げ、まっとうに生きれば魂の穢れも取れるでしょう」
「…………」
「大丈夫、エリアナ様、深く事情を聴くことはありません。しかしどうかこちらでは幸の多い人生を歩んでくださいね。

 クリフォード公爵も、公爵夫人も王家には一応伝えてありますが公表はしないということになっていますので、この話はこの場にいる人間だけの秘め事としましょう。いずれは消えてなくなる罪ですから」

 彼の言葉に父と母は神妙にうなづいて、エリアナは初めてその時に自殺が人殺しの罪になるのだという事を知った。

 知っていたらやらなかったかと聞かれるとそうではない。エリアナはただ奪われたことが認められなくて、許せなくて、”彼”を追いかけただけだったのだ。




 
 ……婚約していつ籍を入れようかという話をしていたころだった。

 その時の記憶は明確に残っている。

 私はもう社会人で資金も潤沢にあったし、時間は少々足りなかったけれど、小規模でも厳かな結婚式でも上げようかそんなふうに考えて、親指で薬指についている小さなリングの感触を確かめて日々を送る。

 それは何より幸せで、穏やかで、ただただこれからもっと幸せになると信じてやまなかった。

 ただ予兆はあったと思う。

 彼はよく寝込んで動けなくなっていたし、たまに長期入院していて病院にも頻繁に通っていた。

 そのころには風邪をよく引くのではなく病気なのだと知っていたが、そうはいっても彼はここまで生きているし、私と結婚だってするし、これから先もそうして生きていくだけだろうと思っていた。

 ただ病気について知ろうとしたり、彼の看病の為に知識をつけようと思って提案したことは何度もある。しかしそのたびに、知らないで欲しいと言われ続けて大人になった。

 だからこそ、私は聞かなかったし、言わなかった。

 そして続くと信じていた。

 しかし突然その日は訪れる。彼がまた長期入院していた時の事だった。

 彼のかかりつけの病院に呼び出されて、彼の周りには主治医の先生や、看護師さん、彼の父親も母親もいた。

 その異様な光景に嫌な汗が出てきて、けれどもその状況と頭の中を整理する暇もなく、私は「先生、間に合いました! あなたは、こちらへ!」そんなふうに言われてベットのそばに膝をついた。

 椅子があったのだがどういうことかと問い詰めたくて、私は顔を出来るだけ近づけられるようにそうした。

 酸素マスクが外されて、彼は私を横目で見た。

 相変わらず、顔は青白くて、唇も真っ青いつもの事だった。

 いつものことながら、こんな人が職場や通勤中にいたら病院に行って静養することを進めて心配するのに、どうして自分は彼の事を疑問に思わなかったのだろうと、今更思った。

 彼はどこかぼんやりとしている様子で、苦しんでいるという感じもしない。
 
 私を見ると何かを言っている様子だったが、しばらく声がかすれて聞き取りづらかった。

 しかし、耳を寄せると、かすかに言葉が聞こえてきた。

「持たなかった、もう少しは……はず、だったのに……」

 うわごとのような声で、私は体が震えて何も声をかけられない。

「でも……汚さなくて、助かった。ごめん……ごめん」
「何か、声をかけてあげてください。ずっと最期はあなたを呼んでださいとおっしゃっていたんです」
「……」
「……ごめん」

 看護師さんが必死に私にそう言ってきたが、私は目の前がくらくらするばかりで何も言えず、結局彼はその言葉を最後に息を引き取った。

 ピーッ、なんてありきたりな音が響いて、こんなことってあるだろうかと思う。

 こんなふうに急に死ぬだろうかと思う。側にいた彼の家族がわぁっと泣き出して口々に言った。

「この子は昔から、心臓が弱くて、ここまで持ったからもしかしたらと思ったけどっ、こうなってしまうのね。ああ、どうして」
「しかたない、きっと神様に愛された子だったんだ、覚悟はしていただろ。それより不憫なのは……」

 私は、その言葉を聞き様子をみて一人で、病室から飛び出した。

 心配した看護師さんが何かいろいろと言っていた気がするがそんなことは気にならずに、自宅に惰性で帰った。

 ほんの一ヶ月前までは一緒に暮らしていて、今回の入院は長いね、なんて話をしていたし医者はたしかに神妙な顔をしていた。

 考えれば考えるほど、材料はそろっていた。

 彼の両親は彼のために早く式をと言っていたし、彼は昔から心臓を抑えて苦しそうにしていた。死因というとたぶん心不全になるのだろう。

 薬をたくさん飲んでいたし、運転なんてできなかったし、介護の話も実は出ていたのだ。

 ただ奇跡的に介護が必要な症状の出方じゃないとか、なんとか彼が一人で頑張って私に伝えないようにしていただけで、実は私はたくさんの事を知っていた。

 普通とは違うという事を、幼いころからわかっていたし、彼はいつか死にそうだということぐらいはわかっていたのだ。

 しかしともに過ごしていくうちに、死ぬのだろうかという疑問がわいて、そのうち生きているのだから死なないのだろうと思うようになっていた。

 いなくなる事なんて考えもしなくて、しかしあの人の父が言っていた神様に愛された子だからという言葉が脳裏をひらめいて、若くして死んだ人の事を神様に連れていかれたなんていう表現があることを思いだした。

 ……連れていかれたっていうか、奪われたに近いね。

 手を引かれて彼は抗えずに奪われて、彼だってそれを望んでいたわけではないだろうし、可哀想な人生だったと思う。

 やれることが少なくて、人と違う事ばかりで、苦しいばかりの人生だったと思う。

 けれども私はとにかくそんなことより、彼が可哀想なんて言う事よりもずっとずっと思うのだ。

 奪われたと、取られたと、私の大切な人は私の手から否応なしに連れていかれた。

 そういう運命だったにしてはよく持ったほうだ、彼は頑張っただから楽になってよかったと、きっと多くの人がそういって受け入れるのだろう。

 彼自身も。

 だから最後にあんなことを言ったのだ。

 私はあんな聞き取りづらい言葉でもちゃんと意味を理解できた。

「持たなかった、もう少しは持つはずだったのに、ごめんね」

 とまずはそう言って、それからこうだ。

「でもよかった、君の戸籍を汚さずに助かった」

 あらかじめ、消えゆくことが前提で、自分が幸せになることなんて考えていなくて謙虚でいい人で、優しくて、愛おしい婚約者。

 美談にして、前を向いて一歩を踏み出す。

 それが正解だろう。彼の事だ、探せば遺書だって出てきてきっとそこには遠回しに、直接的ではなくても優しい彼らしく、私に生きてくれと書いてあるに違いない。

 けれど、私は自己中心的な人間だ。

 彼に死が迫っていることなど気がつかないし、自分勝手に運命的に結ばれているのだと思い込むし、彼が好きだし、彼が可哀想だなんて言う事よりも、私は、私が可哀想だ。

 婚約者を奪われるなんて、なんて理不尽だろう、あり得ない。

 けれども理不尽にあえいだって仕方ないだろう、彼は弱音を吐かずに堪えたのだから、私だって行動を起こすのみだ。

 死んでどこかに彼が行くというのなら私だって、死んであなたを追いかけるそれだけのことだ。
 
 なにが間違っている。おかしい事なんて何もない。
 
 そう意気込んで、私は、彼と暮らした部屋の風呂に水をためて、気合いを入れて手首を包丁で刺した。

 彼が死んだのが、奪われたのが運命だとするならば、運命の恋人が後を追いかけてその死出の旅路についていき、新しく受けた生でともに結ばれることだってまた運命だろう。

 痛くはなかった。たぶん何か、よくない脳内物質でも分泌されていたのだろう。

 ここまで必死に生きてきた彼に不義理な行為だと言われるかもしれない。自分で自分の命を奪うことなど。

 しかしどうしても、私は自己中な人間で、すぐにでも彼が逝く前に、遠く彼方に行く前に、その後ろ姿に追いついて手をきつく握って共についていきたい。

 その気持ちが先行するような自己中な人間なのだ。

 愛している、そばにいたい、一緒に逝きたい、そういう気持ちでいっぱいの前を向いた一歩、前を向いた自殺だった。

 風呂場を赤く染めて、涙を流すことなどできもしないまま、まるで初めから彼無しでは生きられない人間だったかのように私は死んだ。

 今度こそ、彼と生まれ変わって幸せになれる未来を描いて、希望にあふれた信心深い気持ちで、穏やかに目をつむったのだった。



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