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 ところで黒魔法というのは、魔力が魔法を使う側より多くなければ術に掛けることは出来ない。つまり、身分が高いほど魔力が多いので、伯爵家出身のフレドリックは簡単にエディーの魔法に掛かったのだ。

 つまり、エディーにとっては、魔法を使って魔力を随分と消費してしまったシャロンを黒魔法にかけるなんて造作もないといえる。

 じぃんと脳の奥がし痺れる。案の定であったが、やっぱり殺されるらしい。

「っ、あっ、はっ」
「抵抗すると少し苦しいかな。ほら見て、シャロン、君の琥珀色の瞳が黒くなっていってるね、もう少しで完全に真っ黒だ」
「っ、ひっ、いや」

 鏡にはぴょんとはねた金髪を揺らして首を振る自分が移っている。どんなに抵抗してもじわじわと黒いエディーの魔力で支配されていくしかない。

「君は年齢にしては幼い方だけど、そうして怯えている顔はさらに幼いね」
「っ~、っ、は」

 頭の奥のように麻酔を刺されたみたいな感覚で、体が重たくなっていつの間にか涙が零れ落ちてくる。ドレッサーにぽたぽたと涙が落ちる。血の気が引いていて抵抗も虚しくガクッと力が抜けてしまった。

「……」

 しかし今の状態を維持するためだけの筋肉は動いているようで変に体に力が入らない。

「もう逃げられないね。シャロン」

 確認するように彼はそういって、後ろからシャロン自身に見せつけるように、手を回して両頬を片手で掴んでぐっと口を開かせた。

「遺書を書かせて毒を飲ませようか。それとも、階段から落ちてみる?」

 真剣な瞳はきっと、シャロンの声にならない恐怖を読み取っている。

 こんな邪悪な白魔法の使い方は見たことない。シャロンの魔力がフレドリックよりもだいぶ少ないからかもう涙も出てこない。

 動かせる場所など何もなくて、人形のようにエディーの命令を待っている。

「痛いのは嫌いかな。でも、慣れているでしょ。シャロン。ずっとオリファント子爵のところでは、酷い目に遭っていたもんね」
「……」
「大丈夫、流石に、意識のある君に酷い事なんてしないから、意識を落としてからゆっくり君の死因を考えるよ」

 ……やだ。やだ……だめ。このままじゃダメ。

 さすがにこれをポジティブに捕らえることは出来ずに、シャロンは否定を繰り返した。

 しかし、エディーはどんどんと恐ろしい事ばかりを言って、眠らされると殺されるのだと思うと必死で眠くならないように考えるしかない。

「こんな安直な事しないように、君の魔法を知っているって俺は最初に言ってあったよね」

 そうすると、シャロンの否定に返すように怒ったような声が返ってきた。

「それをまったく気にしないで挙句、白魔法を使える俺の秘密を探って、こうなるって想像つかなかった?」

 ……ごめんなさい。

「それって口癖? 君はよく謝るね。そんなことろも可愛いけど、ごめんね俺がもう少しきちんと言ってあげればよかったね」

 そういいつつもエディーはシャロンの目を覆うようにして手をかざす。頭の中にたくさんの事が駆け巡ったが、最終的に思い浮かんだ死ねない心残りは幼いあの子の事だった。

 幼子の泣き顔を思い出す。今いなくなるわけには行かない。

 ……おいていけない、まだ何も……。

 伝えてない、手を振り払ってしまったままだ、たしかに今はうまく向きあえていない。それでもいつかは……。

 その先はうまく考えられなかったしかし、必死に抗う。気持ちだけでもそう望むことをやめられなかった。

「っはあっ、ごほっ、つっ、はっ」

 しかし、考えてすぐに魔法は解かれた。

 体が自由を取り戻して、思い切り逃げ出そうとしていた分、勝手に体が跳ねた。それから浅くなっていた呼吸を繰り返し、視界がちかちか白むのをくらくらしながら感じる。

「っ、っ?? え、エディー??」
「……」

 思わず振り替えって涙と汗でぐちゃぐちゃの顔を向けると、少し不服そうに彼はこちらを見ていた。

 何がどうなったのだろうか、まったくわからなかったけれども、許してくれたらしい。どういう心境の変化なのか知りたくなって名前を呼んだが、じっとシャロンを見てから、手を伸ばす。

「っ、」

 まだ許されてなかったのかと、恐ろしくなって肩をすくめて小さくなると、やんわり頬を撫でられる。

「……なんてね。冗談」
「え……」
「怒った? 殺されるって思ってたでしょ、シャロン」

 やはり平坦な声だった変わらない声、彼は、まるで少し揶揄っただけみたいにそういってシャロンを見つめた。

「……」
「殺したりしないよ。可哀想だしね」
「…………」

 呆然としてシャロンは固まったそれから、大きく息を吸った時に「ひっ」と声が出る。

「ひ?」
「ひっ、っぅ、~っ、っ、ふゔっ、く、グズッ、っ、ふっ」
「……」

 馬鹿みたいに涙が出てきて恐怖体験に足が震えた。

 戸惑ったまま泣くシャロンをエディーは呆然と見て、しばらくしてから、こうして色々と頑張っている様子だが、まだまだ十五の女の子にひどいことしてしまったようだ、と思ったのだった。



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