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誤解です……! 3

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 私は櫛を元に戻すのも面倒なので、ポケットにしまって自分の椅子に座り直す。ふと沈黙すると彼女は私の方を見てそれから言う。

「次の話題は?」
「次……」
「そうよ、ただ待っているだけは暇だもの!」

 どうやら、彼女は退屈をしのぐためのお話を希望らしい。と言っても、あまりララとは接点が無いので、特に話題もない。少し首を捻ってそれから気になっていることを聞く。

「……ゲームの進捗はどう?」

 私が聞くと彼女は少し難しい顔をして、眉間に皺を寄せる。

「そうね……意外と難しいわ。手段はいくつかあるけれど、何せ私の周りには、気の置けない貴族ばかりだものこちらから余計な情報を漏らすのもつまらないのよね」
「ふふふっ……行き詰まってる?」

 何となく私がマウントを取っているような気持ちになって上から目線で聞けば彼女も負けじと、強気に笑う。

「いいえ……だって私が知りたいと思えば、手段を選ばずにすぐに知れるイージーなゲームだもの。敢えて遠回りをしているのよ。その方が退屈が紛れるでしょ?」

 手段を選ばずに……?

 何か強引な事をするつもりだろうか、それは良くない。別に教えたってエリアルに怒られそうぐらいで特に私に損は無いのだ、誰かが彼女になにかされる前に言った方がいいかなと考えていると、ララはふわっと当たり前のように魔法を使う。

「貴方は私に、自分の真実を言い当てられたら、クラリスの居場所を教えてくれるといったわね」

 ニコッと朗らかに彼女は笑ったが、謎に体がビクッと震えた。

「でもそれって全て貴方が知っているという事でしょう?だったら、私の求める回答を持っているのも貴方で、ゲームのご褒美も貴方の頭の中よ。…………私は欲しいもの、知りたい事だって全部自分の力で手に入れられるわ」

 ……つ、つまり、私に強引な手段を使えば、万事解決ということだと言いたいわけね。

 彼女の凄みに圧倒されて、私は思わずギブアップの意味を込めて両手をあげる。勝ちようが無いのだララにだけは。私の力は他人がいて初めて同じ学生と同等ほどになる。

 敵と私だけの状態では勝ち目がない。

「そんなに怖がらないで……クレアが言ったんじゃないこれはゲームって、遊びなのよ」
「……」
「楽しみましょう?その答えの向こうには、なんだか面白い事があるって予感がするのよ、私」
「……ど、どうかなぁ」
「貴方がなんと言おうともう遅いわ。決めたから」

 なんだか、面倒な人を巻き込んでしまった気がする。……いや、既に彼女はこの騒動の一員だったと思う。ローレンスが関わっているのだ、ララの動きは知っていた方が得策だ。

 ……ララはわかりやすい。そして、私はララがそれなりに好きだ。……でも、さてね……。

 ララがこの私の問題に関わってくるとして、どういう立ち位置を私は彼女に望むだろうか。

 すべてはローレンスの思惑次第だ。それを知ってやっと私は、自分の問題に対処する方法を模索することができる。
 ヴィンスに早く聞かないとね。ローレンスに会う方法。部屋を尋ねればいいのか、手紙を出せばいいのかそれとも呼び出すべきか。彼と元々繋がりのあったヴィンスであれば何かしら提示してくれるだろう。

 頭の中のやる事リストに書き込んで、それからララに視線を戻す。そういえば話題、もうひとつあった。最近こんな話や話題が多いような気がするのだが、それは学校という狭く込み入った状況にあるからなのか、はたまた年齢のせいなのかは定かでは無い。

「ねぇ、ララ。貴方ってローレンスのどこが好きなの?」
「……どこって……素敵でしょう? ローレンスは、どこからどう見ても、誰から見ても理想的な人だわ」
「そう……そうだよね」

 私の質問に、ララはくだらない事のように当たり前に答える。この部分は、原作で言っていた通りだ。個人的には、ララの恋心という点では、憧れや目標のような描かれ方をしていたと思うので、長く恋人関係にあるララの気持ちが少し変化しているのでは無いかと思う気持ちもあったのだが、そうもいかないらしい。

 ……ローレンスは確かに、理想的な王子様に見える。リーダークラスでも、誰に対しても優しげだし、所作も美しくて、いつだってアイドルみたいにキラキラしている。
 でも、その裏、彼の無常というか中身が空っぽで、なんとも虚しい凶暴な性格をしていることを知っている。

 どういうべきか、それに、私がそんな事をわざわざ彼女に言うという事自体がおこがましくて、けれどお世辞にも同意できなくて口を噤んだ。

 そんな私に気がついているのかいないのか、ララは言葉を続ける。

「クレアは……どう思うの?……クラリスはローレンスの事を愛していたようだけど……今の──────

 ばっと、彼女はバルコニーの柵の方へと振り返る。私もそちら視線を送ると、そこにはクラリスかゆるっとしっぽを揺らして佇んでいた。

 ララの前に彼女が姿を表すのは今日が初めてでは無い。けれど、ララはじっとクラリスのことを見た。猫然としてくしくしと自分の前足を使って毛繕いをする彼女をじっと見つめる。いつの間にか魔法も使っていて、素早すぎる反応速度に私はただただ唖然とした。

『にゃぁ』

 クラリスは柔らかく鳴いて私の膝の上に飛び移る。その仕草は正しく猫であり、クラリスとは口に出さずに「おはよう、久しぶり」と言って頭を撫でた。

 ……夜に会った時以来だけど、少し距離が縮まったのかな。……それとも、ララがいるから?アナのお願いを聞いて会いに来てくれたのかもしれない。

 ララは魔法をとかないまま、じっとクラリスを見つめる。

「……ララ?」
「……ねぇ、クレア、その猫こっちによこして見て」
「え、……いい?」

 真剣に言われて、私はクラリスに確認を取るつもりで少し体を持ち上げて視線を合わせて聞いてみる。すると『にゃ』と鳴いて目を細めた。

 ……オーケーって事?

 恐る恐るクラリスを持ち上げてララに渡してみる。すると彼女は徐にクラリスの事を抱きしめ、それから顔を埋めてすぅーと匂いを嗅いだ。

 ……ララって猫好きだったっけ?原作にはそんな描写はなかった気がする。最近、好きになったのかな?

 私が考えているうちに、ララはばっと顔を上げる。それから穴が空くほどクラリスを見つめる。

『……』
「……」

 二人ともピクリともせずに、睨み合うような間が開いて、お互いにタイミングを示し合わせたように、魔法の光を強く纏う。

 私は唖然としながらその状況を見つめた。クラリスは華麗に一回転をしながら柵へと器用に着地し、ララを見つめ、ララは言葉通り椅子を蹴飛ばすように立ち上がって手には、相棒のメイスを持っている。

 重たそうなそれを片手で軽々持って、クラリスを見つめた。

『わたくしったら、二人だけの秘密のゲームを終わらせてしまいましたわね、ふふふっ』
「……この感じは、魔法……?久しぶり……クラリス!」
『あらあら、わたくしの事覚えていらっしゃるの?わたくしは貴方の事なんてとっくに忘れましてよ』
「!……その感じっ、その感じよクラリス!ああっ!良かった!」

 完全に私は視界の外らしい、とにかく怪我をしてはいけないのでゆっくりと椅子から降りて、バルコニーの端の方に移動する。

 ……何がどうなって、クラリスだってわかったわけ?!というか、クラリスもクラリスだよ!ここ、私のお部屋のバルコニーなのに、なんでこんなに二人ともノリノリなんだ。

 二人とも戦闘のボルテージが上がるの早すぎだ、そんな急に構えられる神経が分からない。

 私といえば既に二人の覇気というか殺気というか、そういうもので足ががくがくなのに。

「貴方、幽閉されたって聞いていたけど!今度はどういう状況?私とは敵?味方?」
『そんな事は、そこで怯えてる子とわたくしから奪った婚約者に聞くことですわ、わたくしに答える義理は無くてよ』
「ローレンスッ、ローレンスね!いいわよっ、わかった!ところで攻撃しても構わない?」

 そう言いながら、ララはクラリスのいた場所に思い切りメイスを打ち付ける。ゴウンッ!!と鈍い重い音がして、柵が変な形にひしゃげた。

 けれどクラリスはヒラリと交わして、ピョンッと寮の屋根の上に登る。

『貴方ったらまったく変わらないのね……まぁ、でもかまわなくてよ。わたくし今は、誰に咎められる事もありませんわ、少しやんちゃに喧嘩をしてもエリアルは怒りませんもの』
「そう来なくっちゃ!!」

 クラリスは屋根から降りてきて今度は私のすぐ横に降り立つ、彼女と目が合って、青いくりくりとした瞳の縦長の動向が開いてまん丸になっていて少しゾッとする。

 ……た、楽しそうなんだけどっ!

 スルスルと小さな体を駆使してララの足の間を抜けていく間にも、ゴスンッと鈍い音が隣から響いて、私のすぐ側のバルコニーの床をメイスが抉る。

「びゃっ!!」
「クレアなぁにその声、貴方も参戦してもいいのよ!!」
『無駄ね、その子すごく弱いのよ、哀れな生き物だわ』

 そんな事を言いながら、いつぞや私を誘拐した時のようにクラリスは大きくなる。本当に言葉通りの意味だ、大きな虎程のサイズになって、ララをめがけて猫パンチを繰り出す。目にもとまらぬスピードで、風圧が生まれてぶわっと風に髪が煽られる。

 ララはメイスでそれを受け止めて、クラリスの腹に蹴りを入れる。

 鳩尾に入ったように見えたのだが、クラリスはまったく動揺せずに、ぴょんと飛び退いて屋根に登っていく。このフィールドは狭すぎるのだろう。

 ララも柵を踏み台にして軽々と屋根へと上がっていく。私は腰が抜けてしまったのかその場に呆然と座り込んだ。手足がふるふると震えていて、涙がちょっぴり出ている。

 ……こ、怖すぎ……。

 あれはまごうことなく原作のクラリスだ。喋り方は違えど、あの皮肉っぽい感じ、強気な感じ、そしてなんとも苛烈で喧嘩っ早いところはそのまんまだ。

 ララもそんな彼女が同じ学園にいるという事が相当嬉しかったらしい。クラリスと同じぐらい興奮していた、けれど、でもだ!あんな再開のしかたあるか?

 なんなの?二人は長年のライバルなの?戦闘狂なの?いやどちらもそうなんだけど、私とさっきまで普通に喋っていたララも、クラリスも私基準でも普通の子のはずなのに、あんな一面を見てしまうとアナと同じように住む世界の違いを感じざる追えなかった。





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