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使命 8
しおりを挟むリヒトがしっかりと眠っていることを確認してベッドから出る。今日はまだ報告の業務が残っているので済ませなければ眠ることは出来ない。それにリシャールとの情報のすり合わせも必要になってくる。
厳しい冬がもうすぐそこまで迫っている今の時期は、暖炉の火を小さくするだけですぐに部屋が冷える。
リヒトは、鬼族で室温など気にならないだろうが、彼は空腹になると体温が下がるのを極端に気にしているので、満腹状態でも室温に気を付けておくに越したことは無い。
そう思って、まだ少しけだるい体を引きずって暖炉へ行って薪をくべて空気を送る。それに、寒さで目が覚めてしまったら、彼にリシャールとの会話を聞かれる危険性も出てくるので用心は必要だ。
……こうして眠っていると本当に子供のようだが……油断はできない。
規則正しい寝息を立てて、胎児のように体を丸めて眠っているその体勢はまるで子猫の様である。しかし白銀の吸血鬼らしい神秘的な雰囲気もある。
顔にかかっている横髪を払ってやると、リヒトはさらに小さく丸まって、眉間にしわを寄せた。
こんな風に純血の吸血鬼に関わって関係を持つとは全く想像していなかったので不思議な気持ちだが、それ以上に、仄暗い気持ちが大きくてリヒトを眺めるのをやめて、部屋を出て従者用の控室へと向かう。
そこにはすでにリシャールの姿があり、俺が彼の方へと向かう手間が省けたのだと知る。
「遅かったね。リヒト、今日は夜更かし?」
「違う……今日はなんだかうなされていてな、起きるんじゃないかと思ってみていたんだが、今はすっかり眠っている」
「そっか、ちゃんと眠ってるなら大丈夫だね」
「ああ」
リシャールは、ちらりと俺が入ってきた扉の方を見て、聞かれていない事を確認しながら、手に持っていた手紙を俺に差し出してくる。
「……泉への出発は四日後、馬車と食料の手配、泉側の調整も終わったみたい」
「了解だ。すまないな、アリスティド殿下とのやり取りを君に任せきりになってしまって」
「いいよ。ナオくんはそんなに手がかからないし、リヒトを支えるの大変でしょ?」
「……それなりにはな」
アリスティド殿下からの手紙を受け取って、そのまま机に置き、ランプの火を魔力を使って点ける。それから炎を絞って小さくして椅子に腰かけた。リシャールは、薄いクッションが敷いてあるだけの簡易ベットに座って、俺の方を向く。
「絶対、すぐ殺されると思ってたけど、案外、しぶとく生きてるよね。ルシアン」
「なんだ、自分が生きていたら不服か?」
「全然、むしろ見知った仲だし、君じゃないと面倒が増えるから死なない方がいいけど、単に不思議なだけだよ」
あまりに酷い言い草だったので嫌味も込めて聞き返すと、彼には悪意はなかったらしく素直な返答が返って来る。
こういうやつなのだとはわかっているがたまに、腹が立つのは俺の懐が狭いからじゃないだろうと思う。
「リヒトってあんまり優しいタイプじゃないでしょ。だから余計にね、ちょっと怖いところあるし、あんまり自分の考え言わないから、何考えてるかわかんないんだよね」
「……」
適当にそういう彼に、俺は先ほどのナオの事を想いだした。確かに彼もリヒトが何を考えているのかわからないと言っていたが、リシャールまでそう思っているとは知らなかった。
「自分はあまりそうは思わないな」
「なぁに? 吸血されて妙な共感でも生まれたの?」
「そうかもしれないが、それだけじゃない。こちらに来てからずっと一緒にいるしな、見えてくることもある。そちらこそ、ナオとはどうなんだ、今はつらい時期だろう? 大丈夫なのか?」
リシャールとリヒトが二人で出ている間に話をしたナオの事を思いだす。彼は、血が出るまで爪を噛んでいて、どうにも感情の起伏が激しく辛そうに見えた。
ああなった理由として、吸血鬼オレールの襲来もあったのだと思うが、そのことからリヒトがナオから距離を置いたせいも大きいと思う。
「……大丈夫ではないよ。でもリヒトにも早めにナオくんに寄り添ってあげてほしいって伝えてあるから、それを待つしかないよ。ナオくんは可哀想だけど俺たちじゃあ、召喚者の支えになってあげられないからね」
「……そうだな」
耳を下に向けて少し悲しそうに言うリシャールに俺も同意する。今は、こうしてリヒトのそばにいて従っているが、それだけが俺たちの仕事ではない。
彼らの最後に向けて、人となりや行動を把握して報告し、この儀式を成功させる義務を持っている。それが俺たちの持っている最終目標であり最優先事項である。
アリスティド殿下からの手紙にある程度目を通しながら、気になる部分について触れていく。
「泉から戻ったら、最短で儀式を始めるんだな」
「そうだね。リヒトに出来るだけ勘付かれないように、って事みたいだけど、そううまくいくわけないと思うけどね」
「それは君がリヒトに魔法の訓練なんかしているからだろう。どうするんだ、暴れられたら」
「さあ? 俺は知らないよ」
リシャールは自分の役目を理解しているはずなのに、そんな風に言って、意味深な笑みを浮かべている。
本来の慣習を破って、リヒトに戦闘を訓練し始めたのはリシャールのはずなのに、その責任を取るつもりは彼には甚だないらしい。
……俺は君のそういう適当なところが嫌いなんだ。
「この儀式に何か欠陥があったら、どうなるか分かっているだろう? リスクは出来るだけ避けなければならない」
「分かってるよ。でも、もし何かの拍子にナオくんをリヒトが殺しちゃったりしたら、一番困るよ。よく考えてみて、ナオくんがの方がこの儀式に向いてて、それに簡単に確実に遂行できる。そんなナオくんを失うのが、一番痛手だよね」
苦言を呈すると、リシャールは、説得するようにナオの有用性を説き始める。
たしかに、リヒトよりも、ナオの方が確実だというのはわかるが、そういう問題ではなく俺たちの一存で、慣例を破るという事の方がどれほど重大な事実かという事を話すべきだと思う。
「それは、そうだが━━━━
「そうだよね。じゃあ、ナオくんとリヒトを同時に儀式の間に入れるのは、危険だと思わない?」
一応、彼の言い分に納得してから、重要な話をしようとすると、同意した部分だけで話をさえぎられて、リシャールは真剣な顔をしてそんなことを言って来た。
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