41 / 56
41 パンチ
しおりを挟むエリアナたちはリオ王子を送り届けてからクリフォード公爵家へと戻った。
父や母はまだこれから、いろいろとやることがあるらしく王城へと忙しなく向かって行った。
エリアナも荷物をもってまたアリアンナのところへと向かおうとすると、それを邪魔するようにチェスターが声をかけてきた。
自室で必要なものをコンチェッタとまとめていただけだったのに、彼はわざわざやってきて、イラついたような目線で二人を見つめており、エリアナを守るようにコンチェッタが前に出た。
「何の用ですか、チェスター。いくら妹の部屋だとしても無断で入室してくるなど、マナー違反ですよ」
彼女は少し緊張している様子だったが、きっちりとそう指摘する。
しかしコンチェッタの指摘などまったくどうでもいいかのようにチェスターはエリアナへと視線を移動させ、あざけるように言う。
「やっと、本格的に出ていく気になったのか? エリアナ、お前にしてはいい判断じゃないか」
「……」
「おいおいなんだよ。跡取りに向かってその反抗的な目は。アルカシーレ帝国の王子殿下もいらっしゃったことだしこれからこの国は、ベルティーナ様を中心に改革をしていくだろ? その立役者になったクリフォード公爵家跡取りに歯向かって今後が心配じゃないのか?」
……そもそも、リオ王子殿下を助けたのは私だし、来てもらうように交渉したのもお父さまたちだし、チェスターお兄さまは何もしてないじゃん。
だというのに彼はあたかも自分の功績でこれからそれを自由に扱えるつもりでいるようだった。
「精々俺に媚びて転生者の力で奉仕してくれよ。お前なんて婚約者がいなければ普通の令嬢以下の存在なんだからな」
けれども、彼がどれほどそのつもりで主張してきても、エリアナはもう迷ってはいない。
少なくとも彼の下につくことはないだろう。
「……だとしても、チェスターお兄さまに施しをお願いするぐらいなら、私は、アルフとディーナを連れて自分の好きな場所に行くし、私が転生者だからって特別なのが目障りなんだろうけど、いい加減うざい」
傷つくとか、悲しいとか、このままでは潰れてしまいそう、というよりも、気持ちが落ち込んでいないときだと普通に彼はうざいのだ。
目ざわりで、こざかしくて、腹立たしい。ただそれだけだ。
文句を言うばかりで自分から何をするわけでもない。そんなにエリアナが気にくわないならば実力で見返せばいいのだ。
それなのに顔を見たら思い出したようにチクチクと文句を言ってくだらないったらない。
「はぁ?」
「だから、そもそもチェスターお兄さまの事なんて眼中にないのに、文句ばっかり言われて突っかかってこられて、面倒くさい」
「……お前、そんなことを言って、俺に後から謝って縋ってすり寄ることになるんだぞ?」
「そういう妄想が好きなら頭の中でやってくれる。現実に持ち込まないで」
エリアナは歴代のアルフのハーネスを並べていた机から離れて、睨みつけて腰に手を添えてこっちだって言われっぱなしではないのだと示した。
しかし、彼も簡単に折れるつもりがないらしく、睨みつけながらも逡巡してそれから、どや顔で言った。
「いいのかそんなこと言って……ああそうだ。俺、お前のうわさ知ってるんだぜ?」
「そんなのベルティーナが意図的に流しただけのことでしょ。屋敷に戻ってないとか亜人びいきだとか、そんなの━━━━」
「いや、これは最近ベルティーナ様から直々に聞いたんだ、だから噂っていうか事実に近いか?」
そんなの気にしないしどうでもいい、そう言おうと思ったのに彼は先回りしたようにそう付け加えて、エリアナは不審に思って首を傾げた。
すると、彼は勝ち誇ったかのような表情で、たっぷりと間を置いてから言った。
「ベルティーナ様の見通す力によると、お前の魂、咎人のように汚れているらしいな! そんな不浄な人間だと多くの人に知られれば、怖くて誰もお前に近づかないだろ!」
……!
驚いた。まさかそのことを言い当てられるとは、思っても見なかった。しかし、当然のことだろう。彼女は聖女なのだから。
言動から気品と神聖性を感じないとしても聖女なのだから教会が持つ魔法道具かそれ以上の見通す力を持っているのだ。
「前世で一体何したっていうんだ? エリアナ、お前はそんな……無害そうな顔を……して………………な、なんだよ」
しかし、さらにあおるように続けようとしたチェスターにコンチェッタが無言で向かっていき、エリアナが見えなくなるほどに彼の真ん前で至近距離に視線を交わしている。
チェスターは困惑した様子で少したじろいだが、イラついた様子でコンチェッタに手を伸ばす。
けれども、コンチェッタが構える方がずっと早かった。
具体的には、足を引いて体の重心を低くしてぐっと握った拳を後ろに引き、体のひねりを使って思い切り、前に拳を突き出した。
「がはぁっ!?」
「……いい加減にしてください、チェスター。見苦しいです。今の今までずっと我慢してきましたが、そんなふうに妹を侮辱するような人間にする配慮はありません」
「はっ、がっ、ゴホッ、う゛~っ、が」
「あなたは、私がひそかに体術を学んでいることを知っていましたか? 知らなかったでしょう」
「っ、ぐぅぅっ、ゔぇっ」
「エリアナが、リオ王子殿下を助けて、襲撃が起きたこの領地の責任を軽くするために最善の行動をとれるほど果敢で、立ち回りがうまくなっていることをあなたは知っていましたか?」
ものすごく切れの良いパンチを繰り出したコンチェッタは、すっと女性らしい立ち姿に戻って、静かに彼に語り掛けた。
しかし聞こえているのかわからないぐらいチェスターはもだえ苦しんでいる。
「知らなかったでしょう。人というのは変わりゆくものです。それなのに昔からあなたはエリアナに文句を言うばかりで一歩も進歩しない。
だから人も同じだと思って侮ってかかるのでしょうが、そのせいで痛い目を見るのは自分だとしっかりと覚えていてくださいね」
赤い髪をさらりと揺らしてとても冷静に、言いつける姉の姿は、この家を出た時同様に、おっとりしていて気弱で弱々しくは見える。
しかし、アレだけ素晴らしいパンチを繰り出せるようになったのだ。
それはとてもすごい事だ。
けれども、姉はエリアナの魂が穢れた人殺しだということは知らなかったはず。
それなのに、一切動揺せずにかばってくれた。
その事実はエリアナを信頼してくれているということに他ならないと思える。
彼女はゆっくりと振り返って、もがき苦しんでいるチェスターの事は気にせずに「さぁ、荷物の整理を続けましょうか」と当然のように言った。
それにエリアナは、圧倒されてコクリと頷いて片づけをしていると、いつの間にか回復したチェスターは痛む腹を抱えて、尻尾を巻いて逃げていったようだった。
人も自分も変わっていく。自分が新しい価値観を手に入れるのと同時に、人もまた何か新しい事を身に着けている。
それは着実に少しずつ前に進んでいっているという事でずっと変わらないものなど、良い意味でも悪い意味でもないのだと改めて思い知った。
46
あなたにおすすめの小説
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~
キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。
パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。
最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。
さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。
その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。
王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。
こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。
※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。
※カクヨムにも掲載中です。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
「君の代わりはいくらでもいる」と言われたので、聖女をやめました。それで国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
恋愛
聖女であるルルメアは、王国に辟易としていた。
国王も王子達も、部下を道具としか思っておらず、自国を発展させるために苛烈な業務を強いてくる王国に、彼女は疲れ果てていたのだ。
ある時、ルルメアは自身の直接の上司である第三王子に抗議することにした。
しかし、王子から返って来たのは、「嫌ならやめてもらっていい。君の代わりはいくらでもいる」という返答だけだ。
その言葉を聞いた時、ルルメアの中で何かの糸が切れた。
「それなら、やめさせてもらいます」それだけいって、彼女は王城を後にしたのだ。
その後、ルルメアは王国を出て行くことにした。これ以上、この悪辣な国にいても無駄だと思ったからだ。
こうして、ルルメアは隣国に移るのだった。
ルルメアが隣国に移ってからしばらくして、彼女の元にある知らせが届いた。
それは、彼の王国が自分がいなくなったことで、大変なことになっているという知らせである。
しかし、そんな知らせを受けても、彼女の心は動かなかった。自分には、関係がない。ルルメアは、そう結論付けるのだった。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる