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タイムリミットが迫ってる……らしい。10

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 まったく誠意のない謝罪に、呆れつつも、特に抵抗するような事もしない。

 ……だって、揶揄われるのが嫌なだけで、触れたって、別に問題は無いのだ。ただし、サディアスは手が冷たいので入念に温めてからにして欲しいけど。

「ダメか?……クレア」

 余裕のある声から、少しだけしょげた声になった彼に、仕方ないから、許してやろうと私が彼と視線を合わせると、ヒヤッとする手が腿に移動していて、体がビクッとはねた。

「ひっ」
「俺が君の体につけた傷跡はこれだけで十分だからな……まだ痛むか?」
「っ……べ、別に!!」

 サディアスが触れているのは、正確には、太腿は太腿だが、彼が刺した傷の部分だ。治すまでに時間がかかってしまったため自然治癒した部分が、痕を残している。

 おかげで私は膝丈より短いスカートは履けない体になったのだが、それは特に困っていない。

 ただ少し、寒くなると痛むことが、たまに、とそれから皮膚が薄くて、完全に貫かれた部分を触られると、どうにも、染みない程度に生傷をさすられている感じがするというか、痛みが来ると身構えてしまうと言うか、そんな心地なのだ。

「少し見せてくれないか?」
「嫌です!!」

 見せられない場所にある訳でもなかったし、今までも見せたことはあったのだが、今日に限っては答えは否だ!嫌である、拒否である。

「……そうか、わかった」
 
 サディアスは食い下がって来る事はなく、冷たい指先で私の傷跡をなぞる。背筋がゾワゾワするような感覚に、思わずサディアスの手を引っ掴んだ。

「さ、触るのも!だめ!」
「何故だ?」

 ……何故?!なんでって言われても、私が駄目だと言っているから駄目だ。それ以外に理由なんて特にない。

 質問する理由すら無いだろう、私が駄目だと言っているんだから、だって私の体じゃないか。

「俺のつけた傷だろう?」
「え?……えぇ」
「だから俺が触るのは自由だろ」
「う、うっそだぁ、そんなわけないよ」
「何故だ?」
「だ、だから、駄目だから駄目なんだってっ」
「駄目だから駄目? 子供みたいなこと言うな君は」

 意味の分からない問答に困惑している間にも、彼は指でなぞり、傷跡の少し皮膚が固くなっている所を指で確認するようにゆっくり撫でたり、新しくできた皮膚の柔らかい部分を爪でくっと刺激した。

 ピリッとした痛みに、私が顔を歪ませると、おもむろにちゅっと唇にキスを落とした。

「…………サディアス、ねぇ、普通今する?」
「いつ何してもいいと言ってくれたのはクレアだろ」
「そうだけど……いや、そうなんだけどさ」

 そうなんだけど、怖いよ、なんか。

 猟奇的というか、こういうのを前世ではサイコパスというのではなかっただろうかともう。そもそもサイコパスが何なのかもよく分からないが、そんな感じなのだ。

 前世の価値観で言えば、相当におかしいと思う。

「……俺は君が好きだからな」
「それと、サディアスが私を刺した傷跡を……そんな嬉しそうな顔で愛でるのは別問題でしょ」
「……」

 見上げているサディアスの表情は、愛情溢れんばかりという表情と目をしている。私がそれを指摘すれば、彼はさらに目を細めて優しく微笑み、再度キスをして離れていく。

「ねぇ、サディアス、聞いた事なかったけど、もしかして傷跡残ったの嬉しい?」
「……」

 私から離れて、適当にもう冷めきったコーヒーを飲む彼は、視線をこちらに戻して少し考えた。

 ……私はてっきり、個人戦の時からサディアスが精神的に安定したから、あまり机を叩き割ったり、しなくなったのだと思っていたけど、もしかして、これは……。

 そもそも、たまに傷跡を見せろという時点で少しおかしい。それについては、消えない跡をつけたことを心苦しく思っているのかな、なんて思っていたけれど、今日の反応を見る限り違うような気がする。

「嬉しくは無いな……ただ、安心はする」
「……なんでよ」
「いつでも君を守ろうとした事を思い出せるからな。最終手段の糸口を見ているようで、安心する」

 ……な、なるほど? 精神的に不安になった時には、ちょうどいい安定剤の代わりってことか。なんというか、びっくりな発想だ。

 はぁ、とため息が出てきた。実際、暴れないだけ、マシなのだろうか。

 精神衛生上、安定する要素が私を刺した傷跡という方が悪い事なのか、安心できるだけ良い事なのか、私にはそんなディープな状況に陥った経験がないので分からない。

「サディアスにはちゃんと力がありますわよっ!て言葉だけじゃ足りなかった?まだ心に蟠りがある?」

 個人戦の前日の夜のことを思い出して聞いてみる。私のお嬢様言葉に彼は少し反応して、それから、目元をぐりぐりと抑えつつ、こちらに来て私の隣に座る。

「違うな……俺は確かにあの時、自分の首を絞めている枷が外れたような気がした。それは確かだ。でも……急には変わらないって事、君にもわかるだろ」
「……」
「大丈夫だ。本当にいざというとき以外、君を刺したりしないし、瓶にも詰めない。ただ、少し、安心したいだけなんだ」

 その言葉に嘘は無いように思えて、力無く笑う彼にすこし納得してしまう。

 確かに人はそう簡単に変わったりしない。どんなに変えようと思ったって習慣化してしまっていれば、それを無理に変えればストレスだってかかる。

 それじゃあ……意味が無い。……無理は、しないで欲しいから。

 ……いつか、この傷跡が目立たなくなる頃には、無くなってたらいい。それまでは別に、その傷跡で安心していても、問題ないような気がしてきた。

「クレア……君が不快に思うなら治す、強引に触れて悪かった」
「…………」

 素直に謝られてしまうと、私はもう、これ以上強く言うことは出来なくて、隣で疲れた顔をしている彼の服の裾を引っ張った。

 ベットの縁に腰掛けて、自分の太腿の上にサディアスの頭を乗せる。これ一度やってみたかったんだ。なんせとっても恋人らしい。

「…………急になんだ、何がしたいんだ君は」
「疲れた顔してるなって思ってね」
「傷跡の話はもういいのか? クレア、少し気恥しいんだが」
「仰向けになって?」
「……」
「サディアス、ね、仰向け」

 サディアスの主張を無視して、再度要求を言う。彼は、眉間に皺を寄せたまま、数秒固まってそれから仰向けになった。そうすると目が合って、私の膝元にいるサディアスになんだが満足する。

「寝ちゃっていいからね」
「……また、セラピーか?」
「そうそう、私、ほっとアイマスクになるよ」
「は?……意味が……」

 先程から、目付きが悪くて、目が疲れて居そうなのが気になっていたのだ。

 どう考えても、卓上の灯りしか点けない彼の仕事スタイルのせいだと思うのだが、それを指摘しても、止めるつもりがないと言うのなら、その疲れだけでも楽になったらいいと思う。

 眼精疲労って色んな症状を引き起こすからね。

 サディアスの目元を手で覆って魔力を込める。チラチラと光が舞うがそれほど眩しいものでは無いはずなので大丈夫だろう。

 ほっとアイマスクって眼精疲労に効くって言うし、目を瞑ってれば眠くもなる一石二鳥だ。

「……意味あるのか、これ」
「目の疲れに効くよ!」
「………………そうか」

 絶対に信じていないような声でそう言って、サディアスは静かになる。きっと、反論するのも面倒になったのだろう。

 目を覆っているのと反対の手でサディアスの手を取ってこちらは体温で温める。

 ……確か、アウガスは暖かい国なんだよね?メルキシスタは寒いからオスカーは暑がりなんだってこの間ディックから聞いたし。

 だからサディアスは寒さに耐性がなく、冷え性なんだろうか。お国柄の影響を受けるなら、せめて、暑さに強いっていうポジティブな面が発揮できていたら良かったのに、特にそんな様子もなく夏もサディアスは冷え性だった。

 ……なんだか不憫で、そう思うと、サディアスはいつも貧乏くじを引いているように思う。領地からとんでもないイレギュラーが出るし、お父さんは殺されちゃうし、クラリスにはなじられるし…………初戦で私に当たるし。

 ……サディアスは私がいなければ、ローレンスに妙な工作をされることだってなかったし、初戦のスプラッタを経験することも無かったのだ。

 私がサディアスとそばにいるのは、サディアスに続く不憫な出来事のうちの一つに並ぶのではないかと思う。

「…………サディアス、寝ちゃった?」
「……」
「寝ちゃったかな……」
「……」

 それでも、そう思うのに、私はこうして今も偉そうな顔をして、サディアスを癒すだとか、楽にしてあげたいとか考えるのだ。分かっていても変えられない、それは彼の傷跡を見て安心する気持ちと同じではないだろうか。
 
 ……傲慢って、言葉がピッタリ。それがわかっていても、私はサディアスから離れようとしたり、嫌われたりする事は、やりたくない。だから……。

「……ごめんね。好きだよ」

 突然、降って湧いた罪悪感に、けりをつけるだけの謝罪をする。やっぱりサディアスは眠っているようで、返答は返ってこない。

 しばらく、目元を暖めてから、手を退けると、そこには規則正しい寝息を立てる、サディアスの顔があるだけで、今の謝罪を聞かれていなかったことに心底安心する。

 ……だって聞こえてたらサディアス、絶対問い詰めてくるもんね。

 彼がどんなことを言ってくるのか、考えつつ、硬い髪質の頭を撫でた。そうすると眠ったままサディアスは眉間に皺を寄せる。

「っ、ふふっ、あんまり眉間に皺寄せてるとおじいちゃんになった時にしわしわになっちゃうんだぞ~」

 起こさないように呟くようにして声に出しつつ、指先で皺をほぐす。

 そうすると更に深くなる皺に、妙に彼に対する愛情が込み上げてきて、夜が更けるまでそうして、眠っているサディアスをいじって遊んでいた。

 遊ぶと言っても、眼精疲労に聞くツボを押したり、手をマッサージしたぐらいなのだが次の日、寝坊するぐらい、サディアスはぐっすり眠れたようで、一時間ほど遅刻して学園に登校してきたのだった。



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