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持つ者の義務 3
しおりを挟む「それぞれの種族は性質の違いからいがみ合い、自分たちの尊厳をまもるために戦っていた。人間は三種族の中で最も低い身体能力であり、魔法の力も聖レジスから与えられた魔力の源泉である気場に頼らなければならない」
「フム」
「必然的に人間は狩られる側としての立場に立たされた。そして弱く力のない女子供を捕食され絶望の時代を味わった」
うんうんとナオが合いの手のような相槌を打って、ナオの真剣なその姿勢に、ルシアンは苦笑して続ける。
「そんな人間の嘆きや純粋な家族を思うという気持ちに心を動かされた聖レジスは、真言を人間に与え、新たな魔法や知恵を授けた。そして、転移魔術を使ってそれぞれの種族の長を集め、話し合いで解決し、最終的に盟友の契約を結ぶことによって、このアウローラ神聖国に平穏が訪れたのだった……というお話だ」
「……つまり、そのレジスとやらは、この世界の人間が知らなかった魔法をもって争いに介入し、契約で戦争しない事を誓わせたのかな?」
何やらいい話のように語られているので、俺は不思議な気持ちになってルシアンにそう聞く。すると彼は「大体はそれで合ってるな」と返した。
「その、人間にはなかった新たな魔法とやらは、人間に使えたのかな?」
「ああ、真言を読むとある一定の人間がその能力を発現させる場合がある」
「読むだけで?」
「そうだ。人間には生まれ持ってきざまれた魂の魔法がある、これを天授魔法と呼んで、魔力を持ってさえすれば使えることが出来る。しかし、なにも生まれて無知の状態から使えるわけではないんだ」
「……」
「知識を得て初めて自分の天授魔法を使えるようになる。聖レジスはそれまでの魔法では他種族に太刀打ちできなかった人間に新たなる知識を与えて、魔法を発現させたという事だ」
「……なるほど」
……つまりは、知識がなければ魔法は使えない、そして、知識があっても才能がなければ魔法は使えない。そして人間は、他の一族より劣る存在だった。
その人間の力を底上げして、そして戦争を終わらせたのならそれは確かに、英雄かもしれないし、神なのかもしれない。しかし、そんな神が果たしているだろうか。
その時からずっと存在していて、今でも異世界人を召喚するために現れて、盟友の誓いの再契約をさせている、と。
「新しい魔法を教えてくれるなんていい神様ですねっ、僕もなにか教えてほしいですっ」
「君たちはすでに、聖レジスと契約者となることで、最も神聖な魔術である契約魔術を扱えるはずだ。それにいずれ会える、召喚者とはそういう物だからな」
「へ?……不思議ですね」
少し、嫌そうにそういうルシアンにナオはこれ以上踏み込んだことを聞かずに不思議ですねと流した。しかし、いずれ会えるというのはその盟友の誓いの再契約のタイミングなのだろうか、もしくは、なにかの比喩か。
それはわからなかった。がしかしなににしろ俺はその神がとても不気味に映った。
神様というのはもっと抽象的であり、偶像的で思想や考え方を伝えるものだと漠然と俺は感じていた。実利は無く、信じることに意味があり、より良い毎日を送るための健全な存在。
そんな、イメージだったのだ。
しかし、神は実際に現在進行形で現れるようだし、その盟友の契約だってよく考えると人間にしか徳のない契約だとしか思えない。
どうして、それ以外の種族はその契約を呑んだのだろう。そんなものが無ければ人間を食べて生きる様な存在だったのに、それを制限されてしまうのは困るはずだ。
平和なんて言ったが、人間にとっての都合のいい平和が訪れただけで正しい事かと問われれば甚だ疑問が残る。
そして、それを与えたその神らしきものは、俺からすると、神らしき”なにか”であり、人間びいきのただの特異存在ではないかとすら思う。
しかし多くの人が信じているらしいそれを否定するのは流石に得策ではないだろう。
「……宗教観は人それぞれだしな」
つぶやくようにしてそういうと、ルリアンも穏やかにそうだな、というだけで信じようとしない事に怒ったりはせず安心する。
「ソ、そうですね。それに日本人って無宗教らしいですしね」
「ああ、俺らはクリスマスも祝うし、バレンタインにはなぜかチョコを送るし、お盆には墓参りに行ってハロウィンには仮装するしな」
「なんでも、楽しい事は多い方がいいですから」
「君の年頃だとそうなんだろうな」
笑顔で言うナオにそんな風に返すと彼は、少し違和感のあるような不思議そうな顔をする。それからあっと思いだしたように「そうなんです」と俺に返した。
自分では自分の外見を見ながら喋ったりしないので、滅多に実感することは無いが俺の容姿と言った言葉がかみ合っていなかったのだろうと俺も察する。
しかし、これから出会う人間、皆がそう思うのか、この世界の人間はまったく不思議ではないのか判断が付かない。
「……なあ、ルシアン。君は俺がこんな口調だったり、今みたいなことを言うのに違和感は感じるかな?」
一応彼にも意見を聞こうと話しかければ、少し首をひねって考えてから答えた。
「やはりそれなりに違和感があるが慣れの問題だろう。ああ、しかし鬼族でも獣族でも混血の者は人間社会で暮らしていくうえで、外見通りの年齢らしく過ごすことが多いように思う」
「そうなのか」
「混血だとどのようにその種族の特性が出るのかわからないからな、軽く接して年齢なんかにあたりをつけて接するんだが、深い仲になってから話を聞くと十歳以上年上なんてことも稀にある」
なんとも不思議な話に、ちょっとそれは面白そうだななんて思ったが、上司の年齢を誤ってしまったり、取引先の女性社員の年齢がぱっと見で分からないなんて恐怖でしかないので、元の世界ではそんな厄介な体の人間がいなくてよかったと思う。
そして、こちらの世界で俺の年齢を理解してほしいと思うならそのようにアピールするしかないのだろう。あえて体の年齢に寄せてしまえば違和感は消えても、こちらがずっと演技をしなければならなくなってしまう。
……それは困るし、なにより、こんな三十路の男なのに子ども扱いなんてされたら鳥肌では済まされない。
「理解した。……俺はそのまま行くことにする。ナオも慣れてくれると嬉しい」
「はいっお兄さん」
ナオはこれまた素直に、元気よく返事をした。彼の素直なところは美徳だなと思っていると、リシャールが戻ってきて、今日のところは休んでいてよいということになったと連絡を受けた。
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