たいした苦悩じゃないのよね?

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
25 / 54

25 自滅

しおりを挟む



 応接室を出ると、ハリエットは立ち止まって、たまらずといった様子でシェリルに言った。

「っ、ありがとうございますわ、ウィルトン伯爵。わたくし……自分はなんて駄目なの人間なのだろうとずっと思い悩んできました」

 声は少し震えていて、セラフィーナも後ろんでうんうんとその言葉にうなづく。

「神様から与えられた苦難を乗り越えることもできずに、つぶれてしまいそうな自分にただ腹が立って、簡単な仕事ですらできなくてたくさんの人に迷惑をかけて……でも今は違う、わたくしはなにも間違えたことなどしていなかった……!」
「そうですわね」
「それどころか、本当に精霊様のお声を聞けているだなんてとても、とても名誉なことですわ。名誉で、誇らしいこと」

 ハリエットは手を組んでぎゅっと握る、それから満を持して、ケアリーの方へと振り返った。

 とても満たされたような自信のある笑みを浮かべて言う。

「わかってもらえたかしら? ケアリー、わたくしは、セルレアン王国の役に立つことができる……立派な……力を…………ケアリー?」

 しかし、振り返ったハリエットは、言葉尻が弱くなっていって、最終的に彼女の名前を呼んだ。

 なぜかと言えば、ケアリーの顔からは張り付けたような笑みが消えて、真顔でぎょろりとした目をハリエットの方へと向けて、口を引き結んでいるからだ。

「……誇らしく思って、くれるわよね?」

 戸惑いつつも、ハリエットは思わずぽつりとそう問いかけた。

「いやですわ。なにかの間違いだわ。精霊だなんて力だなんて、あり得ないことですもの」

 ケアリーの声は低く、まるでさげすんでいるみたいだった。

 そんな彼女の機嫌を取るかのようにハリエットはとても、無邪気に見える様な笑みを浮かべる。

「で、でも、お母さまも認めてくれて実際に精霊様との契約も、わたくしの力で━━━━」
「それはなにかの間違いですわ。はぁ、まったく、調子に乗らせるようなことをロザリンド様にはしないでいただきたい! 姫様っ! あなた様は! いいですか!」
「……」
「あなた様は! 特別な力など持っていないのです、わたくしがどんなに大切にして尽くしても王族らしい仕事の一つもこなせやしない!!」

 ケアリーはハリエットの両肩を掴んで強く揺さぶり、言葉を紡ぐ。さらに大きな声を張り上げて、まるで怒鳴りつけるかのようにハリエットに言う。

「いい加減にしてくださいませ! ここ最近は大人しくできていたでしょう!? 駄目な子供なら駄目な子供なりに、いうことを聞いて真面目にやるしかないでしょう!? わたくしに申し訳なく思ってください!!」

 肩を掴んでがくがくと揺さぶり、唾を飛ばしてハリエットにさらに怒鳴る。

「姫様っ、あなた様はどうしようもないお方です、わたくしが見捨てないでいて、こうして甲斐甲斐しく世話をされることだけが価値の、無能な王女なのですから!! 戯言をおっしゃらないでくださいませ!!」
「っ……」
「あなた様は! 兄上たちに比べて愚かでのろまで仕方のないわたくしの可愛いハリエット様なのですから!!」

 ケアリーは肩で息をしながら言い切って、その大きく見開かれた瞳でハリエットのことを凝視している。

 その瞳の奥にあるのは歪んだ独占欲だった。

 彼女が駄目な王女であることでケアリーは自分の自尊心を保ち、彼女が駄目な王女ではなくなることを受け入れられないのだろう。

 きっと始めは純粋に愛していたはずだったのに、理解できない苦悩を抱える彼女に、ケアリーだって悩んだはずなのに。それを支える献身的な自分に酔いしれて、守って叱って、愛してそこから抜け出すことができなくなってしまった強大な母性の持ち主。

 それが彼女なのだろう。

 大きな声は廊下中に響き渡り、最後に残るのはケアリーの興奮しきった息づかいだけ。

 それからしんと静まり返った廊下で、セラフィーナもシェリルも動くことができずにハリエットの動きを窺っていた。

 すると、随分と長く感じる沈黙の後に、パシンとはじけるような音が響いた。

「あなたはっ」

 それはハリエットがケアリーの手を払いのけた音だった。

 先ほどまでの呆然とした表情からくるりと替わり、苦しげな顔になり、瞳が潤み、けれども数歩離れる。それから彼女は毅然として震える吐息を吸い込んで強い声で続けた。

「わたくしに無能であり続けて言いなりになってほしいだけで、わたくしのことを本当は愛してなんか、い、いなかったのね」
「なにをおっしゃいますか、姫様。そんな━━━━」
「いいのよ。いいわ。そうだったのね。わたくしは結局その仮面に騙されていた愚かな姫なのだから。あなたが昔と変わらず愛してくれていると、信じたかったことだけを妄信していたわたくしも同じだったのだから」

 ハリエットがそう言うと、応接室の扉が内側から開き、怪訝そうな顔をしたロザリンドが佇んでいる。

 しかしそんなことは気がつかず、ハリエットの言葉にカッとなったケアリーは「わたくしに向かって、その口の聞き方はなんですか!」と興奮した口調で大きく怒鳴りつける。

 そしてハリエットの手を掴み、思い切り手を振り上げる。

 ハリエットは咄嗟に身をかがめ目をつむりシェリルも手を伸ばす。

 目の前で人を叩こうとしている人がいれば、止めようとするのは自然なことだろう。

 それはその場にいる誰もが同じだった。そして祝福を与えた精霊も同じだったのかもしれない。

 ケアリーの細く鞭のようにしなる腕がハリエットに直撃する前に、ハリエットに近づいた腕から、炎が沸き上がるようにぶわりと広がって、あっという間にケアリーの全身を包む。

 一瞬ハリエットの魔法かとも考えたが、ケアリーの全身にまとわりついては離れない炎の挙動は、普通の魔法の操作では到底できるわけもない、複雑な動きをしている。

 ケアリーの鳥の首を絞めた時のような濁音交じりの悲鳴が聞こえて、ハリエットを見る。

 彼女自身もなにが起こっているのかわかっていない様子で、ただ目を見開いていた。

 ……彼女がやったわけじゃないのなら、きっと精霊の祝福だわ! それにしてもこんなことになるなんて!! 

 そう考えつつもシェリルは大きく息を吸ってケアリーの元へと向かい、そこで水の魔法を使う。

 ジャバジャバと水は生まれてはケアリーの元へと落ちていき、彼女にまとわりついていた炎の魔法は次第にその炎を弱くして、あたりを水浸しにしながらもシェリルは魔法を使い続けた。

 久しぶりに魔力をたくさん使い、ふらりとする感覚を覚えながらも、なんとか呻いているケアリーを助け出すことに成功し「癒しの魔法が使える人をっ早く!」と叫んで、放心しているハリエットの方へと向かった。

 身近な人があんなふうになったことは、いくら自身を害している存在だったとしても堪えるだろうと思ったからだった。

 けれどもシェリルが傍によるとハリエットはハッとして声をかける。

「ウィルトン伯爵、すごく顔色が悪いわ。無理をさせてしまってごめんなさい。まさかこんなことになるだなんて……思いもよらなかったわ」

 ハリエットはシェリルの手を取って支えるようにして、言葉を紡ぐ。すぐに使用人たちが宮廷魔法使いを呼び、水の魔法の癒しをケアリーに与える。

「でも、ここまでの目に合って欲しいとは思わないけれど……今までの借りを返す手間はなくなったわね」

 そう言う彼女はすでに切り替えているのかとても、冷淡な感想だった。その切り替えの早さに、もう彼女はわかってくれたのだと思う。

 これにて一件落着と言いたいところだったけれど、それにしては結末が少々悲惨すぎて、シェリルは皮膚の焼けた匂いと魔力不足で血の気が引いて、そのまま意識を失ったのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜

三崎ちさ
恋愛
メリアは王宮に勤める聖女、だった。 「真なる聖女はこの世に一人、エミリーのみ! お前はニセモノだ!」 ある日突然いきりたった王子から国外追放、そして婚約破棄もオマケのように言い渡される。 「困ったわ、追放されても生きてはいけるけど、どうやってお金を稼ごうかしら」 メリアには病気の両親がいる。王宮で聖女として働いていたのも両親の治療費のためだった。国の外には魔物がウロウロ、しかし聖女として活躍してきたメリアには魔物は大した脅威ではない。ただ心配なことは『お金の稼ぎ方』だけである。 そんな中、メリアはひょんなことから封印されていたはずの魔族と出会い、魔王のもとで働くことになる。 「頑張りますね、魔王さま!」 「……」(かわいい……) 一方、メリアを独断で追放した王子は父の激昂を招いていた。 「メリアを魔族と引き合わせるわけにはいかん!」 国王はメリアと魔族について、何か秘密があるようで……? 即オチ真面目魔王さまと両親のためにお金を稼ぎたい!ニセモノ疑惑聖女のラブコメです。 ※小説家になろうさんにも掲載

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

修道院パラダイス

恋愛
伯爵令嬢リディアは、修道院に向かう馬車の中で思いっきり自分をののしった。 『私の馬鹿。昨日までの私って、なんて愚かだったの』 でも、いくら後悔しても無駄なのだ。馬車は監獄の異名を持つシリカ修道院に向かって走っている。そこは一度入ったら、王族でも一年間は出られない、厳しい修道院なのだ。いくら私の父が実力者でも、その決まりを変えることは出来ない。 ◇・◇・◇・・・・・・・・・・ 優秀だけど突っ走りやすいリディアの、失恋から始まる物語です。重い展開があっても、あまり暗くならないので、気楽に笑いながら読んでください。 なろうでも連載しています。

婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。 --

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

処理中です...