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49 顛末
しおりを挟む顔をあげると、彼と目が合った。
そして何故だか平然とそういって、自分の胸に縋りついているエリアナをみて多少気まずそうに視線を逸らしたりしながらちらとエリアナをみて、少しだけ頬を染めた。
「ドレス、切れてるところあるけど……大丈夫? ……血も出てる、痛いでしょ」
「……」
「それに、君にこんなふうに抱きしめられるなんて……不思議な気分なんけど……エリアナ?」
問いかけてくるカイルに、エリアナは心臓がドッドッドと酷く鳴り響いていて、あまりに驚きすぎて声も出ない。
何事もなかったような顔をしている彼に、まさかと思い手探りで短剣を探してみるがすっかり刺さっていて、べっとりとした血が手につく。
「っ……ひっ……ひゃぁ」
真っ赤になった手のひらを見て、やっとエリアナは涙が飛び出してか細い悲鳴の声をあげた。
やはり手が震えていて、涙ながらにカイルを見上げると、彼はやっと合点がいった様子で、腹に刺さっているそれをずるりと引き抜いた。
「ごめん、俺、丈夫ではあるんだけどその代わりちょっとだけ人より痛みに鈍い体質になってて……さて、こうなったからには後は何とかなるかな」
……ちょっと……?
絶対にちょっとの範疇ではないような気がするが、それを指摘するよりも先にカイルが視線を送った先に同じくエリアナも視線をやる。
するとこの国を代表する、クィンシー国王とデルフィーナ王妃の姿があり、彼らはカイルの無事を確認するとリオ王子とベルティーナの元へと進んでいった。
「これはどういうことですか聖女ベルティーナ」
鋭く、よく通る声が響き、リオ王子と話をしているベルティーナは弾かれたように顔をあげて、忌々し気な表情でデルフィーナとそのそばにいるクィンシーを見つめた。
「……っ」
「こんなことは、たとえ聖女であろうとも許されることではありません。ベルティーナ、どんな事情があろうとも、そうですわよね、リオ王子」
「はっ、はい……それは」
「な、なによ! それでも私は、アルカシーレ帝国の聖女なのよ! いいじゃないちょっとカッとなることぐらい誰にだって━━━━」
「いいえ、あなたはそもそもアルカシーレの”聖女”ですらありませんわ」
刺された当人であるカイルの事や、飛び出してきたエリアナの事を放置して話は進む。
例外はあっても初めから決まっていたかのようにデルフィーナはとても冷静に言って、後ろに控えていた最高司祭のメイナードや、衣装からして魔法協会の研究者と思われるような人物を振り返る。
すると彼らはデルフィーナのそばにやってきた。
「その事実を立証するにはとてもたくさんの人の協力が必要になりましたが、やっと集めることが出来ました」
「……な、なんですって?」
デルフィーナの言葉にベルティーナは先程まで強気だった表情を引きつらせて問うた。
その言葉に、エリアナはまったく意味が分からなかったのだが、彼女は何やら心当たりがあるような様子だった。
……聖女じゃない事の立証って、そんなの……。
どうやってと思ったが、そのための魔法協会からの研究員の派遣を入れて、証明の為にリオ王子を呼び寄せたのだとすると話が合う。
「本来ならば、入室していただいて書記を設け、リオ王子にはきちんと一語一句たがわずベルティーナの本性について話をするべきでしたわ。しかし、わたくしたちの未来の王を奪おうとしたその罪、この場で見過ごすわけにはいきませんのよ」
「王族に危害を加えたとなればもちろん不敬罪が適用されるぞ、ベルティーナ、このままではカイルは助かるかどうか、厳粛に処罰を下したい」
デルフィーナの言葉に賛同するようにクィンシーが口を開いて、その渋い声と鋭い眼光でたじろいでいるベルティーナの事を見据えて言う。
「しかしとなれば、聖女であるという肩書は非常に厄介なもの。だからこそ今言わせてもらおう、リオ王子、我々ソラリア王国が最高司祭メイナード並びに、魔法協会所属員であるストークスの名において、そのものはただの転生者に過ぎないという事を事実として宣言する」
「……転生者……?」
「ええ、ええ! そうなんです、魔力というのは生まれによって特徴があるものでしてそれによって血縁関係など判断するような手法がございます」
クィンシーが重たくそういうと、名前を出されたストークスが胸に手を当てて意気揚々と語りだした。
その様子は緊迫したこの状況下では少し異様で、空気を読むという事を知らない研究者らしい研究者なのかなとエリアナは思った。
彼はモノクルをきっちりとかけ直してそれから自慢げに発言した。
「そこで、今現在保管されている女神の加護を持つ聖女の魔術の波長と、それから転生者であり女神の加護に似たギフトを持っている転生者を比べると! なんとベルティーナ様の力は聖女の持つ、神聖な見通す力ではなくただの千里眼のような物に近しく、魂に関する目利きは出来ないということがわかりました!」
彼はペラペラと早口でしゃべるが、話の内容としてはわかりやすい。
たしかに、彼女はあまり魔法を使わないし、それにアルカシーレ帝国には転生者の生まれる確率が低い。
ソラリア王国のように出生前に診断を行えるような魔法道具の輸入もできていないような状況だろう。
……まぁ、むしろ自由に交易をしていろいろな技術があるソラリア王国の方が先進的すぎるだけで、本来なら、聖女と転生者の違いなんてたしか大差ない……んだったっけ?
だからこそどちらでもいいからこそ、帝国が望む方として認める方向になったという話なら十二分に納得できる。
実際こちらの国に来なければ力を疑われて調査されるようなこともなかっただろうし、そのままうまくやっていただろう。
「つまり彼女が見たといったものはまったくの嘘であったとしても証明するすべがなく、なまじ似たような能力を使えるだけあって祭り上げられただけの、神聖性などない転生者という事ですね!
アルカシーレ帝国にはきちんと調査してから協会へと報告することへの注意喚起が行われると思われます」
「……私からも一点、アルカシーレ帝国の王族の方々は何か神のお導きや、聖女の事を勘違いされているように感じます。ベルティーナ様をソラリア王国に移動させることになったことに対しても、神託があったなどと口にしていました」
ストークスの話を聞いていたメイナードも彼の話が終わると、続いて口を開く。
「ベルティーナ様を聖女だと誤認することは仕方がないとしても、聖女様が都合よく動かないからと言って他国に押し付け、交換のように我が国の転生者を手に入れようなどとは言語道断です。
人にはそれぞれ生まれた場所にも理由がある。それを神託を理由に都合よく書き換えるようなことは、教会としては到底受け入れられる行為ではありません。
よくよく考えて、これからは神の存在を履き違えずに真の信仰を手に入れていただきたいものです。
そして今回の件について神は何も意向を示されてなどいません。妙な言い訳は通用しないものと考えてください」
「そんな、言い訳など……アルカシーレ帝国の教会の方で実際に神託が下りたと記述が━━━━」
「人が偽装可能なものなど証拠になりません、ただいまこの現状を形作っているのは、順序だてて説明することができる多くの人が納得できる証拠のあるものだけです。都合のいい不可思議なもので他人を納得させる理論として神を使うことはもうおよしなさい」
「そんな言い方はないではありませんか……」
「事実だと考えたので口にしたまでです、リオ王子殿下」
メイナードもきっちりとそう言い切って、リオ王子は何も言い返すことができない様子だ、口ごもって、静かに下を向いた。
神託があったからという謎の理由で、ベルティーナを押し付けられたことをメイナード自身も思う所があったらしかった。
「……という事で話は済んだな。ではその罪人をとらえろ。もうその女には宗教的権威もなく我々の転覆を狙っているだけの犯罪者だ」
「え、はぁ? 嘘でしょ? なによ、私、聖女なのよ? バッカじゃないの?」
「地下牢へと入れておけ。正式な裁判は後日執り行う」
クィンシーはとても重たい声でそういって、騎士たちがずらりと彼女の前に立ち並ぶ。
同時にベルティーナに仕えていた侍女たちは震えあがって、次々に、逃げ出そうと身を翻して走っていくが難なく捕らえられる。
さすがにこんな罪を犯して、聖女を騙っていた女に仕えていた女たちもただでは済まないだろう。
「無礼よ! 無礼! そ、そもそもお前らが勝手に私を聖女に仕立て上げたんじゃない! こんなの酷いわ!」
騎士に腕を掴まれて暴れる彼女は、美しい清流のような青い髪を振り乱して、またどこからともなく形の変わる剣を取り出して一人の騎士を切りつける。
そのさなか彼女の最後の悪あがきの途中、エリアナはベルティーナと目が合った。
「っ、何よ、これで勝った気!? 婚約者に選ばれたのは私なのよ! お前みたいな不細工、この国の王妃になるなんて不釣り合いだから貰ってあげたっていうのに! やめなさい! 離せって言ってんのがわっかんないのぉ!?」
「おい、武器を取り上げろ、多少乱暴にしてもかまわん」
「はいっ」
「痛っ! 痛い痛い!! 痛いってば離せこのクズ!! 女の子に手をあげるなんて最低っ!! このっふざけんなぁ!! 私は悪くないっていってんじゃん!!」
その様子はなんだか、警察が犯罪者を捕まえるドキュメンタリードラマのようで、暴れる姿が痛々しくて見ていられない。
しかし、エリアナはそれをやっぱり何とも言えない気持ちで見ていた。
カイルを奪われて酷い事も言われたし、アリアンナも傷つけられて怒っているけれど、人を刺しておいてこの様子はどこか人としておかしいと感じる。
彼女に対する怒りは急激に冷めていって、なんだか哀れさすら感じた。
こんなに計画的にたくさんの人に、その存在が消えて欲しいの望まれた彼女は少しばかり不憫で同じ転生者だとしても、こうも違うのだなと感慨深い気持ちになる。
「なんなのよぉ!! ふざけんじゃないわよ!! 私は悪くないっていってんだろぉ!!」
怒号をあげるベルティーナはもうなりふり構っていられない様子で、騎士たちと入り乱れて、取り押さえられて口汚く、誰に対してかも変わらない悪口を口にし始める。
その時ふと、視界が覆われて、彼女の動向が追えなくなった。
腕を取られてねじ伏せられてどうなったのかわからないが、ぎゃあと悲鳴が響いていたので、何か折られでもしたのだろうか。
どういうつもりかと背後にいるカイルの事を振り返ると、彼は少し首をかしげてから言った。
「あ、ごめん。情操教育に悪いような気がして」
「…………」
カイルに言われてエリアナは突然の子ども扱いに腑に落ちない気持ちになったし、そういう時は見ない方がいいとだけ言ってくれればいいと思う。
なんと返そうか考えているとカイルは続けていった。
「俺が言うなって思った? 君をあんなふうに言って振った俺が、言うなって」
……それもそう。
すぐにそう思ったりはしなかったが、言われてみればたしかにその通りだったので頷くと、彼はこんな状況なのに照れたように笑って、ベルティーナが連れさられていくその様子を目で追いながらも立ち上がった。
「ごめん、エリアナ。でも、きちんと君が何も悪くない事が証明できそうで良かったと思う。……さて、リオ王子、彼女の処遇や、その彼女を聖女と偽りソラリア王国に送り付け、問題をおこしたことの責任の所在について話し合おうか」
ペタンと座っていたエリアナを立ち上がらせて、カイルはさわやかな笑みでそう言った。
赤黒い血が滴っているカイルの姿にリオ王子は困惑している様子だったが、彼の言葉にすぐに切り返す。
「い、いや、そうはいっても私はこの国に入ってすぐに襲われたということもありますし、その事実はまだ解決もしていないし、私の好意で公にしないだけでしてね」
ぎこちなく言う彼に、カイルはかぶせるように返す。
「その件も。 ベルティーナの策略であり、裏も取れているし証拠もそろっているからなんの問題もない。さあ、会議室に。父上も母上も、そろっていることだ、じっくり今後の対応について話をしよう」
彼はいつになくとっても快活にそういって、リオ王子を逃がさないとばかりに後ろから追い詰めて会議室に入っていく。
エリアナはその様子になんだかぽかんとしてしまって、自分だけはどこに行ったらいいのかわからずにカイルの背中を眺めていた。
すると彼は、ふと振り返って、エリアナに言った。
「エリアナ、君は城付きの魔法使いに怪我を見てもらって、跡になったら大変だからちゃんと治してもらって」
言われて素直にうなづいた。
なんだか衝撃的なことが起ったがあっという間の出来事で、エリアナはしばらく頭の中を整理するためにぐるぐると考えを巡らせながら、侍女に案内してもらって、魔法使いに傷を見てもらったのだった。
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