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頑張ったんだけどな……。4
しおりを挟む早朝、野外から聞こえる押し問答で目が覚めました。それも男女の何やら喧嘩をするような騒がしい声でした。
ベットから出てみれば、まだ日も昇っていません。ここは四階ですし、隣のバルコニーだろうとすぐに思い至ります。
……クレア?
よく耳を澄ませば、確かにクレアの声で、状況を把握しようと魔法を起動しつつ、私の部屋にあるバルコニーへと続く窓を少し開きます。
クレアの下ろせと要求する声以外に、ローレンス様の声が聞こえました。少しだけ覗いてみれば、クレアは今にも落ちてしまいそうな程柵から乗り出していて、それをローレンス様が無理やり押さえつけていました。
彼女は足をパタパタとうこがして抵抗していますが、まったく意味をなさず、さらに前かがみになってしまいます。
クレアは不用心なので魔法を使えない状態で眠っていたのかも知れません。それをローレンス様は無理やり引きずり出し、あまつさえ彼女を軽んじるような発言ばかりして、悪戯に恐怖を味わわせています。
「…………ッ」
もし落ちるような事があればすぐにでも助けなければと思い、魔力を込めましたが、自分のここ最近の行動とまったく反する思考に、矛盾だと自覚します。
……ローレンス様、どうか、やめてください。
それでも願わずにはいられませんでした。クレアは、強がっているようでしたが、声から怯えが感じられて痛ましいです。
サディアス様の言った言葉が思い出されて、私は自分の言った回答を今更ながらはなから否定したくなりました。
……私は、貴方様の仰られた通り、何も思っていない事などありませんね。
クラリス様はいつも毅然としていらっしゃって、長い間、彼女の感情と向き合うことはありませんでしたが、クレアになってから彼女は、怯えていたり、不安がっているのが簡単にわかるようになりました。
それと同時に、心底、楽しそうなことも嬉しそうなことも、まったく思いをくみ取ろうとしなくても簡単に伝わってくるのです。クレアの笑顔が私は好きでした。
不要だと言われても、私の存在意義がなくなっても、そんな感情だけは消えることはなく、それでも私は、ローレンス様からクレアを助ける事はできません。
助けたいと、思ったところで、私に何ができると言うのでしょうか。何も無いんです。私には。
…………クレアはなぜ、ローレンス様に媚びたり、へりくだったりしないのですか?
クレアは人の機微に敏感でよく、人の心を理解します。そんな彼女がローレンス様の望んでいられることがわからないはずがありません。そしてなぜ、ローレンス様はクレアに執着を見せるのですか。
私には踏み込んではいけない領域だと言うことはわかっていますが、そんな疑問が浮かんで消えてくれません。
クレアはきっとそういうところにまで踏み込んで考えて欲しいと私に望んでいました。
けれどきっと考えてしまえば、いつか簡単に処分されてしまうということに私は耐えられるでしょうか?
…………ああ、とても不毛な考えですね。
今日の模擬戦が終わったらローレンス様のところへ伺うことにしましょう。
そこで終わらせて貰えばいいんです。価値のない私は用済みのはずですから。
でも……今日だけは。
そう思いながら、彼女達の問答を見ていました。
我が強く、折れるということを嫌う彼女に、最終的にはローレンス様の方が折れて、手を離しました。
落ちてしまえば助けに向かうことが出来たのに。
そんな、恐ろしい事を考えて、それでも、それも今日ぐらいは、いいのでは無いかと思います。多分それが私の本性なのでしょう。常識や道徳を抜きにして、本来の私が本当に望むこと。
崇高な方々に仕えている、ただの凡人。外面だけを取り繕ったただの、屑ですから。
クレアが部屋へと戻るのを見送って、私は制服に着替えました。袖を通すのも今日で最後かと思うと、少し感慨深く。ここまで、それなりに生きて居られたという事実も、少しだけ可笑しく思えて笑みがこぼれました。
私には何も出来ませんが、今日の模擬戦だけは、全力で戦う事にします。最後に、私に楽しい時間をくれたクレアへの恩返しのつもりです。
少しでも成績の上乗せになれば良いと思います。
軽く準備運動をして、模擬戦の会場である、練習場へと向かいました。
既に同じクラスの生徒のほぼ全員が集まっており、それぞれ広々とした練習場を使用し軽く撃ち合いなどをしています。
教諭はブレンダ先生と、アタッカークラスのバイロン先生が出欠を確認しています。
私の所属しているチームの元へと向かいますが、やはりクレアの姿はありません。あんな時間に起きていたのですから寝坊の可能性も十分にあります。
「……おはよう、ヴィンス」
「おはようっ、ごさいます!」
「ッ!……おはようございます」
サディアス様は、今日の模擬戦で使うカギを手に持ったまま、チェルシー様とシンシア様は、打ち合いをしながら私に気がつき挨拶をしてくれました。
「おはようございます」
返事を返すと、サディアス様はぱんぱんと手を叩き、二人の打ち合いを止めさせました。
クレアが来ていないという事の話し合いでもするのでしょう。なんの気も無しに私は、彼の元へと向かいつつ適当に、あたりを見渡しました。
今日の模擬戦は、クラス内戦です。
初めての団体戦ですので、準備の手際や説明などの時間を考慮して、それぞれのチームが一度ずつ試合をする三戦の予定です。
本来の団体戦トーナメントでは、一日に十試合以上は行われるので、非常にゆったりとした予定構成だということが分かります。
今回の我々の相手は、コーディー様のチームです。
普段から護衛も兼ねているチームになっていますので、とても手強いですが、作戦によっては完全に勝ちがないという事でもありません。
「集まったな、チェルシー、シンシア。ちょうどクレアはいない。今でいいか?俺たちは一試合目なんだ、この後時間が取れるか分からない」
「ええ!構いません!」
「私も、賛成です」
お二人はタオルで汗を拭きながら、サディアス様のそばへとよってきて、魔法を解きました。
私にはなんの事だかさっぱり分からず、皆さんを見つめているとサディアス様がこちらを向きます。チェルシー様、シンシア様も同じように、私に注目しました。
「ヴィンス……クレアについて君に言っておくことがある」
……!……なんの事かは分かりませんが、サディアス様は、私が全ての情報をローレンス様に報告しているという事を知っているはずです。
妙な情報は出さないとは思いますが、少し緊張します。
「なんでしょうか」
「クレアの固有魔法についてだ。本人はヴィンスに伝える必要はないと言っていたが、俺達は君が知って置くべきだと思う」
……クレアの固有魔法……ですか。
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