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ルーン文字の意味 7
しおりを挟む……無理やりにでも沈めて後で謝罪すれば何とかなるかな?
そう考えるけれども、泉の中にいる彼らに風の魔法を使うことが出来ないので端から無理な話か。
「ナオ、大丈夫か?」
「うううっ!」
ルシアンの問いかけにナオはぶんぶんと頭を振って答える。それだけの元気があるのならばざばっと入ってさっさと出ればよいのに、そういう思い切りができないようで、彼はさらに青白くなっていく。
そんなナオを見てルシアンはふっと声を漏らして笑って、彼の両肩を押さえた。
「じゃあ、失敗しないように俺と一緒に入ろう。魔力が十分ではなくてやり直しになったら嫌だろ? 終わったらすぐに体をふいて馬車に戻ってあったまろう」
「っ、うう」
「リシャールも君が戻ってくるのを待っている、それに魔法が使えるというのは楽しいぞ」
いまだにうんと言わないナオに、ルシアンは根気強く、そして優しく説得してやり、励ますような言葉を言う。
……ルシアンは我慢強いな。
自分がしていた思考とはまったく違う行動に、俺はそんな風に思いながら、成り行きを見守る。ルシアンだって寒くて、誰かに付き合ってやるのは苦痛だろうに、よくやる。
「寒いのはほんの少しの間だけだ、大丈夫、実は魔法適正診断のツールを持ってきていてな、泉から上がったらすぐに魔法が使えるぞ」
「ううう、うう……っ?」
「ああ、本当だ。どんな魔法の適性が欲しいか考えたか?すぐに、答え合わせが出来るぞ、楽しみだな」
「ううう」
それでも歯切れの悪いナオに、ルシアンはこれまたとても根気強く声をかけ続けて、最終的には、ルシアンに抱き着いた状態でナオは、泉に浸かってカチコチになって動けなくなったが、それをルシアンが抱き上げて、馬車の方へと戻った。
そんなやり取りを俺はただ見ていただけなのだが、ルシアンは一度も一番手っ取り早くナオを折れさせる言葉を口にしなかったというのも彼の優しさから来ることなのだろうかと思う。
……これをやらなければ帰れない、それでもいいのかなって、俺はきっと三回ぐらいナオがそうすることを拒絶したら言っていたと思うんだよな。
でもルシアンはそういうことは言わない。追い詰める様なやり方をしない。
……俺にはできないな。
そう思いながら馬車へと戻った。ナオは子供のように大きなタオルにくるまれていて、ルシアンはなんてことない顔をして体をきちんと拭いてさっさと着替えてから停車している馬車の中へとナオを抱えて入っていった。
「はわわわわわわわ」
馬車の中にある魔力式ストーブの前でがくがくと震えながら、彼は変な声を出していた。それを見ながらルシアンは彼の服を近くにおいてやり、くしゃくしゃと頭を撫でた。
「よく頑張ったな、温かいお茶でも飲むか?」
「ううううん」
「っはは」
いまだに震えているナオに、ルシアンは笑ってそう答えて、魔力を注げば熱いお湯が出てくるケトルに魔力を注いで、お茶を淹れる。
俺は、ストーブの前で裸でタオルにくるまりながら温まる彼をベットに座ったまま眺めた。
……ナオはナオで確かに子供っぽい所があるけれど、ルシアンもルシアンでそういう扱いに慣れているというか、子ども扱いが板についている。
いつもながらそう感じて、ルシアンのいつだか言っていた、持つ者だとか持たない者だとか、弱者だの強者だのという話を思い出した。
その彼のくくりで行くと、彼は強者の振る舞い以外が出来ないなんて言っていたけれど、ルシアンの性格は、弱者にとっての理想の強者、分かりやすく言うと良い父親みたいな振る舞いで、能力があるのに能力主義を採用していないそんな人柄なのだった。
それとしかし、俺という人間と側にいるときはルシアンの方が弱者でありそして彼自身は、俺にそのよい父親みたいであることを求めてはこない。
自分は他人にそうしてやっているのに、そう自分がされるべきだとは主張せずに、俺に命を差し出してくれる。
理由を考えたことは多くあったが、いつだって答えにたどり着いたこともない。彼の言う許可を求めたから、というのは俺にとっては、完全に納得いく答えではない。それではまるでつり合いが取れないのだ。
俺だって、聞いた。確かに、人の献身が欲しくて、そうしたけれども。そうならなくても一応は生理現象として彼を食べていただろうし、それをしないと彼が俺を拒否するのかもよくわからない。
どこかにあるはずのその理由を、俺はしょっちゅう探している。
「あああありりゃとう、ごさます」
「くくっ、震えがとまらないな」
「うううううう」
ミルクの沢山入った、丁度良い暖かさのお茶をナオは受け取って、震えながらお礼を言う。それをルシアンが笑いながら少し揶揄って、とても朗らかな光景だった。
それから、ナオは震えが治まるまでそうしていて、すっかりお茶も飲み干してから、立ち上がってタオルを取った。それから着替えようとするのを俺はなんとなく惰性で視界に収めていた。
丁寧にタオルをたたんで、一糸まとわぬ姿から、衣類に手を伸ばして身を翻す。そうすると彼の尾てい骨のあたりに丸い、刺青のようなものが見えた。
丸く円が描かれて、内側にはなにか文字が羅列されている。文字のさらに内側にはまた小さな円があって気が学模様が映されていた。
「……なお、君それ」
口に出してすぐに立ち上がってから、声をかけた。よく見るとそれは刺青ではなく、最初にルシアンから教わった時以外に、まったく使う要素の無かった血盟魔術の対象物に浮き出る刻印だった。
刻印の内側の文字の羅列は、よく見るとサラからヒントとして与えられた情報であるルーン文字だった。
ナオからルーン文字だと教えられてから、今に至るまで使えるところがないか気を張って生活していたので、紙を見なくてもその文字の意味を俺は理解することが出来るようにまでなった。
そして、そのナオにきざまれている刻印の意味を咄嗟に解読した。
「?……な、なんかついてますか」
俺の視線に気が付いてナオは、自分の背中を見ようと体をひねって振り返るが、上手く見えないようで首をかしげる。そんな彼に、ルシアンがそばに来て「早く服を着た方がいい」と促した。
すぐに隠されるが、その意味を組み合わせると、理解してしまった。
それは頭をガツンと殴られた時のような衝撃で、しかしただ冷静に何度もその意味を考え直した。
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