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私の愛も、彼らの愛も……。9

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 そうして彼の事を思い出していけば、いつもこちらをじっと見ているガラスのような翡翠の瞳が浮かぶ。私を見ようと、私の望んでいることを知ろうとするその瞳を思い出す。

 けれどそれは結局、私に興味があるのでは無く、いつも、私の注意を引いている事はなんなのかと見極めようとしているのだ。

「目が好き」
「眼差しと、捕らえることにするよ。……どんな、眼差しかなぁ」
「……」

 どんなか、言葉にするのは難しい。

 それに、私はローレンスに対して抱いている感情はいいものじゃない。けれど好きなのだ。

 目が好きだ。相手の考えている事を汲み取ろうと必死な目が好きだ。そして結局、彼が満たそうとしている何かが絶対に満たされないあの生き方が、彼の性分のようなものが、辞めればいいと思っていても、可愛そうで、寂しそうで。

 それでいて、愛おしく思う。

 ……そう。

「悲しい眼差しが好きなの。あのどうしようも無い、寂しい報われない生き方が、好きでいたいと思うんだ」

 それは私にとてもよく似ているから。ローレンスは死に際に後悔するのではないかと思う。私と同じように。

 似ていると思った。報われたらいいのにと思う。

 ローレンスは、化け物じゃない。ただの、人だ。なんだか、少し歪んでいるだけの男の子だ。

「…………なるほどねぇ、それなら…………私はそういう愛は好きでは無いけれどわかるかなぁ」
「……う、うぅ……うわぁ……そうだね。本当。私も好きじゃないけど……はぁ、言葉にすると歴然としてるね」
「君がまともな感性の持ち主で安心したよ」

 クリスティアンは言葉の通りの表情をして、私は少し恥ずかしくなる。大層な事を言っているが、ローレンスは色々と性格的な問題はあるが、あれでいて王子様だし、可愛い恋人だっている。

 私なんかにこんな事を言われる筋合いなんか無いと思うし、私なんかよりずっと、強くて自分の帰る場所や基盤のある、しっかりした人だと思う。

 そう考えてみると、もしかしたら私は、ローレンスの術中にまんまとハマっているのかもしれない。自らに、惚れさせて上手く使おうとしているのかもしれない。
 
 ……それならそれで……良いような気もするのがまた、惚れた弱みというか……。

 諦めてしまえば、それはとても自然な事で、結局ローレンスの思惑がなんであれ、私は彼と接して、話してそして好きになった。誰がどう思っても私が感じた事は私の中では真実なのだ。

 だから仕方がない。それでいい。

 ……誓いをしに行かなきゃね。きっとまた相当怒らせてしまっていると思うし。

 ローレンスの事を考えると自然とほほが緩んで、クリスティアンと目が会いハッとする。そうだ、話はここからだ。

「それで……まぁ、好きなんだ……だから……」
「うん?」
「サディアスとヴィンスの気持ちに応えられない」
「ああ、なるほどねぇ……」

 それが相談だとクリスティアンはわかったらしく、思案しながら私に質問する。

「彼らは君とどうなりたいのかな、君は、殿下を愛しているのだし、しかし振るのだとしても厄介だよねぇ、彼らは。下手すると背後から、また刺されるんじゃないかなぁ」

 そうだ、普通はそう考えるはずだ。好きならば、望むはずなのだその先とか、お互いが唯一愛し合うってことを、でも二人はそれを言わなかった。

「それでもいいって、言うんだよ」
「……ふむ、……なるほど?……では君が彼らに向けられる歪んだ愛情に耐えられなくなったのかなぁ?」
「え?」
「だってそうだろう? あの二人の行動は奇妙というか、確かに君の助けになる事はあれど、害にもなるだろう?」

 私が、耐えられなくなった?

 そういう事じゃ無い。だって、私がそばにいて欲しくてそもそも話しかけたり関係を持っている相手なのだ、そんなことはあるはずが無い。

「そう言う話ならば、私も協力は惜しまないけれどねぇ、妙な者に執着されたという言うのは、君が思うより面倒なことだと思うよ」
「…………ヴィンスとサディアスって、そんなに……なんて言うか……厄介なの?」
「……そうだねぇ、あの二人が手を組んで君を手篭めにしようとする場合、私は君を守り切れる自信はないねぇ」
「……」
「サディアスは唯一家族が弱点だが、君が関わっているとどうやら常人の考えは通じないようだから手段を選ばなくなるし。ヴィンスについては、殿下の護衛も従者も諜報もこなしていた実力者だからねぇ…………今の君は手遅れに近いような気もするけれど」

 困ったまま思案する彼の言葉を聞いて、距離を置くとかそう言う事は出来ないし、もし、私が二人を断捨離しようものなら本当にどこにいても居場所を突き止められて、逃げられないのかもしれないと思う。

「……少し苦労するけれど、殿下に協力を……いや、けれど結局君はそれで死ぬつもりなのかな? ローレンス殿下に命を捧げる覚悟があるということでいいのかなぁ、だから、邪魔をする二人から逃れたいというのが私への相談?」
 
 私は思わず頭を振って、まったく違うことを表明する。そんな話じゃない。いや、クリスティアンの見解を聞けて本当にありがたいけれども、結局私が選んだ選択肢なのだ。

 だから、今更邪魔だとかそういう事は言わない。

 ……それに何より嫌いなんかじゃない。ただ、好きと言われたのだ、それが……困ったと思っている。

「違くて…………私だって二人の事は好きだよ」
「……君は本当に変わった趣味をしているねぇ、気の毒になってくるよ」
「悪かったね、悪趣味で…………まぁ、わかっているけど、でも好きだよ。ヴィンスもサディアスも、刺されても、追い詰められても、意地悪されても、多分何をされても」
「君も割合厄介だねぇ。じゃあ、何が困っているというのかなぁ」

 クリスティアンは少し呆れたようにそう言って、はぁと息をつく。

 確かに彼からすれば、少しは私もおかしいのだろう。

「ただ、私はローレンスが好きなのに、二人が私を好きなのを知っていて、協力をしてもらうのは、ダメでしょ?」
「…………」
「みんな好きだから、それでいいとはならないでしょ? そんなの不誠実だよ。……それでクリスティアンは複数の女の子と関係があるし、どうなのかなって」

 クリスティアンはさらに呆れたような顔になって、ため息混じり席を立って言う。

「あのねぇ、クレア」

 彼はトンと少し強めに私の肩を押して、私はバランスを保てずに、ソファの背もたれに沈み込む。それから足に力が入らずに、ずるりと少し下にずれ込む。

 そんな私を閉じ込めるようにクリスティアンは両手を背もたれに手をついて、グッと顔を近づけて言う。

「君は、彼らが好きで、何をされても良いっと言っただろう?」
「…………」
「それだけで、二人は十分に愛を感じているからそう言っているんだよ。君はちゃんと二人を愛せているよ。君は全て、彼らが望むことを許容してあげている、例えばこうして」

 くっと顔を近づけて来る彼の口に、私は手を添えて、キスされないようにする。

 するとクリスティアンはニコッと笑って、顔を離して言う。

「君は私を拒絶するが、二人にはしないのだよねぇ、それなら、君の愛は分け与えられているよ」
「でもそれじゃ、不埒なだけでしょ」
「どうしてかなぁ、いくらだって愛せるだけ愛してあげたらいいじゃないか。それに本人たちは満足しているんだろう?」
「不誠実だって言ってるの……それに……諍いの種にあると思うし……」
「諍いになって悪いのは君じゃない、ただ君は本人達と関係をきちんと間違わないようにすればいい」

 私には、あまり馴染みのない理論に困惑しつつも、全力で、二人と向き合ってあげればいいということ?とも考えてみる。

「諍いになるのは、本人たちに問題があるんだよ。それだけだよ。それに、君は、ローレンス殿下に愛されたいという望みを一度でも言ったかなぁ」

 私の髪をするすると撫でてクリスティアンは、艶めかしく微笑む。

「好きだと、ただそれだけだろう? ララもいる、けれどそのララとも君は仲がいいだろう? それだけだよ。望むばかりじゃないさ、今君に愛を返して貰っていると思っている二人と、今のローレンス殿下を愛する君、何が違うのかなぁ」

 まったく同じだと、そう言いたいのだろう。
 言われてみれば確かにその通りであり、私は好きだからといって、ローレンスに唯一私を愛して欲しいなどとは望んでいない。

 それなのに私自身が二人の事を大切にするのを不埒だなんだというのは確かに道理が通らない。

 パズルが嵌るように納得して「……たしかに」と呟いた。

 彼は髪にちゅっとキスをして、それから、私から離れておかわりの紅茶を持ってくる。

「納得出来たかなぁ……まあ、私は、彼らとは深く関わらない方が楽だと思うけれどねぇ。君が大切だと言うのだから仕方がないねぇ。おかわりを飲むかな?」
「……ううん、そろそろ帰るよ。……ヴィンスが昨日の今日で心配していると思うから」
「わかった、送っていこう」

 彼は、私を引き止める事はせずに、素直に車椅子へと乗せてくれる。

 ここへ来た時よりも随分とスッキリとした頭で、私は自分の部屋へと帰った。



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