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50 事情
しおりを挟むあの事件があって以来、エリアナの生活はすぐに元の生活に戻った。
元といっても以前とまったく同じというわけではない。ベルティーナの事もあって彼女に協力的だった貴族たちは何らかの制裁をくわえられ、多少王都にいる貴族の面子が変わった。
それから、リオ王子は足しげくソラリア王国との関係を修復するためにゴキゲン窺いに現れるようになった。
デルフィーナ王妃やクィンシー国王にエリアナは直接謝罪の旨を伝えられ、その後のカイルとの婚約についてはどうにか以前と同じ形に戻せないかと打診を受けた。
恐れ多い事態ではあったが、エリアナ以外にこの国に新しいカイルの婚約者を見出すということはできていない。
だからこそ、二つ返事で了承したい気持ちはあるということは伝えたが、彼とのきちんとした和解の場を設けて、二人の間で話を纏めるまでは待ってほしいという結論を出したのは記憶に新しい。
エリアナたちの親世代はどうにか、この国を脅かす存在になっていたベルティーナを排除するためにきちんと情報を精査し、とても正当性の高い方法を使って彼女自身の罪を暴いて公のものにした。
そのために必要だった時間も理解が出来るし、エリアナも父や母、王妃や国王に怒っているということはない。
しかしカイルとエリアナとベルティーナの間で起っていたことに対しての解決はベルティーナがいなくなるという事でうやむやになってしまった。
そこをはっきりさせない事には以前のようには戻れないのは必然だろう。
しかし、ベルティーナを含めて三人で話し合いをしようという気持ちにもならない。彼女はもう死刑を前提に母国に戻ることもなく、ソラリア王国の僻地にある幽閉塔に収監され、二度と戻ってくることはない。
彼女の侍女たちも同じような扱いになったので、居なくなったも同然だと思うことにしている。
いろいろひっかきまわされたがいなくなってみればあっという間だったような気がする今日この頃だ。
そしてどう解決するかというと、結局のところカイルと真面目に話をする以外方法などないわけで、エリアナは諸々の処理が終わって落ち着いたころに二人きりで彼と向かい合っていた。
きれいな花瓶が置かれた小さなテーブルを二人で囲んで、誰もいない応接室の中、ただ静かな空気だけが流れていた。
一人の使用人もおらず、本当にただ二人きり、こんな機会は彼と出会ってから一度もなかった。
「……」
「……」
カイルは、何の弁明もすることなく、落ち着いた様子で紅茶で口を潤してエリアナの言葉を待っていた。
その様子はなんだか、判決を言い渡される前のしおらしい犯罪者みたいな態度に思えて、エリアナの思い悩んでいた運命の話の前に、彼がしたエリアナに対する……アリアンナの言葉を借りると”侮辱”についての話をしなければならなかった。
「……」
いろいろ言いたいことはある。
最初に会った時に待ってくれるといっただろうとか。事情を話さずに触らないで欲しいと要求した自分も悪かったとか。
けれどもああ言ったのにも事情があるということは理解している。
だからアレは言葉の綾みたいなもので、エリアナを体よく諦めさせてベルティーナを満足させるための口実だったのかとか。
そう、想像できるだけの事を知っていて、鳥になって情報収集をしていたからこそエリアナはそう思っている。
しかし彼から見たらまた別で、怒っている……ようにも見えるかもしれない。
無言の時間が続くと、カイルは少し難しい顔をして、何か言おうとしたのか口を開いてそれから少し唇をなめてから押し黙った。
怒られるのを待つ子供みたいにも見える。
二人しかいないので、小さな布擦れの音すら聞こえてくるような気すらした。
「……あのさ」
「……はい」
「っふふ、なんで敬語?」
「ご、ごめん」
エリアナはその様子を見て、なるほどと一番今の彼を形容するのにちょうどいい状況が思い浮かんだ。
……浮気して奥さんにばれた時……みたい。
そう思うと、どこかおかしくて笑ってしまって、それから少し気が緩んで軽口のようにカイルに言った。
「ねぇ、ベルティーナとはそういう事をした?」
なんとなくの質問だった。しかし彼はばっと顔をあげて「だ、断じてしてない!」となんだかとても苦しそうな顔で言った。
「なら、なんでヤれないからなんて言って、私を振ったの」
エリアナが続けてそういうと、カイルは息を詰まらせて、ああでもないこうでもないと考えているように視線をあちこちに向けて、それからしばらく逡巡してからぽつりと言った。
「……言い訳を、してもいい」
「うん」
「……ただ、そのぐらいしか君を振る理由が思い浮かばなくて、ごめん。俺は! まったく、気にしてなかった、君と過ごす時間はとても楽しいし、っ君の事を好いてる、きちんと」
「そう?」
「もちろん! だけど、俺がしたことは最低で、言い訳はしたいけどそれを引き合いに出して許してくれとか、そういう事情だったから結局は君の為になったとかそういう事は……言いたくない」
必死になって言い訳をしているみたいに言ったり、けれども後ろめたくて言えないみたいな態度をとったり、今のカイルは百面相だ。
事情がエリアナに関することなのだということは若干ながらも理解している。
それがエリアナが傷つけられたことよりも、それ以上にエリアナの為になることだったら普通は自信満々にそれを主張しても怒りはしないのだがそれすら、申し訳ないと思っている様子だった。
「でも、事情は話してくれないとわからないよ。あなたが、事情を押し付けて許すことを強要することになるようなことはしたくないって思う気持ちは受け取ったけれど、言って欲しい」
「それも、もちろん。話す、聞いてくれるなら」
そういってカイルは事情を説明してくれた。
エリアナは、公にはされていないが、魂の色がくすんでいるということはメイナードから聞いていて王族とクリフォード公爵と公爵夫人は知っていた事だった。
しかし、何事もなければそれが公になることは教会側が協力してくれている限りバレようがない事だった。
けれども、こちらにやってきたベルティーナはその力はないものの、以前にその力を持っていた聖女の話を参考にアルカシーレ帝国で気にくわない相手にそういう診断を手当たり次第にしていたらしい。
アルカシーレ帝国にはそれを見定める方法はない。
だからこそ信じられて、彼女に人生を台無しにされた多くの人間がいたことも事実だった。
そして、そんな適当な診断と、彼女の普段の振る舞いに流石に聖女として活動させると教会の権威が落ちることを心配した王族が、ソラリア王国の地にベルティーナを移動させた。
そして彼女は、またアルカシーレ帝国の時と同じように、自分よりもいい暮らしをしているように見えたエリアナの事が気にくわなかったのだ。
だからこそ、そういう嘘をついた。
しかし、それは幸か不幸か的中してしまい、その事実を公表するぞと脅しをかけられたのだ。
そして脅しをかけて、カイルが乗って初めて彼女はエリアナがそういう人間なのだという事を確信した。
これが、魂まで見通す力がないただの転生者であった彼女が王太子の婚約者という地位を手に入れたからくりだったらしい。
つまるところ。やっぱりエリアナの為の婚約破棄で、ベルティーナを懐に入れたのは彼女の正体を暴くための時間稼ぎに過ぎなかったという事だった。
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