たいした苦悩じゃないのよね?

ぽんぽこ狸

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26 安心

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 目が覚めるとそこはまだ王城であるらしく、美しい装飾がなされた天井を見つめてそれから、人の気配を感じて視線を向けると、ものすごい剣幕でこちらを見つめているクライドの姿があった。

 その様子にどう考えても彼が怒っていることは明白であり、いつも迫力のある不機嫌顔がさらに迫力を増しているせいで、シェリルは寝起きで早速また眠りにつきたかった。

 しかし、ここは王城。そういうわけにはいかないだろう。

 つい先ほどまでの出来事を思いだせば、その事件の後処理の為これから忙しくなるはずだ。

 忙しなくなるこの場所でゆっくりとできるわけもない。

「シェリル」

 目が合ったまま静かに見つめ返しているとクライドはシェリルのことをよび手を伸ばす。

 観念して掛け布団を押し上げて起き上がり、申し訳ない気持ちを抱えつつも彼を見つめる。

 するとその伸びてきた手は、静かに前髪を払って、頬に添えられる。

「肝が冷えた。なにがあれば話し合いに向かって人が燃える事態になる」
「それは、いろいろあったというか、ね」
「怪我はなかったか? 体もまだつらいだろう、もうしばらくここで休んでいくか?」

 問いかけつつもクライドは、ベッドへと移動して半身を乗り上げて腰かけ、シェリルの肩を抱いて強く引き寄せる。

 強く抱きしめられると温かくて、まだ鼻に残っていた何かが焦げたような嫌な臭いは消えて、ほっと落ち着くことができる。

 どうやら自分はなにも思っていないと思っていたが、恐れという感情をきちんと持っていたらしい。

 ……私はあまり人が傷ついたり、戦ったりしているところを見るのが得意じゃないのね。槍試合を見に行った時も血の気が引いてしまったし。

 そう自覚して優しく響く彼の鼓動に耳を寄せて、ずっとこうしていたい気持ちに駆られた。

「……いいえ、これから王城は忙しなくなるでしょうし、ハリエット王女殿下やセラフィーナもわたくしに構う時間はないでしょうから。屋敷に戻らないと」

 それでも口は理性的に考えた結論を口走り、クライドはゆっくりと離れていく、その視線が責める様なのは未だ変わっていなかった。

「屋敷に戻ったら詳しく説明してもらうからな。俺は君がどれほど心配なのかとあれほど言ったのにこうなったのだから覚悟をしておくように」
 
 金色の瞳が鋭くシェリルのことを射貫き、彼の言葉に首を傾げた。

「どんな覚悟が必要なのかしら?」
「しばらく絶対安静にする覚悟だろう」
「難しい覚悟ね」
「難しいわけがないことだ、ただベッドで刺繍でもしていればいいのだから……そうしてくれ、シェリル」
「ごめんなさい。心配をかけて。もちろんよ」

 会話を交わしてシェリルはニコリと笑みを浮かべた。それでもまだクライドは言葉を尽くし足りないようで不満そうな顔をしていた。

 けれども帰り支度をするためと、彼の頬にキスをするためにシェリルもベットから降りて、彼に何気なく手を伸ばす。

 するとクライドも当たり前のようにシェリルの方へと体を傾けて、難なくキスをすることに成功する。

 しかしそのまま体は持ち上がり、きっちりと縦に抱え込まれて、クライドの金髪がまじかに見える。

 少し癖があって、彼の顔の華やかさに負けない美しい輝きを放っているそれは近くで見てもさらりとしていて、少し触りたくなった。

「馬車まで運ぶ。また倒れられたらたまったもんじゃないし」
「今日は人通りも多いでしょうし、多くの人に見られるのは恥ずかしいのだけれど……」
「俺は君の旦那だ。体調が悪い妻を自ら運ぶのを見られて困る理由もない」
「……そうかもしれないけれど、エントランスまでこうしていくなんて、距離があるし重く感じると思うもの」
「それほどやわじゃない」

 シェリルの懸念に逐一つんつんとした返答をする彼に、シェリルは少しだけ言葉通りに困ったと思った。

 でも確かに、そうしてはいけない理由などどこにもなくて、なんとなく首に腕を回して彼の金髪に少し触れた。

 思ったよりもしっかりとした髪質で、少し心臓がキュッとして、あんなことがあったとなのにすっかり忘れたように甘酸っぱいような気持ちになった。

 それにクライドが人前でシェリルを当たり前のように抱き上げることができること。

 そうすることをまったく苦に思わずに、周りにもそういう間柄だと思われること。それはなんだか妙に嬉しいような気がして、自分の中の綺麗だった感謝と親愛の気持ちは少し変化しているように思う。

 ……でも、あんなふうに歪んでは、いけないわよね。

 シェリルの心の中には優越感も独占欲もあるだろう。しかし、ケアリーのようにそれを満たすために誰かを貶めてはいけない。

 それは難しいことなのだろうか。そう考えるけれど、答えは出ないし、彼に抱き上げられて王城の中を進むのは恥ずかしいのか嬉しいのかわからなくなってシェリルは目をつむった。

 まだ体が疲れていたのか、クライドの歩く揺れが心地よくてまたゆっくりと眠りの海に落ちていくのだった。


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