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25 自滅
しおりを挟む応接室を出ると、ハリエットは立ち止まって、たまらずといった様子でシェリルに言った。
「っ、ありがとうございますわ、ウィルトン伯爵。わたくし……自分はなんて駄目なの人間なのだろうとずっと思い悩んできました」
声は少し震えていて、セラフィーナも後ろんでうんうんとその言葉にうなづく。
「神様から与えられた苦難を乗り越えることもできずに、つぶれてしまいそうな自分にただ腹が立って、簡単な仕事ですらできなくてたくさんの人に迷惑をかけて……でも今は違う、わたくしはなにも間違えたことなどしていなかった……!」
「そうですわね」
「それどころか、本当に精霊様のお声を聞けているだなんてとても、とても名誉なことですわ。名誉で、誇らしいこと」
ハリエットは手を組んでぎゅっと握る、それから満を持して、ケアリーの方へと振り返った。
とても満たされたような自信のある笑みを浮かべて言う。
「わかってもらえたかしら? ケアリー、わたくしは、セルレアン王国の役に立つことができる……立派な……力を…………ケアリー?」
しかし、振り返ったハリエットは、言葉尻が弱くなっていって、最終的に彼女の名前を呼んだ。
なぜかと言えば、ケアリーの顔からは張り付けたような笑みが消えて、真顔でぎょろりとした目をハリエットの方へと向けて、口を引き結んでいるからだ。
「……誇らしく思って、くれるわよね?」
戸惑いつつも、ハリエットは思わずぽつりとそう問いかけた。
「いやですわ。なにかの間違いだわ。精霊だなんて力だなんて、あり得ないことですもの」
ケアリーの声は低く、まるでさげすんでいるみたいだった。
そんな彼女の機嫌を取るかのようにハリエットはとても、無邪気に見える様な笑みを浮かべる。
「で、でも、お母さまも認めてくれて実際に精霊様との契約も、わたくしの力で━━━━」
「それはなにかの間違いですわ。はぁ、まったく、調子に乗らせるようなことをロザリンド様にはしないでいただきたい! 姫様っ! あなた様は! いいですか!」
「……」
「あなた様は! 特別な力など持っていないのです、わたくしがどんなに大切にして尽くしても王族らしい仕事の一つもこなせやしない!!」
ケアリーはハリエットの両肩を掴んで強く揺さぶり、言葉を紡ぐ。さらに大きな声を張り上げて、まるで怒鳴りつけるかのようにハリエットに言う。
「いい加減にしてくださいませ! ここ最近は大人しくできていたでしょう!? 駄目な子供なら駄目な子供なりに、いうことを聞いて真面目にやるしかないでしょう!? わたくしに申し訳なく思ってください!!」
肩を掴んでがくがくと揺さぶり、唾を飛ばしてハリエットにさらに怒鳴る。
「姫様っ、あなた様はどうしようもないお方です、わたくしが見捨てないでいて、こうして甲斐甲斐しく世話をされることだけが価値の、無能な王女なのですから!! 戯言をおっしゃらないでくださいませ!!」
「っ……」
「あなた様は! 兄上たちに比べて愚かでのろまで仕方のないわたくしの可愛いハリエット様なのですから!!」
ケアリーは肩で息をしながら言い切って、その大きく見開かれた瞳でハリエットのことを凝視している。
その瞳の奥にあるのは歪んだ独占欲だった。
彼女が駄目な王女であることでケアリーは自分の自尊心を保ち、彼女が駄目な王女ではなくなることを受け入れられないのだろう。
きっと始めは純粋に愛していたはずだったのに、理解できない苦悩を抱える彼女に、ケアリーだって悩んだはずなのに。それを支える献身的な自分に酔いしれて、守って叱って、愛してそこから抜け出すことができなくなってしまった強大な母性の持ち主。
それが彼女なのだろう。
大きな声は廊下中に響き渡り、最後に残るのはケアリーの興奮しきった息づかいだけ。
それからしんと静まり返った廊下で、セラフィーナもシェリルも動くことができずにハリエットの動きを窺っていた。
すると、随分と長く感じる沈黙の後に、パシンとはじけるような音が響いた。
「あなたはっ」
それはハリエットがケアリーの手を払いのけた音だった。
先ほどまでの呆然とした表情からくるりと替わり、苦しげな顔になり、瞳が潤み、けれども数歩離れる。それから彼女は毅然として震える吐息を吸い込んで強い声で続けた。
「わたくしに無能であり続けて言いなりになってほしいだけで、わたくしのことを本当は愛してなんか、い、いなかったのね」
「なにをおっしゃいますか、姫様。そんな━━━━」
「いいのよ。いいわ。そうだったのね。わたくしは結局その仮面に騙されていた愚かな姫なのだから。あなたが昔と変わらず愛してくれていると、信じたかったことだけを妄信していたわたくしも同じだったのだから」
ハリエットがそう言うと、応接室の扉が内側から開き、怪訝そうな顔をしたロザリンドが佇んでいる。
しかしそんなことは気がつかず、ハリエットの言葉にカッとなったケアリーは「わたくしに向かって、その口の聞き方はなんですか!」と興奮した口調で大きく怒鳴りつける。
そしてハリエットの手を掴み、思い切り手を振り上げる。
ハリエットは咄嗟に身をかがめ目をつむりシェリルも手を伸ばす。
目の前で人を叩こうとしている人がいれば、止めようとするのは自然なことだろう。
それはその場にいる誰もが同じだった。そして祝福を与えた精霊も同じだったのかもしれない。
ケアリーの細く鞭のようにしなる腕がハリエットに直撃する前に、ハリエットに近づいた腕から、炎が沸き上がるようにぶわりと広がって、あっという間にケアリーの全身を包む。
一瞬ハリエットの魔法かとも考えたが、ケアリーの全身にまとわりついては離れない炎の挙動は、普通の魔法の操作では到底できるわけもない、複雑な動きをしている。
ケアリーの鳥の首を絞めた時のような濁音交じりの悲鳴が聞こえて、ハリエットを見る。
彼女自身もなにが起こっているのかわかっていない様子で、ただ目を見開いていた。
……彼女がやったわけじゃないのなら、きっと精霊の祝福だわ! それにしてもこんなことになるなんて!!
そう考えつつもシェリルは大きく息を吸ってケアリーの元へと向かい、そこで水の魔法を使う。
ジャバジャバと水は生まれてはケアリーの元へと落ちていき、彼女にまとわりついていた炎の魔法は次第にその炎を弱くして、あたりを水浸しにしながらもシェリルは魔法を使い続けた。
久しぶりに魔力をたくさん使い、ふらりとする感覚を覚えながらも、なんとか呻いているケアリーを助け出すことに成功し「癒しの魔法が使える人をっ早く!」と叫んで、放心しているハリエットの方へと向かった。
身近な人があんなふうになったことは、いくら自身を害している存在だったとしても堪えるだろうと思ったからだった。
けれどもシェリルが傍によるとハリエットはハッとして声をかける。
「ウィルトン伯爵、すごく顔色が悪いわ。無理をさせてしまってごめんなさい。まさかこんなことになるだなんて……思いもよらなかったわ」
ハリエットはシェリルの手を取って支えるようにして、言葉を紡ぐ。すぐに使用人たちが宮廷魔法使いを呼び、水の魔法の癒しをケアリーに与える。
「でも、ここまでの目に合って欲しいとは思わないけれど……今までの借りを返す手間はなくなったわね」
そう言う彼女はすでに切り替えているのかとても、冷淡な感想だった。その切り替えの早さに、もう彼女はわかってくれたのだと思う。
これにて一件落着と言いたいところだったけれど、それにしては結末が少々悲惨すぎて、シェリルは皮膚の焼けた匂いと魔力不足で血の気が引いて、そのまま意識を失ったのだった。
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