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サディアスの出した答え……。4

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 皆と同じに、明日の試合にドキドキできたら良かったのだが、そうもいかない。

「クレア」
「っ……」

 呼ばれて飛び上がるほど驚いてしまう。振り向けば優しげな笑顔を浮かべるクリスティアンがおり、珍しくヴィンスが背後に控えていた。

「行くよ」

 言われて歩き出す。プリントは小さく折ってポケットの中にしまい込む。とにかく足だけ動かして、グラウンドを後にした。私の荷物は、ヴィンスが持ってくれているので手ぶらで、クリスティアンの後ろについて行く。

 最近は、こうやって、シンシアとチェルシーと別れることが多かったので、二人は心配そうにこちらを見ながらも「またね」「たま明日」と声をかけてくれる。

 私も、作り笑顔でその声に答えるように手を振って、少し離れてしまったクリスティアンの背中を早足で追う。

 両足は鉛のように重たくて、寮について、彼の部屋に向かう途中で、動かなくなった。

 すべて自分の責任だとわかっていて、この日が来ることも知っていて、それでいて今まで何もして来なかったというのに、今日という日になってしまったことに、なんだか急に恐ろしくなって固まった。

 進まなければと思うのだ。一応そう思っているのだが、縛って引きずられでもしない限り、死への階段を登るのが怖い。

 多分あまりに、猶予があり過ぎたのだと思う。日常と、繰り返される非道、考え飽きるほどの時間、半月は時間があり過ぎた。

 スカートの裾を両手で握りしめて俯いた。

 私が寮の廊下で、ピッタリ止まって動けなくなった事に、クリスティアンは数秒置いて気がついて、それから私の方に振り返る。

「……今更だなぁ」

 ぽつりとそんな事を言って、先を歩いていた彼は、私の元に戻って来る、それから、あれ以来ベタベタと触って来なくなったはずなのに、クリスティアンは私の手を取った。

「逃げ出したくなった?」
「……」

 私に問いかける。それから、しばらくして彼は私の手を引く。

「もう遅いよ、クレア」

 くっと、手を引かれて、一歩踏み出せばあとは惰性で歩くことが出来た。

 今日の午後から、サディアスは授業に出ていなかった。クリスティアンの部屋で待っているのだろうと思う。会いたくない。本当に、切実に、会いたくないのだ。

 なにかクリスティアンに言いたいのに、言葉が出てこない。しばらく、堪える生活を送っていたせいか、簡単に言葉が出てこなくなってしまったような気がする。

 引かれるまま、足を動かしていれば、すぐに見慣れたクリスティアンの部屋だ。

 侍女ちゃんが扉を開けて、中に入る。

 部屋に入ると、案の定サディアスはこの部屋にいて、そしてソファーに腰かけ、何やら食品なんかを詰めておけるビンのようなものをテーブルに置いて眺めていた。

 手がかたかた震えて、クリスティアンに私の怯えが伝わる事にも気にせずに私は手を繋いだまま俯いた。クリスティアンがどんな顔をしているか分からない。

 けれど、せめてもの情けなのか、今まで出来るだけ従順にしてきたおかけが、少しだけ柔らかく手を握り返される。

「サディアス、それで君はどうするつもりなのかなぁ、見ての通り、抵抗する気はなさそうだよ」
「……ああ、ありがとうな……クリスティアン、協力してくれて」

 サディアスはニコッと笑顔を浮かべて、立ち上がりこちらへとやってくる。けれど妙なのだ。サディアスは魔法を使っている。

 クリスティアンの緊張というか体のこわばりが一瞬伝わってきて、それから、酷く人相の悪い凶悪な笑みを浮かべながらサディアスは、クリスティアンの前に立つ。

「今からやる事、言うこと他言無用で頼む。クリス」
「…………何やら、物騒だね」
「物騒って、今更だろ」
「せめて説明してくれるかなぁ。私もこの子も知る権利ぐらいはあるだろう?」
「……いいや、無いな、クレアには無い」

 サディアスは私の腕を掴む、それに反射的に、身を固くする私をまったく気にもせずに、強く引く、嫌な予感がしてその場で踏ん張るが、引きずられるようにして、ソファーのあるテーブルの方へと引かれて行く。

 クリスティアンは少し困惑しているようで、彼の後ろを、着いてくる。

 サディアスは片手でテーブルの上にあった瓶を持って、それからテーブルを片足で蹴っ飛ばした。あっという間にその場からテーブルがぶっ飛んで、壁に張り付き、大きな音を立てる。

「ッ、っ……っ、」

 咄嗟のことに何が何だか分からない。とりあえず頭をガードして、背中を丸めていれば、彼は私に足を引っ掛けて転ばせて、テーブルがあった場所にドテンと横たわる。

 背中を土足で踏みつけられて動くことが出来ない。

「……」
 
 クリスティアンは驚いたように私の方を見ており、ヴィンスは相変わらず場違いな笑顔を浮かべている。

「こいつを詰める前にやる事があってな、二人目が余計な事をしないようにしておかないとならないんだ」

 何を言っているのかはまったく分からない、コーディに差し出される前に、サディアスにぼこされると言うことなんだろうか。
 
 そんな事を考えていると、サディアスは私を蹴り転がして仰向けにする。それから、私の魔法玉を引きずり出す。

「あっ、っ……い゛」

 魔法玉を持ち去るその手に手を伸ばす。しかし、魔法玉を取り戻すことは出来なくて、腹に彼の足がくい込んでいて思わず声を上げる。見上げれば、サディアスはなんの感情も表に出さず、こちらを見ながら私の下腹部を踏みつけている。

 いよいよ死ぬのだと思うと、汗が止まらない、それから踏みつけられているのとは別にお腹だって痛い。

「っ、っぐ、っう」
「少し痛いが、我慢な」
「っ、ふっ、?」

 彼はおもむろにしゃがんでそう言って、見慣れないナイフを取り出した。目の前で光る銀色の刀身に私の視線は釘付けになって、ただただそれの行く末を視線で追う。

 彼は何の迷いもなく、それを私の左の腿に埋める。熱くて、冷たいような感覚が足から伝わって全身に響く。
 ぶわっと全身の肌が粟立って、大きく目を見開いた。

「あ゛っ!!!」

 ぶるぶると震える手で、その太腿に突き立てられた、ナイフへと手を伸ばす。それをサディアスにやんわりと絡め取られて、彼の手を握った。自分の汗でベタベタしてて、何とか正気をたもとうとする私に、サディアスは少し優しげにほほ笑みかける。

「大丈夫だ、な? 思ったより痛くないだろ?」
「っ、かっひっ、ひっ、う゛」

 馬鹿みたいに涙が出てきて、足が震える、痛くないわけがなくて、信じられなくてサディアスを見つめる。彼はナイフからゆっくり手を離して、その血濡れの手で、私の髪を撫で付ける。

 それから、ゆっくりとまたナイフに手を戻し、ズッと引く。

「ゔあ゛っっ、っあっあぁ!!」

 引かれると肉が引き裂かれるように痛くて、意味のある言葉ではなく、ただの悲痛な叫び声だけが、響く。
 動揺からか眼球がぶれて焦点が合わない。

 ナイフが抜け切ると、ふともう片方の腿に狙いをつけていたサディアスはパッと上を見た。

 私は必死に、押さえた方がいいような気がして、腿の傷をぎゅうぎゅう押さえる。指の隙間からだくだく血が滲んで、嫌な記憶を思い出す。





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