6 / 54
6 つり合い
「じゃあ、あの魔獣を使った試合をしていた貴族は摘発されて今はもう行われていないのね」
シェリルはクライドに問いかけつつもちぎったパンを口の中に運んで彼を見る。
彼は相変わらず難しい顔をしていて、眉間にしわが寄っているので険しい表情になっていた。
「ああ、そもそも精霊の守護によってこの国は魔獣の被害を免れているというのに魔獣を密輸入して娯楽のために使おうなどと精霊様がどう考えるか……それを思えば当然許されないことだとわかるはずなんだ」
「そうね、今までそういうことはなかったらしいけれど怒りを買う可能性だってあったのだから」
「その通り。ただ、正直今の騎士団に正義や常識を解いて動かそうとしても意味がない。どこでも同じことだとらしいが平和が続くと国の内側が腐敗して機能を失う」
そうは言うが、クライドは一応その騎士団に勤めていて、今回の仕事もそれに関連したものだ。
もしかするともっと早くに動くべきだと思っていたけれど、今更になってしまってそれは騎士団の腐敗によって起こった事象ということなのだろうか。
そう考えつつもシェリルはスープを口に運んで、ちょうどいい塩加減とベースになっているトマトの酸味を感じて、いいできだとペロリと唇をなめた。
「しかしあいにく、俺だけはどこでなにをしても咎められない立場なんだ。いざという時ぐらい勝手に動いて、摘発してもさすがに間違ったことをしているわけではないのだから文句なんかは言われない」
「上の人と意見が合わない状態で仕事をするのは大変ね」
「そういうわけでもない。むしろ自由にやれて好都合だったりもするし。それに……」
さらに難しい顔をして騎士団のことについて語ろうとした彼は片手間にスープを口に入れて、少し目を見開いてチラリとシェリルの方を見た。
「すごくおいしい……。せっかく今日は君も腕を振るったというのに愚痴ばかりを話していたらそぐわないか。これは君の手も加わっているのか?」
「ええ、よくわかったわね」
「そのぐらいわかる……と言いたいところだが、あてずっぽうでだった。いつか……いや、強制するつもりはないが、君の料理をたくさん食べたら君の味だとすぐにわかるようなときが来るかもしれないから、また作ってくれると……う、嬉しい?」
「どうして疑問形なの? 嬉しいならまた作るわ。料理はあんがい、立って動くから体力作りにもなると思うのよ」
「それはいいことだ。ぜひ率先してやってくれ、今の君は、抱きしめるとすっかり覆い隠せそうなほど華奢なのだしその体では体調も芳しくないだろう。俺としては暴漢に襲われた時が心配だ、相手を伸すぐらい頑強になってほしいと思う」
心底真面目にそういう彼はやっぱりニコリともしないし、それは冗談ではないらしくシェリルもそうなった自分を想像してみたが、まったくもってそんなふうになれる気もしない。
それに正直それほどかと思う。
彼に抱きしめられた時だって、シェリルは身長こそないもののしっかりと抱きしめ返せているし暴漢に襲われたって逃げ出すぐらいはできると思う。
彼がそんなに心配するほどシェリルは弱々しく無いはずだ。
「そんなに強い女性になれるかどうかはわからないけれど、いまだってなんかなるはずよ、意外と人間てやればできるものだし」
「……その根拠のない自信はどこからあふれ出てくるんだ?」
「根拠……」
さらに機嫌が悪そうな顔になって彼の中性的な顔が歪むと、なんだか酷く悪い事をしているような気分になってくるがクライドはこれで通常運転でありシェリルも長年その顔でそばに居られたので慣れっこである。
……根拠っていわれても実際、アルバーンに呼ばれて、彼を満足させるために社交に出て目が回りながらダンスを踊ったり、長時間馬車で連れまわされたこともあったわ。
けれどギリギリで大体生きているもの。そう簡単に人間、命は失わないと思うのよ。
さらには今は魔力だって潤沢にあふれているのだ。魔力とは生命力に直結する。あのころに比べたら随分とましになった状態だろう。
そうすぐに思うが、それを彼に言うとなぜだか、そういう問題ではないだろうと言われる気がして、シェリルは黙った。
彼はあんがい過保護なのだ。
こうして役目から解放されて、きっとそのうち彼のように身長も伸びて剣を握れるようになったりもするだろう。まだまだ育ち盛りでこれから……。
そう思って自分の体を見るべく視線を落とした。
「……」
「お、怒っているわけじゃない。ただどうにも君は、自分の状態を正しく認識していないんじゃないかと不安になるような言動をするものだから」
「……」
「いくら成人している歳でも体は今までの苦悩を忘れていない。どうか無理はしないと言って欲しい」
……そうよね、私、アルバーンがあまりにも普通に接して普通の人間のように扱うから気にも留めていなかったけれど、もう成人する歳でこれ以上成長する余地がないのよね。
だとすると、自分の体はあまりにも貧相で、同じ年頃でアルバーンの友人の令嬢を思いだす。
彼女はゆったりとした体つきで、けれども腰にはメリハリがあって女性らしい体型をしていた。
本来あれが正常で、あの体型が女性らしい普通のものだろう。
しかしシェリルの体にはどうだろうか、最低限の子供のような体つきである。
「…………無理はしないわ」
「そうか、そう言ってくれるだけで幾分、心持ちが違うな」
少し彼の表情が和らいで、珍しいことにシェリルはそちらに気を取られてしまう。
彼はこうして不機嫌を表に出していないときは、うっとりしてしまうぐらい美形である。
男性らしさよりも瞳が切れ長で肌がきれいで中性的な美しさがあるが、その体はバランスよく厚みがあり、女性の理想とするところの男性像にぴったりだ。
その金髪には、華やかな衣装が似合いそうだと思う反面、彼の顔面が十二分に華やかなので今の上品な刺繍だけの装飾の衣装でも彼はいるだけで映える存在である。
そしてはたと思った。もしかしてつり合い取れていないのではないか……と。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!
山田 バルス
恋愛
この屋敷は、わたしの居場所じゃない。
薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。
かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。
「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」
「ごめんなさい、すぐに……」
「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」
「……すみません」
トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。
この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。
彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。
「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」
「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」
「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」
三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。
夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。
それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。
「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」
声が震える。けれど、涙は流さなかった。
屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。
だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。
いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。
そう、小さく、けれど確かに誓った。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜
ゆうき
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。
エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。
地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。
しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。
突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。
社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。
そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。
喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。
それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……?
⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎
追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜
三崎ちさ
恋愛
メリアは王宮に勤める聖女、だった。
「真なる聖女はこの世に一人、エミリーのみ! お前はニセモノだ!」
ある日突然いきりたった王子から国外追放、そして婚約破棄もオマケのように言い渡される。
「困ったわ、追放されても生きてはいけるけど、どうやってお金を稼ごうかしら」
メリアには病気の両親がいる。王宮で聖女として働いていたのも両親の治療費のためだった。国の外には魔物がウロウロ、しかし聖女として活躍してきたメリアには魔物は大した脅威ではない。ただ心配なことは『お金の稼ぎ方』だけである。
そんな中、メリアはひょんなことから封印されていたはずの魔族と出会い、魔王のもとで働くことになる。
「頑張りますね、魔王さま!」
「……」(かわいい……)
一方、メリアを独断で追放した王子は父の激昂を招いていた。
「メリアを魔族と引き合わせるわけにはいかん!」
国王はメリアと魔族について、何か秘密があるようで……?
即オチ真面目魔王さまと両親のためにお金を稼ぎたい!ニセモノ疑惑聖女のラブコメです。
※小説家になろうさんにも掲載
幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。
たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。
彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。
『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』
「……『愛している』、ですか」
いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎