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体が二つあればいいのに……。4
しおりを挟むローレンスは私が魔力を奪っているあいだ、じっとこちらを見つめていた。あまりに見つめられるので、座りが悪い。ただでさえ昼に散々怪我をして心身ともに疲弊しているというのに、もうクタクタだ。
「はぁ……っ、ん、入ったよ」
「…………」
固有魔法の起動を確認すると腹の痛みがマシになっていく、早く治れと念じつつ、自分のお腹を撫でていると、彼は真顔のまま固まっていた。
それから少し逡巡して、両腕を私の後ろに回し、強く引き寄せる。急に抱きしめられて私が目を白黒させていると、顔の見えない状態で彼は私にぽつりと言う。
「故意にやっているのなら呆れた女だね、クレア」
「ん゛っ、っ、耳元で、しゃ、しゃべんなっ」
甘ったるい声が耳から入って脳の奥まで絡みつくみたいで、体がビクッと反応する。彼の吐息まで鮮明に聞こえて来て、私を抱く手が服越しでも熱い。
そしてなんのことだか、必死に考えて多少具合が良くなってきたので少しは頭が回るようになる。そうすると、なんというか……まぁ……確かに。
すぐにものすごく恥ずかしくなって、魔力を全力でかけて私はローレンスを突き飛ばすようにして、彼の上から飛び降りた。
かかっと顔が熱くなって、荒く呼吸をする。私の反応に、わざとじゃなかったとわかったらしく、ローレンスは困り眉のまま苦笑する。
「っはは……くくっ……」
「わわ、笑わないでよ!!余計恥ずかしいじゃん!!」
「ふふっ、そ、そう言われても……ね……っくく……はぁ……初心だね」
「初心じゃないっ、全然っ違う!」
「そうかな」
「そ、そうだもんっ」
「っふふ…………はぁ…………」
彼は一通り笑うと、ひとつ息をついてそれから私を見やる。その視線は少し熱を持っているようで、やっぱり私は少し居心地が悪い。
「邪な考えをしてしまったことを謝罪しよう。……クレア、まだ傷は完全には癒えていないんだろう、戻ってきてくれるね」
ローレンスは私に向けて手を広げた。それから飛び切り甘ったるく笑顔を作る。その心底愛おしいような顔に、私は絶対、抵抗した方がいいと思っているのに、どうにも抵抗できずに、体が勝手にゆるゆると移動してやや控えめに先程と同じ場所へと収まった。
……お腹が……まだ痛かった……から、抵抗する……余力がなかっただけだし。
そんな風に私は言い訳をして、機嫌よく、私を膝の上に乗せて髪をいじるローレンスを見る。
視線を伏せていてまつ毛の間から見える瞳、それからお化粧もしていないのに美しい肌、瑞々しくやわらかそうな唇。それらを見つつ、彼に固有魔法以外で、きちんと話をしなければならないことをひとつ、今、聞いて見ようと思った。
……このタイミングで……本当にいいのかな。……分からない。でも、嘘を言われて本当のことが何も分からないよりも、彼と距離が近いときの方がいい。
「ローレンス」
「……何かな」
「…………貴方……」
なんで、私を殺すの?
死にたくない。本当はそんなローレンスの事情なんかよりも、それが私の大事な事のはずだ、だから私はそう聞いたっていいはずだ。
彼自身の話よりも私の事情や思いを優先して自分のことを言ってもいいはずだ。その返答に対しての彼の返し次第で私は、説得するなり、無理なら、ヴィンスと正攻法以外の手段を選んで逃げ出してもいい。
そういう話のはずだ……でも……。
「どうして呪いの力が必要なの」
自分の口から出てきた言葉で私自身は既に、きっと、正攻法以外で彼の元から逃げる、すべてを捨て去るという事ができないのだと自覚した。
全部置いて行くわけにはいかない。だって、今この場所が唯一、私のいる場所だ。この世界に来てここに居て、唯一できた場所だ。
だから、私はどう頑張っても死ぬのだとわかっていても……この場所、この繋がりが消えるのは嫌なんだ。
もちろんそれは……ローレンスにも……言えることだ。
ローレンスは私の言葉を聞いて、さも当たり前のように、言葉を返してくる。
「……君がそれを知っているという事は、別に君は私に言うべきことがあるのではないかな」
それを言っても、それを聞いても意味は無い。私は……そういう話より、ローレンス自身の話が聞きたい。彼自身が望んでいる事、私が望むことそれは近いようで随分遠い。
頭を振って、もうそれはいいと思う。
そして、そのローレンスの呪いを欲する理由も大方把握しているつもりだ、これは多分クラリスの言っていた悪癖。
「じゃあ、君は自分の死に大層な価値をつけたいのかな、国を救うためがいいかな、それとも、愛する人を守るため?」
また首をふる。それは、そんな大層なことじゃないだろう。
「ローレンス」
「……」
「本当のことを教えて欲しいの」
「それを知って君は、何をする? 素直に死んでくれるのかな」
「もう死にたくはないから、素直には死なないけど聞きたい」
私が真剣に彼を見ると、ローレンスは、少しバカにするように笑う。
それからどうでも良さそうに抑揚のない声で言った。
「私の望みだからだよ……崇高な理由なんかない。ただ混乱して、恨みあい、争えばいい、私はその火種が欲しい」
「……わかった」
望み……か。
その望みの根源が分かれば、本当の意味で、私はこの人を理解出来るのだろうか。
そう考えた時には、私の生死の事はポーンと頭からすっぽ抜けていて、心底真面目に言う彼に、嘘ばかりの愛も情も分からないような寂しい彼の、本当の望みが分かるのではないかと思う。
だってローレンスは心のない化け物ではない。夜は眠れなくなってしまったり、何も楽しめないことに虚無感を覚えたりするちゃんとした人間なんだ。
そんな人の、心から望む事それはきっと、彼が望んでいるのは争いという事の先にある、ローレンスに向けられる感情とか、そういう”何か”なんだと思う。
「……その望みの先の”手に入れたい何か”を……いつか教えてね」
「……意味が分からない」
「そう」
ローレンスは何が欲しいのだろう。そう考えながら、しばらく彼の望むままに夜を過ごした。
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