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54 主従
しおりを挟むエリアナは少し、ドキドキしながらディーナが休憩から戻ってくるのを待っていた。
彼女は昼過ぎ頃に、休憩に入り一時間半ほどプライベートな時間を過ごす。もちろんこの世界には労働基準法などないので長時間休憩なしで働かせることも出来る。
しかし、エリアナは流石にそんな労働環境を作り出す主になどなりたくないので、きっちりと適切な労働時間を決めて、職務についてもらっている。
そうは言ってもどうしてもエリアナの侍女という職務上、エリアナが不安定な状況になると、移動先についてきてもらったりいろいろな配慮をしてもらうことがある。
そう言うときにはボーナスや心付けを渡すという手もあるが、現金で渡すというのは彼女の好意でやってくれたことに対して直球過ぎるお返しになってしまう。
という事で、換金しやすい宝石を用意して綺麗な専用の箱にしまい、ディーナがやってくるのをエリアナは待っていた。
「エリアナさま、エリアンさま、見てみてー!」
けれどもそういう時こそトラブルは起こる。
というか、ディーナにプレゼントをあげるからにはとアルフにも用意してあったプレゼントをわたして、静かにしてもらおうと思ったのが良くなかったのかもしれない。
「あっ、う、あれ、わ! 前がみえな━━━━」
彼に用意したのは、リオ王子を助けた時に依頼していた馬の頭蓋骨を乾燥させて犬用にしたものである。
しかしアルフはそれをかぶって遊び、案の定前が見えなくなって置いてあるテーブルセットに激突する。
トガッと音がして、花瓶がぐらりと揺れた。
……まずい! これじゃあ、ディーナの仕事を増やしちゃう!
そんなふうに迷惑ばかりをかけていたら、プレゼントをもらっても流石に彼女も呆れてしまうだろう。
エリアナは床に落ちる前にと、ソファーから立ち上がってごろっと転がる花瓶に手を伸ばした。
すんでのところで間に合って、テーブルさえ拭けば何とかなるはずだと確信したのもつかの間、前が見えないアルフは「エリアナさまー、これ取って!」と走ってきた。
「ちょっ、うわぁっ」
体の大きなアルフに突撃されるとエリアナは何なく転がって、花瓶が床に落ちていく。ついでに手に持っていた宝石も転んだ衝撃で、箱が開いて中から美しい魔石が転がっていく。
「あ、なんかキラキラしたものみっけ!」
そしてエリアナにぶつかったことで頭蓋骨が取れたアルフは、それが宝石だと気がつかずにキラキラしたものに喜んで、人の姿になって小さそれを手に取って光に透かして「わぁ~」っと子供みたいな声をあげた。
「こらっ、もう返してよ! 高いんだよソレ!」
エリアナはそれをそそっかしいアルフになくされては困るので、ずっこけて痛い肘を抑えながら彼の手に向かってとびかかった。
「え、もうちょっと!」
「ダメ、っ、返しなさい!」
エリアナはアルフの手の中から宝石を取り返そうとするが、ひょいひょいっとよけられて、なんだか変なスイッチが入った彼はとても楽しそうに尻尾を揺らして、瞳をキラキラとさせた。
「良いじゃん、ほら取れるもんなら取って見てよ、エリアナさま!」
「う、わ、こら、このっ」
宝石を手に持ったままアルフは器用に片手でエリアナを交わしてからぐっと抱き上げてぐるんと一周回った。
「ひぅっ」
遠心力で体が引っ張られて頭がぐわんと揺れる。
「あははっ、ねぇ、もっと遊んで! エリアナさまー!!」
そのままばたんと自分をクッションにするようにアルフは倒れこんで丁度エリアナが床に倒れたアルフを押し倒したみたいな体勢になる。
しかしエリアナの頭はぐらぐらしていて、彼の異常な体感と腕力に、もっと躾を厳しくしないとダメかと頭を抱えたくなった。
「……」
ふと顔をあげると、使用人用の部屋から何事かと様子を除くようにこちらを見ているディーナの姿があり、彼女はエリアナと目が合うと、しばらく硬直してそっと扉を閉じた。
「わ゛っーー!!! 誤解ー!!!」
エリアナはすぐに変な勘違いをされたことに気が付いて、ものすごい声をあげる。
するとアルフはびくっと驚いて人の姿から獣の姿に戻り、カーペットにころりと宝石が落ちた。
「びっくりした! エリアナさま急に大声出さないでよ!」
「あなたがふざけすぎるのが悪いんでしょ! まったく! いい子にしてないと散歩に連れてってあげないよ!!」
驚いてそう声をあげたアルフに、エリアナはそれ以上の熱量でしかりつけて、怖い顔をした。
犬には悪い事をしたらその場で怒らなければならないらしいのでこうするのも重要な事だと思う反面、普通に怒っているから感情を向けているというのも間違いではなかった。
「って、それより、ディーナに弁明しないとっ」
エリアナはアルフに怖い顔をするのはやめて、すぐに扉の方へと視線を戻す。
するとそこには少し困ったような笑みを浮かべている彼女の姿があって、静かにこちらに歩いてきて飛んでいった箱の上部と、宝石を丁寧に拾って、エリアナに手を差し伸べた。
「先ほどのはほんのジョークですよ、エリアナお嬢様。またアルフがやらかしたのでしょう? まったくいつまでたっても子犬のようなですから」
仕方ないとばかりに言う彼女にエリアナはわかってくれていたのかとほっとして、アルフの方を見る。
彼は、エリアナとディーナがそろったことによってバツが悪くなったのか一人で立ち上がって、そそくさと自分用の床に置いてあるクッションの元に向かって小さく丸まった。
「あら、拗ねていますね。まったく、怒られて凹むぐらいなら、悪さをしなければいいというのに」
つぶやくように言う彼女は、散らかった部屋とそれから床に落ちている馬の頭蓋骨を見て少し首を傾げつつも掃除を始めようとした。
けれども、エリアナは声をかけた。
「ディーナ、あの、少しいいですか?」
本当は一度閉まって綺麗にしてから、機会をうかがって渡した方がいいと思うのだが、一度これを引っ込めてしまえばまた出してくるのに労力がかかると思う。
……それにこれから王城に住まいをうつすのにいろいろと忙しくなるだろうし。
だからこそ今、渡したいと思っているのだ。
「……はい? なんでしょうかエリアナお嬢様」
ディーナは優しい表情で振り返って、エリアナを見つめた。
彼女はエリアナが持っているそれについて、あまり気にしている様子はなく、エリアナは慌てて宝石を綺麗に戻して、箱のふたを閉める。
ちょっとばかり床に転がってアルフの手の中に入ったものであるが、その程度で、傷つくような代物ではないので大丈夫だろう。
「これを……そのいつも苦労を掛けているディーナに……と思っていたんですが、アルフと衝突してこんなことに……苦労を掛けないように頑張ると言おうと思っていたのに、この惨状、申し訳ありません。でも、一応あなたの為に用意したものなので……貰っていただけないでしょうか」
言っていてなんだか情けない気がしてきて、エリアナは早口にまくし立てた。
どうせお金は沢山あるのだから、こうなってしまったその宝石は一応取っておいてもらって、もっといいものを用意した方がいいだろう。
「……これを、私にですか。……」
「でもこんなことになってしまいましたし、もっと良いものを用意しますね。というかプレゼントをしようというのにあなたの趣味趣向を確認しませんでした。それは致命的ですよね。もっといろいろ配慮すべき点があったはずなのに申し訳ありません」
彼女も流石に適当に渡されすぎて戸惑っているに違いないだろうとエリアナは思って続けていった。
自分の方が精神的な年齢としては年上で、彼女はエリアナからすると若い子だ。
けれども、こっちの体ではエリアナの方が年下の体をしていて、そう言う相手が多くエリアナの侍女になろうと申し出てくれる人間は多くなかった。
そんな中で、ずっとそばにいて何も言わずに聞かずにただ仕え続けてくれているのが彼女だ。
エリアナは彼女に幻滅されたりはしたくない、だから出来る限り大人ぽっく尊敬されるように振る舞っているつもりなのだが、むしろそう言うふうに気が張りつめていて、考えすぎてしまうこともままある。
今も同様だ。
しかし、ディーナはふっと、笑みを浮かべて、エリアナの言葉に丁寧に返した。
「……いいえ、他の物などいりません。エリアナお嬢様が私の為を思って用意してくださったんですから……遠慮や謙遜の言葉など不要ですね。エリアナお嬢様」
彼女は改まってエリアナの方を見て箱を受け取って言う。
「私はエリアナお嬢様に仕えられて光栄に思います。いろいろなことに真剣でまっすぐに向かっていくあなたは素敵です。
私は、あなたの生活を支えることしかできませんが、これからも誇りをもってあなたの従者を務めさせていただきます。これからもよろしくお願いいたします、我が主様」
「……お、俺もー!」
ディーナの改まった嬉しい言葉にエリアナは感動しそうになったが、遠くから話を聞いていたアルフが、仲間外れが寂しかったのか声だけで参加して、エリアナとディーナは二人で顔を見合わせた。
それからくすくすと笑って、その様子に何か面白い事があったのかとアルフはすぐにゴキゲンで戻ってくる。
そして三人でテーブルを直して花瓶の水をふき取って、ディーナの宝石の使い道について話をした。
売ってしまえばいいというエリアナに、アクセサリーに加工して身に着けたいというディーナ。アルフはそれを馬の頭蓋骨を齧りながら聞いて、たまに二人に頭を撫でてもらってそんな時間を過ごしたのだった。
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