異世界召喚されて吸血鬼になったらしく、あげく元の世界に帰れそうにないんだが……人間らしく暮らしたい。

ぽんぽこ狸

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持つ者の義務 4

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 ナオの部屋から戻り、俺はルシアンと食事をとった。この世界の食事は基本的にパン中心の料理だ。馴染みがないわけでもないが、毎回重たい食事内容に俺の胃が悲鳴を上げないかが心配になってくる。

 若そうな体つきとはいえ中身は立派な三十代、食べるだけでも胃もたれを起こしてしまいそうだった。

 そんな重たい料理のくどい油をワインで流し込む。しかし、こんなにカロリーが高そうなのに物足りなさを感じてしまうのは何故だろうか。

「……」

 それに、このワインも何かが足りない。甘味、渋み、それから酸味のバランスがよく、質の良いワインのはずだがやっぱり味気ない。銀製のワイングラスを傾けながら、ワインの水色を眺める。

 艶やかな濃紅色のワインは俺の手の動きに合わせて、揺れて光を反射する。

 その動きを見ていると今日もどっと疲れたような気がしてソファーに深く沈み込む。

 ……何が足りないかってのは分からないんだよな。でも明確に何かはあるんだよな。もっとこう濃度があって、うまみもあってコクがあって……。

 そう思いついたワードのすべてに該当する料理を思い浮かべると、出汁のきいたあんかけのような気がしてくる。

 しかし、絶対にそうではないのだ。

「……」

 分かりそうでわからなくて、イライラしていると、ルシアンが俺の顔色を窺ってきた。彼は食事の皿を下げてすぐに戻ってきたところだ。それから、黙って部屋の壁際に移動する。

「……」
「……」

 ナオの部屋から戻ってきてからの俺たちはずっとこんな感じである。というのも、俺は昨日、信用はしないし気軽に話しかけるなとも言ってあるのだ。それゆえの彼なりの配慮だと思うし、無言が気まずいほど俺は、ルシアンの事を重要視するつもりもないので放置している。

 つまりはこれでまったくもって問題がないのだが、暇である。

 とにかくこの部屋には娯楽がない。本の一つでも置いておいてくれればいいのに何も置いていないし生活必需品しかないのだ。

 元の世界と違ってスマホもないしテレビもない、頼みの綱の酒もまったく回りが悪くて酔えるものじゃない。昨日はそれなりに酔っていたような気がするのに、今日に限っては意識がはっきりしすぎていて、考え事ばかりはかどってしまう。

 それでは眠るのにだって支障が出るだろう。というか、今朝よりもどんどん目が冴えてきて眠れる気がしない。それはこの鬼の体のせいなのだろうか。

 疑問は尽きない、しかし一日中この世界と元の世界の違いを見つけ続けて解決したり、納得し続けるというのは、気が滅入る作業になる。そしてそんなものは差し迫って実感する時までは考えていても仕方がない。

 人間の価値観は簡単には変わらないし、急に変えようとしても意味はない。

 つまりは、そんな考え事は今日はしたくないのだ。しかし暇というのは余計なことを考えさせる。それは、出来たら回避したい事項であった。

「……ルシアン、君も一杯どうかな、俺だけ飲んでいるというのも、なんだか気が引ける」

 そして俺は、ルシアンに声を掛けた。すべてが自分のための行動であるのにまるで彼に対する気遣いのような体を装って少し笑顔を向ける。

 そうすると彼はそばまで来て斜め向かいのソファーに座りはするが、申し訳なさそうにしながら口を開いた。

「申し訳ないが、勤務中なので自分は飲めない」
「……」

 そう真面目腐って言ったのだ。それについて腹が立つということもないが単純にそういえば、と疑問に思った。

「勤務中っていうけどな、君。いつ休暇があるんだ?交代の人間が来るような手はずになっているのかな?」
「交代要員は用意されていない。召喚者の従者は必ず一人につき一人と決まっている。それほど気軽に召喚者に接せる人間を選ぶわけにはいかないんだ」
「……それはまたどうして」
「一つの可能性として国に対する忠誠心の薄いものが、異世界の知識を使って金儲けをしようなどと考えてしまったら、色々と厄介なことになるだろう?だから出来るだけ、国の上層部、それから従者以外が関わらないような決まりになっているんだ」
「なるほど」
 
 確かに、そう言われれば納得がいくような気がした。それにもしかするとそんな事態もあったりしたのかもしれないし、自分自身もなにか元の世界での便利商品で簡単に儲けられるのならばそれも楽でよいと思ってしまうが、そんなことをされては国としては困るのだろう。

 世襲制なのに、異世界の住民が既得権益をかっさらって暴利を得ていたらそれこそ戦争になりかねない。

 ……ま、それはいいんだ、それは。

「で、つまりルシアンは俺が元の世界に帰るまで、不眠ではなくとも、不休であると言うことかな?」
「……そうであるともいえるな」
「へえ……休みたいとは思わないのかな」
「……特には。それにこれは大変名誉ある仕事だ。俺は、休みがないことなど了承してこの仕事を引き受けている、一度引き受けたからには途中で投げ出す選択肢などない」

 ルシアンはそう言って、俺の方へと視線を向ける。そんな彼の目には、使命感らしきものが宿っていて、しかしながら二日目にしてもうすでにやつれているような気がする彼を俺は鼻で笑った。

「ハッ、時代遅れな。過労死しても知らないよ」
「過労で死ぬなら本望だろう。俺には役目がある、全うするために死ぬのなら仕方がない」
「そうか、精々頑張ってくれな」

 彼の言葉に心底つまらなく思って、目をそらして酒を煽った。真面目過ぎてなにも面白くもない。それに、戦前の時代の男と話しているみたいで退屈だ。

 昔は元の世界にもこんな人間もいたのだろうと思う。

 しかし、そうまでして、個を殺してなにが人生だろうか。多くを望み、自分で勝ち取らなければならない。それこそが生きていくうえで必要なことだ。そう思うのに、自分がそれを言うのはまったくのお門違いのような気がしてならなかった。

 だってきっと俺自身は、それが多数でその方が効率よく世間になじめるのならそれらしく生きていただろうし、それに価値を見出すことに労力は惜しまなかったと思う。

 自分はそうして個をないがしろにすることに納得して、一番、その時代に合った形になっただろうという謎の自信があった。自分はそういう人間だ。

 ならば、彼だってもしかすると、俺のように世間に合わせたのかもしれないし、将又、本当にそう思っているのかもしれない。そして幸い彼は、俺に今のところ割と好意的に接してきている。

「……すまない」

 今だって俺が機嫌を悪くしたと思うと、視線を伏せて謝ってくる。だから少しだけ性根の悪い自分の好奇心を出して、ふと彼に聞いてみた。

「……君はなんでそう生きるんだ?」
「そうとはどれのことだ?」
「他人の……いや、国の使い捨ての駒になるような生き方にどうして誇りを持っている」

 普通に単純に、他にやりたいことや夢はないかと問いかければよかったのに、俺は何故か棘のある言い方をして、しかしそれにもルシアンはきちんと一度考えて、やや困ったような面持ちで言う。

「自分はただ、持つ者としての義務以外を果たすことが出来ないからだ」

 なんだか恥ずかしそうに言ったその言葉の意味を俺はすぐに理解できなくて数秒考えてもどういう意味か分からなくなってワインを一口飲んでからルシアンを見た。



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