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本当の罪……。7

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 最近、クリスティアンの元から戻ると、遺書のようなものを書くようになった。遺書と言っても、深く事情を知らない人達には、あまり情報を漏らして危険にさらされ無いよう配慮をしたものだ。

 色々と迷惑をかける居なくなり方をするという事、それから、気にかけてくれた事に対する、お礼。

 そんな事をつらつら書き連ねる。オスカーやディック、シンシア、チェルシー、少なからず、私が居なくなったら、気にするだろう人物にできるだけそれらしい理由をつけて、私の死を説明する手紙を書く。

 これが世にいう終活というものなのかもしれない。

 文言を考えつつ、ペンを走らせていると、ふと、便箋にパタパタと水滴が落ちる。数秒おいて涙かと理解している間にも、水滴は紙に吸われて、少しヨレてしまう。

 ……また、やっちゃったよ。

 これだと、涙の跡が残って、泣きながら書いたと思われてしまうじゃないか。それじゃあ、出来るだけ心配をかけないようにしている意味がなくなってしまう。

 涙を手で簡単に拭って、それから今まで書いていた手紙とぐしゃぐしゃと丸めてポイッと投げて見る。ゴミ箱に、かつんっと当たってしまい、外に落ちてしまう。

 それをヴィンスは、何も言わずに拾って捨て直し、それから、私に新しい便箋を差し出してくれる。

「最近よく、不意に涙を流しますね」
「うん……うーん、そうね」

 ……なんでも無い時に勝手に涙が出てくるって末期なんだけどね。本格的に精神状態がやばい時ぐらいしか、そういった事は普通の人間は起こらないのだ。

 自覚しつつも、適当なことを口にする。

「なんだろう、目の病気かな」
「……そうかもしれませんね」

 私のとても適当な答えに、ヴィンスは相変わらず微笑んでいるだけで肯定する。

 何を考えているかやっぱり分からないのだが聞く気もなく、私は新しい便箋に視線を移す。それからペンを取ると、小さくキリキリと傷んでいた胃が、途端に、激しい痛みを訴え始める。

「ぁ……っ、」

 両目を瞑って、持っていたペンを握りしめる。血の気が引くような痛みで、足先にまで力を入れてギュゥっと小さくなる。

 ……っ、いたい、いたいっ、痛いっ。

「……っは、……っ、つ~」

 パタパタと足を動かして痛みに耐える。手のひらに強く拳を握ったせいで爪がくい込んで指先が痺れる。

 テーブルに顔がつきそうなほど、小さく縮こまる私に、ヴィンスは軽く、背中をさする。

「クレア、ベットに行きましょう」
「っ、……っはぁ、……」

 ふるふると頭を振る。急に動いたからか、後ろに流していた髪が、頬にかかって脂汗で顔に張り付く。

「クレア、その状態では書けないですよ、一度休みましょう」
「っ、……っ、……」

 声を出せる余裕がなく、じわじわ滲む涙を浅い呼吸をしてこらえる。内蔵がねじれるみたいな痛みでも、それでも、ベットには行きたくない。眠りたくないんだ。どうせ死ぬなら、あまり眠らなくても問題がないはずなんだ。

 それにどうせ、休んだって治らないんだし。

 少し、呼吸を落ち着けて、顔だけをあげる。ヴィンスに目線を向けると、彼は私の口元に耳を近づけて、私の言葉を聞き取ろうとしてくれる。

「き、気にしないでっ……はぁっ、だいじょぶだ、から……」

 ほんの少しずつ引いていく痛みに、何とか意識を保ってそう言う、すると、ヴィンスは少し微笑むのをやめて、思案した。

 それからふと目を瞑って、開く、彼の瞳には魔力が宿っていて、少し強引にヴィンスは私を抱き上げる。それから勝手にベットまで運んで、痛みから蹲るしかできない私に、布団をかける。

 横になっても、痛みを主張するお腹を抱えるようにして小さくなる。

 何やらヴィンスは一度私の前から居なくなり、それから、戻ってきて、しゃがみ私と視線を合わせた。

「お薬をお持ちしました」
「……っ、い、いらない」

 何の薬か知らないが、痛み止めでもなんでも飲む意味が無い。結局これはストレス性の胃痛だし、ストレス自体が解消しなければ、根本的には治らない。

 気休め程度で、眠くなって、夢を見てしまう事の方が余程私の精神衛生上良くないのだから、薬は無用なのだ。

 ヴィンスは、ニコッと笑顔を浮かべて、それから私の顔にかかっている髪を緩く退ける。

「楽になりますから飲んでください、クレア」

 目を合わせて言われて、私はふと視線を逸らした。ヴィンスには関係ない。別に私が辛かろうがなんだろうが別に私の勝手だ。

 拒否しても彼の笑顔は変わらず、おもむろにヴィンスは自分の口の中へと、その薬を含んだ。水も含んで、それから、私の後頭部を抑えて、私にキスする。

「……むぐっ」
 
 グッと口を押し付けられて、両頬を片手で掴むようにして口を開けさせられる。口移しで、薬を流し込まれて、咄嗟に抵抗しようと、ヴィンスの服を掴む。

 それでもとにかく、口の中に入ってしまった手前、嚥下するしかなく、仕方なく、ごくっと喉を鳴らして、薬を飲み込む。

「ありがとうございます。飲んでいただけて安心しました」
「っ……、もう、いい、すき、にすればいいじゃん」

 いつもの口調で言う彼に、私は腹の痛みから先程の行動の抗議もできずに、不貞腐れて、枕に頭を預ける。すると、好きにすればいいと言ったせいか、もしくは最初からそうするつもりだったのか、分からないがヴィンスは私の魔法玉を引き出して、魔力を注ぎ込む。

 っ……嫌だ。

 咄嗟に、彼から自分の魔法玉を奪いかえそうと、手を伸ばすのに、ヴィンスはその手を絡めとって握る。

「っ……やめっ、て!」
「何故ですか?」
「な、なんで、って、……いやなの」
「クレア……大丈夫ですよ。私は貴方様を癒して差し上げるだけです」

 ヴィンスは私の言いたいことをすべて察しているはずなのに、わざと別のことを言う。
 彼はベットの縁に腰掛けて、絡めとった私の手を引き、私を抱きしめた。

「何か問題がありますでしょうか」
「っ、いや、だから、いやなんだって」

 緩く、背中を撫でられて、触れる人肌が暖かい、クリスティアンに触れられるとあんなに恐ろしいのに、ヴィンスに抱き締められるのは、まどろむほど心地がいい。

 ……確かに問題なんてない、それでも、固有魔法を使うのが怖いの。他人の魔力が溜まって、それがその行為が自分を追い詰めて、怖くて怖くて仕方がない。

「……」
「……っ……ぅう、っ……」

 じわじわと慣れた魔力が、自分の中に入ってきて、とくとくと溜まっていく。ヴィンスの手の温かさが私にも伝わって来ているようで、最近酷く寒いのが少しだけマシになった。

「……クレア」
「……」
「私は、貴方様が大好きですよ。大丈夫じゃない時には言ってください。なんとでも出来ますから」

 耳のそばで囁くような声に。心が揺れる。本当は……本当はヴィンスを頼りたい。いや、既に頼り切りになっているのが事実だ。

 体調も悪く、精神状態が不安的な私の代わりに、彼は家事から何からすべて変わってくれている。

 そのうえで、なんとでも出来る自信があるらしい、彼にもう丸投げしてしまいたかった。

 でも、元凶は私なのに、という思いはどこまで行っても消えてなくて、結局こうして、優しくされても、私は明日もクリスティアンの元に行くし、それ以外の選択肢はない。

 彼に魔法を使われると心が凍るようで、怖くて、嫌で堪らないのに、それを日増しにやつれていくサディアスへの贖罪みたいに思ってしまえばもう、逃げる事は出来なかった。  

 …………眠たい。
 
 ヴィンスの魔力はいつの間にか溜まって、いつもと変わらない、私にまったく苦痛のないピッタリの心地に酷く安心する。

 お腹の痛みだって緩く緩く、溶けるように消えていって、やっと体から力が抜ける。

「少し眠ってください。きっと……悪い夢は見ませんから」
「……」

 耳元で聴こえる、ヴィンスの少年らしい少し高くて優しい声に安心して目を瞑る。背中をさする彼の手に集中して、眠りに落ちれば、確かに嫌な夢は見ることがなかった。




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