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楽しい時間はあっという間で……。1
しおりを挟む記念祭の始まりを告げる鐘の音がカラーンカラーンと聞こえてくる。学園街の方からは、既に何か催し物が開かれているようで歓声やら人々のざわめきが聞こえてきた。
私の髪に櫛を通してくれているヴィンスを鏡越しに眺めた。彼は余程この仕事が好きらしく、こうして私の髪をゆっている時はとても嬉しいような心地よいようなそんな表情をしているのだ。
今日はおまかせで頼んでみたのだが彼の手付きには迷いが無く、あっという間に上品な手の込んだハーフアップに変わり、髪飾りにはクラリス愛用の私の目の色と同じサファイアの宝石が着いたバレッタで止められる。
……オシャレをして出掛ける時にこんな本職の人に髪をセットして貰えるなんて、すごく贅沢だよね。
スタイリング剤のようなものを手に取る彼をぼんやりと眺めながら、今日は晴れて良かったなと窓の外へと視線を移した。少し肌寒いけれど、気持ち良い雲ひとつない秋晴れで、気分も何となく晴れやかだ。
……しっかし、記念祭のお休みって長いよね。昨日も事前準備という事でお休みだった。普段からブレンダ先生に何かと面倒をかけている私は有志の会場設営お手伝いをしたのだが、随分とお金の掛かっていると思われるセットに驚いたものだ。
「クレア、完成致しました。このような仕上がりになっています」
そう言って、ヴィンスは合わせ鏡をして私に後ろ姿まで見せてくれる。編み込みが交差しているような、もうよく分からない髪型だが美容院でやってもらうドレス用のセットのようだなと思う。
編み込みの網目の一つ一つには小さなパールの飾りが付いていて中央の大きなバレッタのサファイアが目を引いた。
「す、凄いね……ゴージャス」
「そうですか? 今日は普段より装飾の多い服装ですから、髪結いも格を合わせたつもりなのですが」
言われて、フリルや端々の煌めく刺繍のついている可愛らしいワンピースへと視線を落とす。確かに、高級そうな服だなとは思ったが、個人的には落ち着いた深緑だったから選んだ服なのだ。
秋色カラーを意識したらこうなっただけで、服の格は意識の外だった。
「……お祭りを回るだけなのに、これは気張りすぎかな?」
「いいえ、その後、ローレンス様とのお約束もありますから、格が高すぎるということはないと思いますよ」
「そっか」
そういやそんな約束もあったな。
確かにローレンス相手にするのなら、普段からキラッキラしている宝石をつけている彼だ、私か安っぽい服で、フランクに彼の部屋に行くのはそれはそれで宜しくないのかもしれない。
……それにララも、顔面が宝石みたいなものだから、私もこのぐらいでもおかしくないか。
そうなのだ、これから一緒に記念祭を回るのはララだ。昨日お手伝いを終えて部屋に戻ると、突然ララがやってきた。そして、私と記念祭を一緒に回ると宣言して帰っていった。
強引なところは、ローレンスと似たりよったりだななんて思いつつ、それだけ宣言して帰ってしまった彼女の部屋に行って集合時間、場所を決めて、今日に至るのだ。
元々午後はローレンスに呼び出されていたので、午前はララ午後はローレンスと過ごす予定となった。
「わかった、ありがとうヴィンス、今日も可愛くしてくれて」
「いえ、こちらこそ」
こちらこそというのは、あまり意味が分からない返事だったがドレッサーから立ち上がって、お出かけ用の小さなカバンをもつ。
「よし、それじゃあ行こうか」
「はい」
部屋を出ると、少し機嫌の悪そうなサディアスが、私の事を見て少し表情を明るくするのだが、すぐに怒ったような表情に戻る。
「おはよう、サディアス。時間がかかっちゃってごめんね」
「……別に構わないが、今日は随分と気合いが入っているんだな」
「…………嫉妬?」
「そうだが?」
真顔で返答されて、少しからかってやろうと思った自分を恨む。ただでさえ、ヴィンスとサディアスは、目的地まで送ってくれると言っているのだから、揶揄うなんてもってのほかだった。
……いや、そもそも、絡まれないように集合場所まで送っていくなんて言っているけれど、サディアスはララが好きでは無いというか、嫌いと言うか、そんな感じなのだ、だからついうっかり、夕食を一緒に食べた時に彼女と遊びに行くことを言ってしまった私が悪い。
送っていくから、な?と言われたら断れないのだ。
「……はい」
「嫉妬してるが、悪いのか?」
「い、いいえ、ごめんて」
「……はぁ、行くぞ、もう待ち合わせの時間なんだろ」
「うん」
しおらしくする私に、追い打ちをかけられて、素直に謝り歩き出す。
やっぱりサディアスは機嫌悪そうに、私の隣を歩いて、ヴィンスは少し後ろをついてくる。
待ち合わせ場所は、それほど遠くは無い。いつも買い物に行っている学園街の広場、その中心にある噴水のところだ。
ただその場所にたどり着くまでに、私だと人に揉まれて、流されて、最終的にはナンパされるとか、多分嘘だと思う。どうせサディアスは、ララを牽制したいのだ。
悪いとは言わないが、そんな事をする必要もなく、私はきっちりサディアスのことが好きなのに、どうにも信用されていないような気分になってしまう。
「……一般の人か学園生かこれじゃ分からないね」
寮を出るとすぐに、チラホラと私服の人たちがいるのが分かる。生徒達も今日ばかりは私のように私服だ。うっかり、寮内に一般の人が侵入していても分からないかもしれないと思う。
「そうだな。……普段なら学園街は俺たちみたいな生徒が一番、戦いに強いから、女一人でフラフラしていても問題がないが、記念祭中は外部の騎士やら魔法使いもいるからな、危ないんだ」
そういうサディアスについて行くと、校門の辺りからもう既に人が沢山いる。
それはもう例えるならば休日の水族館ぐらいいる。もしくはちょっと有名な花火大会ぐらい。
人混みなんて久しぶりに見たというか、特にこの世界に来てから、少し活気がある街と言うだけで、この学園街でのほほんと生活してきていた。
これは確かに、人混みをフラフラして、道に迷ったりしそうだ。
「そうですね、サディアス様の言う通りです。この記念祭は学園行事の中でも一番大きな行事なのですが、毎年この後、行方不明の生徒が出るようですよクレア」
人混みが近づいてきて、ヴィンスが私の手を取った。それに気がついてサディアスも私の手を取る。
私は両手に花ならぬ両手に男子を携えて、人混みの中を二人の間に挟まれて歩く。
「……行方不明って、なんで?喧嘩に巻き込まれたとか?」
ヴィンスの言葉に少し疑問を持って、聞き返せばチラとサディアスがこちらを見て、それから一つため息をついてから言う。
「人攫いだ。この学園の生徒は金になる。どこかの誰かが……君みたいな如何にも、弱そうで育ちの良さそうな女を狙っているんだ」
「う……それって本当?」
「それになクレア、その剣も持っていない、不安定なヒールの靴でどうやって戦うんだ? 君は浮かれすぎだ。いざという時のことを考えてくれ」
……た、確かに。
言われてみれば、魔法使いらしからぬ弱々しい装備である。
普段はヒールはヒールでもこんなパンプスでは無い。突然、誰かに連れ去られたことがこの一年で二回もあるのだ。私自身の危機感というものが足りないのかもしれない。
なんだかそういう風に脅されると、どうにも不安になって来る。この人混みの中の誰かが私を突然路地裏に引き込んだりするのかも。
「……」
「……サディアス様、いくらご自身で守れないからといって、その苛立ちをクレアに向けないでくださいませ」
見かねたヴィンスがそういうが、なぜそれで苛立つのか、私はよく分からない。首を傾げてサディアスを見ると、彼は、口をへの字にしてそれから、私から視線を逸らして言う。
「すまない。ただ、今日俺が共に回れるのならば、その格好も素直に褒められたし、君が戦わなければならない状況など一切考える必要は無かった、と思ってな。着飾っているのはとても素敵だ。私服は普段見られないからな」
「初めからそう仰られた方が、男性としての格が上がりますよ、サディアス様」
「ヴィンスは黙っててくれ。はぁ……調子が狂うな」
言われて納得する。サディアスは自分で私を守りたかったのだ。なんだか嬉しい言葉に頬が緩む。
ヴィンスも割とサディアスに対しては踏み込んだことを言うのでびっくりだが、彼がいると、サディアスがさらに身近に感じる気がして嬉しい。
トコトコと足を動かしているだけで、あっという間に、広場の噴水前に到着する。
多くの人がここを待ち合わせにしているのか、噴水をぐるりと取り囲むように、待機している人がたくさんいて、その中でも、すぐにララの姿は見つけられた。
大人っぽい雰囲気とガーリーさの丁度良い塩梅のワンピースに、落ち着いた色の上着を羽織っていて、珍しくわかるようなお化粧をしていた。
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