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倫理観……。9

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 反応の仕方が分からなくて、彼の真似をして、空を一度、目線だけで見て、それから彼に視線を戻した。

「賢い君なら、私が見ていた事も、君がへりくだって望めば、私が君を少しは甘やかすのも、本来であれば、私が君に支援をするのが当たり前だと解るだろう?」
「……」
「少しは泣いて、それからまた、強がるのだと思っていた」

 ローレンスは滔々と言い募る。彼の声は耳心地がいい。

「クレア、どうした?なぜ、何も言わないのかな。君は感受性が豊かな方だろう、私に怒っても構わない。本来はあの様な行動を起こす人間が悪かろうとも、君は私に怒りをぶつけてもいい」

 口を噤む私にローレンスは、硝子玉の瞳を歪めてそう言った。
 
 …………怒ってもいいとは言うけど、怒れとは言わない。思えばこの人、大体いつも、私の自発的な言動や行動を誘ってるような気がする。

 それに本当は、割と怒っている、というか感情がぐちゃぐちゃしているんだ。キスされた唇が、気持ち悪いし、胸元だって風がすぅすぅ通って違和感がある。

 でも、キスだって、初めてじゃない。なんなら男性経験は普通にあるし、ただ、びっくりして気持ち悪くて情けなくて、それを助けられた相手に、安心しつつも最低だと思う。それから、珍しく動揺しているらしいローレンスに、ローレンスにも人間的な部分があるんだと思ったり。

 ごちゃごちゃしていて整理がつかない。

 自分の中で、どの感情に一番重きを置いているのかよく分からない。ただ、午後の授業には出なければならないし、それからローレンスにお金のことを伝えなければならなかった。

「それとも、状況が上手く理解出来ていなかったのかな?わかるかい、君は犯されそうになったんだ、非道な連中が魔法の使えない君に乱暴を働こうとしたんだよ」

 彼はまだまだ話をする。一旦諦めて帰るという選択肢は無いんだろうか。
 数日後であれば私は、一応何か、返事を返すだろう。まあ、その前に自分からローレンスになんて会いになどいかないけど。

 ……だから?

 会いにいかないってローレンスも知ってるから今に拘って話しているん……だったりして。

「恐怖で混乱しているんだったら、慰めてあげよう、私が優しくしてあげよう。君が望むならそれでも構わないな」

 蜂蜜みたいな笑顔で微笑む。
 甘ったるくて、優しくて、心地がいい声。

 鎖骨に触れた手がするりと肩まで移動する。シャツがはだけて、それは普段であれば許せない程の行為だったが、今は、羞恥心など飛んでしまって、ぼんやりと思いついたことをそのまま口にした。

「……私が貴方に興味が無いのがそんなに嫌なの?」
「……」

 彼はまた、パチパチと瞬きをする。驚いた時のこの人はとてもわかりやすい。

「存外、寂しがりなんだね。ローレンス」

 私がそういうと彼はふっと手を引っ込めた。それから一歩退く。
 好きの裏返しは無関心だって、誰の言葉だろう。

 ……王子様なのに、変な性格。

 それなら、最低なローレンスと、原作のかっこいい男主人公なかれと共通点を見つけられそうだ。
 
「私は別に貴方に、かまって欲しいとか、優しくして欲しいとか、恨まれ役になって欲しいって思わないよ」

 私は彼の手を取った。それからまた肩に触れさせる。

「慰めるとかじゃなくて、貴方が私を抱きたいの?貴方が私に怒って欲しいの?貴方……何がしたいの」

 くっと彼の手に力が入る。
 それから、ベットに押し倒されるような形で覆いかぶさられる。

「……ンッ」

 ちゅ、とリップ音がなって、唇が重なる。するのかなと考えるしかし、ローレンスはすぐに起き上がる。

「…………面白く無かった。それ以外の感情はない。人の事を簡単にわかった気にならない事だね。私は君が想像するほど浅はかな人間ではない」
「じゃあ、私の言動を待ってないでやりたいようにやったらいいじゃない」
「…………」

 私の言葉が気に触ったのか彼は、私の魔法玉を手に取って自分の物と重ねる。

「魔力、ほら、クレア?それだけ口答えが出来るのなら出せるだろう」
「ッ……いや」
「いやは無しだ。君が言ったんだ、私の思う通りに動けと、ヴィンスがどうなってもいいのか?彼が君のそばにしか居場所がないと君はわかっているんだろう?私の機嫌を取らなければ、ね、クレア」

 翡翠の瞳に光が灯って、高圧的な視線が私を睨む。

 それだけで私の魔法玉は勝手に光って、ぐつぐつと煮立った熱湯を注ぎ込まれるように、魔力が自分の中に入ってくる。前回の気持ち悪さとは違い、私が魔力を熱として認識しているからか、熱さと不快感に呻きながらシーツを握りしめる。

「ッう……うぅっ……」
「…………」

 涙で滲む視界でローレンスを見上げると、彼は怒りと少しだけ焦っているような表情をしていた。

 私の感情を弄ぶようなことばかりをしていておいて、考えている事はよく分からなかったローレンスを、少しでも乱せた事が出来たと少しだけ嬉しく思う。

 注がれる熱い魔力が、強い度数のお酒を飲んだ時の喉を焼くような心地良い感覚のように感じる。

 魔力が私の考えるような物になるような、自由な代物であるならば、もしかすると、他人の魔力も自分の認識次第でどうとでとなるのかもしれない。

 奥の方からじくじく痛かった腹がゆっくりと治っていく。
 初試合の時のような、異常に回復が早いモンスターになったような常軌を逸した回復ではなく、ゆっくりと痛み止めが効いていくように痛みが霧散していく。

 それは、苦しみはなく、体が熱に浮かされて、ふわふわとどこかへ飛んでいってしまいそうな前後不覚になってしまうような感覚だった。不意に私がローレンスに手を伸ばすと、意外にも私の手に握り返してくれる。それが、妙に嬉しかった。



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