悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

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お祭りなのに悪い予感……。1

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 寝室にある執務用の机で仕事をしていると、コンコンと部屋がノックされる。来客の予定はなかったと思うのだが、チームメイトが急にやって来ることがよくあるので気にせずに「入ってくれ」と誰かも分からないまま声をかけた。

 それにこの部屋の扉はリビングにつながっているので、既に俺の部屋の中には入ってきているという事だし、普通は部屋の前でノックをして返答がなければ不在か睡眠中だと判断するはずだ。

 俺がこちらで仕事をしているかもしれないからと中まで入ってくるのはチームメイトの四人ぐらいだ。

 そのうちの誰かと予想しながら、大方、今日の模擬戦で奮闘していたクレアを寝かしつけたヴィンスが、仕事の手伝いに来たのだろうと思い、顔をあげ、背にしていた扉の方を振り返る。

 そこには、何やらバスケットを持ったクレアがパジャマにしているワンピース姿で少し恥ずかしそうに立っていた。
 
 珍しく、髪を片方に流してルーズにリボンで結っている。その白磁のようなうなじが露出していて、目に毒だ。

「お疲れ様、仕事中……だよね。少し差し入れ持ってきただけ……なんだけど」

 視線を落として少しバスケットを上げる、そんな仕草に馬鹿になったように心臓が鳴り響いているのを悟られないようにして、平静を装った声で返す。

「何を持ってきてくれたんだ?」
「クッキー……」
「そうか、そろそろ切り上げようと思っていたからな、お茶にするか」

 ペンやインクを片付けて、集中するために、部屋の灯りを消して、卓上の灯りだけつけていたのを部屋全体を明るくするように切り返る。

 部屋を明るくすると、クレアの顔がはっきりと見える。今は何故か、昼とは違い、少しわかる程度には化粧をしていた。

 髪もよく見れば、ヴィンスが整えたのだとわかるほどに手の込んだ結い方をしていて、それでいてルーズに見えるような髪型だった。差し入れを持ってきただけ、というのが本当かどうか怪しくなってくる。

「リビングに行くか、君もコーヒーより紅茶がいいだろ?」
「……ううん」

 俺の言葉に、クレアは頭を降って、書類を片付けた執務机に、バスケットを置いて、洒落た柄のついているクッキングシートに包まれたそれを出して開く。

「私もコーヒー……ローレンスが来るから」

 そう言いながら、クッキーの包装を開いて、ちょこんと控えめに俺のベットへと座り、チラと俺を見る。

 ローレンス殿下が来ると言うのは、まさか俺の部屋から帰ったあと、自らの部屋に招きいれるという事だろうか。

 考えつつ、自分も飲んでいたコーヒーを彼女の分も淹れてやる。苦いのは得意では無いはずなので、蒸らし時間を少しだけ短くしてお湯を注いだ。

 「ありがと」と短く言って、彼女はコーヒーを細かくふぅふぅ言って冷ましながら飲む。俺の普段使いしているマグカップと同じ大きさのものなので、両手でちまちまと飲む彼女の姿に、また小さい末弟の姿を思い出して少し頬が緩む。

「クッキーどうぞ、食べてみて」

 椅子に戻って、見て見れば、変わった形のクッキーが綺麗に整列されて、開かれた包装の上に置いてあった。

「少し焦がしちゃったけど、味は問題ない……はず!」

 彼女はひとつ手に取ってパクッと食べ「うん!美味しい!」と謎の自画自賛をしてそれから、ニコニコしてこちらを見る。
   
 言い方から察するに、どうやらまた彼女の手作りらしい。

 この間、ヴィンスが俺に自慢してきたクリームもクレアのお手製だと言っていたし、いつだかの櫛も作ったのだと言っていた気がする。

 キャンドルなんかも作っていたな。よくそんなに様々な物を作る手間をかけられるなと思い、見慣れない形のクッキーに手を伸ばし、ひとつ口にほおり込めば、サクッと歯切れよく解けるような食感に、思わず目を見開く。

 ……美味しい。甘すぎる気がするが……コーヒーによく合うな。

 自分の分のコーヒーを飲んで、喉を潤せば、またひとつそれに手を伸ばす。

「しかし、妙な形だな。どうやって作るんだ?」
「ん、袋に入れて絞って作るんだ。ちょっと、渡したい人がいてね、そっちはオリジナルで作らないと売ってなかったから」
「……そうか」

 話を聞いて、すぐに、ローレンス殿下かと合点が行く。先程、自分でこの後、彼が会いに来ると言っていたのをもう忘れているのか、このクッキーをメインで渡したい人の事を彼女はぼかして言った。

 ……じゃあ、俺はさながら味見係ってところだな。

 嫌では無いのかと問われれば、否と答えるが、ここまで気合いの入っているクレアをそのおかげで見られたという事なら今回は五分五分だろう。

 本来ならば、他の男に渡すプレゼントの評価など聞きに来ないで欲しいし、ローレンス殿下と夜を過ごすであろうことなど知りたくはなかった。

「焦げてなければ、満点だな。それと少し包装が安っぽいから、皿に入れた方がいい」
「!……う、うん、ごめん」

 どうせ焦げてない物もあるのだと思う。きっとその分はローレンス殿下のプレゼント用に回っていると考えれば、問題は無いはずだ。

 せっかくならば、ローレンス殿下に喜んで欲しいとクレアは思っているはずなので、出来るだけすぐに出来るダメ出しをしておく。

 ただ彼女は「なるほど!」といつも通り言うのではなく、なぜか謝罪をして、ションボリと肩を落とす。

 想像していた反応とのギャップに、困惑しつつも何か悪いことをしてしまったような気持ちになる。しかしこれでも俺は一応、君が好きだと伝えているんだ。

 そのことをクレアはすっかり忘れてしまっているのか、はたまた、無視することに決めたのか分からないが、この状況でバカみたいに無防備な彼女を押し倒さない男は滅多にいないだろうと思う。

 そのうえで更には、俺以外の男に会うために必死にめかしこんでいる姿まで見せられて、こんなプレゼントをしようとしているとわたされ、それを吟味させられ、少し素っ気なく対応しただけで、こんな顔をされると俺の方だって困る。

 今日はヴィンスも連れていないし、なんなのだろうか、彼女は俺を怒らせたいんだろうか。

 望み通りに、そうしてやろうかなどと考えるが、結局何を言えるわけでも、やれるわけでもなく、二人でコーヒーをすすって彼女の作ったクッキーを食べる。

「……」
「……」

 この後にローレンス殿下に会うということ、それさえ無ければ、話だって弾んだだろうし、綺麗だと素直に褒めていた。それに、よく君がものを作る話だとか、発想だとか、エピソードがあれば聞きたいと思っているのに、雰囲気は重い。

 これ以上、クレアは俺に何を望むのだろうと思い、じっと彼女を見た。

 クレアは、俺の視線に気がついて、少し視線をさ迷わせたあと、徐にポケットから、ヴィンスが持っていたのと似たようなクリームケースを取り出す。

 カラカラと音を立ててアルミの蓋を取る。すると中には淡い色合いの口紅が入っている。それを彼女は中指にくるくると塗って、それから唇に塗りつける。

 それほど色は変わっていないのに、艶やかな光沢を帯びて、唇がとても柔らかそうに見えて、ごくりと唾を飲んだ。

 他の男の為であっても、着飾っている彼女は可愛らしい、リップを塗り直しているだけなのに、大人びた女性らしい可憐さのようなものを感じて、ああ、ダメだなと思う。

 ただでさえ何の感情を持っていない男でも、クラっと来るぐらい可愛いと言うのに、そんな女が自分のベットの上で気弱そうに座っている状況に耐えられず、帰れと言い出しそうになったその時。

 クレアは、決意したとばかりに立ち上がって、俺に一歩、歩み寄る。

「っ……差し入れ、気に入らなかったかしら?」

 きっと少し睨みつけるような目線と言葉遣いに、体がビクッと反応して、彼女も意図せず言ってしまったのか、パッと口元をおおってそれから、ふるふると切り替えるように首をふる。

「甘すぎたかな、サディアス」
「……別に」 

 俺の返答にクレアはキュッと口を引き結んで、それから、先程から手に持ったままのリップを同じように中指に塗り抜けて、それから、何故か俺の唇につける。

「っ、ン……なっ」

 緩く塗りつけて、そのまま俺の座っている椅子の座面に膝をつけて片足を乗り上げて、間近に顔を寄せる。
 サファイアの瞳が眼前でゆらゆらと揺らめき、少し涙が溜まっていて、ついでに頬が赤い。

「…………サディアス、怒ってるの?」
「怒って、ない、が」
「本当?」
「……」

 彼女の息遣いが感じられるほど、そばで俺を見透かそうとクレアはじっと見る。怒っていると判断したようで「ごめんなさい」と謝ってそれから、一人で話し出す。




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