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タイムリミットが迫ってる……らしい。7
しおりを挟む寮の部屋に戻ると随分と冷えてしまった体がやっと暖まる。カティの家までの往復で、随分と時間を取られてしまったのでもうお昼時だ。
……チームメイトとお昼なんて食べたくないわね。彼が戻ってきたら、彼でもいいのだけど……。
そう考えていればトントントンと歯切れよく駆けてくる音が聞こえてすぐに誰だかわかる。
「ララっ!!入っていいですか!」
「いいわよ」
返事をすれば、彼は勢いよく扉を開けて私の部屋へと入ってくる。相変わらずの緩みきった顔つきに、少し安心しつつ、何故かボロボロなコンラットに私は目を瞬いた。
「どうしたのよ、随分ボロボロね」
「そうですか? ああ! ララの事を悪く言っていた上級生がいたから、斬りかかったら返り討ちにされたからだ」
「それにしたって貴方の綺麗な黒髪が台無しよ。ちょっとそこに座りなさい」
誰に何を言われようと気にしないと言っているのに、この人はいつもこうだ。どうせ負けるのだから、わざわざ手を出さなければいいというのに。
仕方なく思いながらも椅子を進めれば、素直に従い座る。
「……貴方また身長が伸びた? このままいくと熊みたいになっちゃうわよ」
「俺もそれは嫌ですが、勝手に大きくなってしまいますから、諦めて熊としてララをお守りすることにします!」
「だから、要らないって。私より弱いのにどうやって守るっていうの、ちょっと顔を動かないで!」
「あ、はいっ」
コンラットは私の方へと無理に向こうとしたので頭を元の位置に戻し、髪紐を解く。喧嘩した際に髪を引っ張られたのか、変な絡まり方をしていた。手櫛で梳かして、いつも通りに結び直す。
「櫛を使うの面倒だから、適当でいいわね?」
「はい、問題ないです」
「あ、そうだ。コンラット、お昼ご飯食べた? 私まだなのよ」
「食べましたが、腹が減ったのでもう一度食べます!」
「…………どうもありがとう」
……そういえばコンラットはいつからこんな風だったっけ?
確か出会った頃は、気難しくて、他人にも自分にも厳しそうなイメージがあったのに、今では、私に対してはだいたいこんな様子だ。
好かれているとは思うし、嫌では無いのだが、私以外に向けるあの高圧的な口調と態度とのギャップに、つい可笑しくなっちゃうのよね。
「あ、ひとついいですか?ララ」
「なによ」
「……殿下が呼んでます。俺はシャーリーの事への釈明だと予想してます!」
「……あの人はそんな事しないわよ。別に私も望んでないし」
「では、なんの用事だと思いますか?」
「…………」
きっとカティのところへ、行っている事についてね。
私の行動は、ローレンスの邪魔になる。いつか彼に、こうして呼び出されるのでは無いかと思っていたが、意外にも早かったように思う。
……それだけあの人も、重視している問題って事ね。
「コンラット、貴方は私の側についてくれるわよね?」
いくら弱くとも、コンラットが今は私に一番近い存在だ。ローレンスに言いくるめられたりして、私の行動を制限するような行動を取られたら厄介だ。
何となく、魔法を使って、コンラットの今縛ったばかりの黒髪を引っ張った。こうして引っ張ってみると、まるで黒い犬のしっぽを掴んでいるみたいな気分になって薄ら笑う。
コンラットは、髪を引っ張られたことに気がついて、そのまま私の方を見上げてくる。キョトンとした表情から、彼はいつもの外面のような眉間に皺のよった目つきの悪い顔をする。
「俺は、言っておいてくれれば、言われるままに動く、だけです」
「…………ねぇ、コンラット、貴方ってどうして私に敬語なの? なしで話してみてよ」
「…………話し方が高圧的だとよく言われるのでな。自覚しているのに、目上のものに対して変えないのは失礼だろ」
「そうね、確かに偉そうだわ。敬語の方がまだ可愛いわ」
「そうだと思います!俺はよく子供にも怖がられるし、怯えずに話をしてくれる女の子はララだけだから、出来るだけ、ララに不快に思われないようにしたいんです」
必死に上を向いて、話をする彼は、段々といつもの緩みきった表情へと戻っていく。これはこれでやっぱり悪く無いと思っていると、コンラットは言いづらそうに、そしてすがるように私に言う。
「……あの、ララ、俺、そろそろ首が」
「離して欲しいの?」
「……まあ、そうです」
「いいわよ。お昼にしましょうか。あ、無理して食べなくていいからね、コンラット。いやいや食べられたら食材が可哀想だわ」
「いいえ!本当に腹が減ってるから、美味しくたべます!」
「…………どんな、体してるのよ」
手を離せばコンラットは首をさすりながら立ち上がる。やっぱり立っているとちょっとした熊のように大きくて、高めのヒールを履いていても見上げる事になる。
……まあ、盾にはちょうどいいサイズ感よね。
口には出さずにそんなことを思うが、実際はどうであれ、私より強そうな外見に、多少の嫉妬がある。だからいつも素直に褒めることが出来ないのだ。
「……まあ、エスコート相手としては、ちょうどいい身長差だもの、少し見下されるぐらいなら別に嫌じゃないわ」
独り言みたいに呟いて、彼の腕に腕を絡める。コンラットは、少し目を細めて笑って、それからまた仏頂面に戻って、私達は部屋から出た。
私達が二人して難しい顔をして歩いていれば、誰も声をかけて来ない。そうすると防御魔法を張ったみたいに心がふっと楽になる気がする。
好奇の目線、悪意の目線、媚びる目線、そのどれもを無視する事が出来る、だから彼のそばはそれなりに気に入っている。
応援ありがとうございます!
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