大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸

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1 婚約解消

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 美しい紺碧の目を持ったプリンセス。

 彼女はオフェーリアと向き合いながらも慈愛に満ちた表情で自分の下腹部をゆっくりと撫でた。

「だから、あなたが何と言おうと、遅いのよ。レピード公爵家には認めなければいけない責任があるし、私ももう取り返しがつかない」

 彼女の名前はベアトリーチェ、この国の王女であり近々、他国への嫁入りが決まっていた。

「父と母も私のことを許してくれたわ。この子を祝福してくれている。後はあなただけなの。オフェーリア」
「…………」
「頼む。君だって小さな命を己の執着心で摘み取るほど罪深い女じゃないよな?」
「そうよ。子供を愛おしいと思う気持ちが、あなただって女だものわかるわよね?」
「まだ生まれていなくても何にも代えがたい、素晴らしいものだ。わかってくれ、オフェーリア、婚約を解消しよう」

 婚約者のジラルドもベアトリーチェに続いて言葉を紡ぐ。

 彼女を守るように寄り添って、婚約解消を告げる姿に今までの彼との思い出が急速に色を失って、くだらないものだったような気がしてくる。

 そもそも、なぜ彼は彼女と寄り添って側にいるのだろう。

「ジラルド……ありがとう、そう言ってくれて、私、嬉しい」
「そんな、良いんだ。ベアトリーチェ。たとえ、君が他国に嫁ぐ運命だったとしてもそんなものは跳ねのけてこの子と三人で幸せに暮らそう」
「っ! っええ! ええ! 絶対よ!」

 ひしっと抱き合う二人は、目じりに涙を浮かべていて、傍から見ればとても美しい光景だ。

 しかし当こと者となってしまったオフェーリアは、呆然自失でくらくらしていた。

 ただ、心臓がどっどっと鳴り響いて嫌な汗をかいて慎重に言葉を選んでいった。

「……なるほど、状況は理解いたしました。ご懐妊おめでとうございます」
「! ありがとう、オフェーリア。良かった私、あなたに祝福してもらえ━━━━」
「それで、早速ですがレピード公爵家とわたくしの実家の共同こと業についての話に移っても構いませんか?」

 早口でお祝いを述べてそれから、感動をあらわにしようとしているベアトリーチェに対して、オフェーリアは焦った様子で言った。

 とにもかくにも、重要なのはそこだ!

 というかむしろそこ以外はまったく重要ではないと言い換えても問題ない。

 婚約解消なんて言われなくてもこちらから申し込むぐらいだ。

「主にわたくしが仕切っていた話ですが、まお互いの領地をつなぐ街道の話、それから魔法に関する共同研究、新しい作物の開発に新規こと業の導入、それらはわたくしとあなたの婚姻にあわせて行われていましたのよ?」
「……」
「……」

 オフェーリアが一番重要なことについて話し出すと、彼らは途端にキョトンとしたような顔で黙り込んで、その様子は二人して無垢な子供にでもなったみたいだった。

 オフェーリアは呼吸も忘れて、続けて言った。

「お互いの領地の交通を便利にすることでどういう利点があるか、そのお話はきちんとしたはずですわ。
 それに伴う出資も準備も、融資の話もまとめてありますのよ。研究に対してはどういう補填を考えていますの?
 レピード公爵家お抱えの魔法使いたちには、研究の成果によって生まれる魔法道具の収益を報酬にするという話をしていますわよね。しかしここで計画が頓挫しては、報酬も何もありませんわ。
 そのほかにも、ここで終わらせては何も利益を生まないこと業が山ほどありますわ」

 勢いに任せて、オフェーリアはテーブルに手をついて、目の前にいる彼らに言い募る。

 無意識に体が浮いて、必至になって訴えかけていた。

「愛を突き通すのは結構、けれどそのことによる損失は計り知れないことはわかっているでしょう!?」

 テーブルをどんと叩いて、口にする。彼らは言葉を返さない。

 ベアトリーチェの侍女が姫をかばうように少し前に出てきた。

「だからこそ、その損失を被らないために、わたくしはわたくしの権利を行使して、損害賠償を請求するのは当然のことですのよ?」
「……それは……」

 オフェーリアの最後の言葉に、ベアトリーチェは小さくつぶやくようにそう口にして、それからチラリとジラルドに視線を向ける。

「でも、その損害賠償を請求するにしても、あなた達が誠意を見せてくれる支払い方をしてくれないことには、わたくしは大損をしてしまいますの」

 契約上、請求は出来る。しかし問題は、レピード公爵家に支払い能力があるかどうかということだ。

もうすぐ嫁ぐ予定だった王女を孕ませたのだから、彼はベアトリーチェの婚約者にも賠償金を支払う必要がある。

 国同士の決めことを放棄したその代償はいくらレピード公爵家だからと言ってもそうやすやすと払えるものではないだろう。

 だから、先に前もってオフェーリアに誠意を見せて欲しい。申し訳ないと思うのならばその補填をして欲しい。

 それをわかっているはずだと思いながらもオフェーリアは最後に言う。

「ですからきちんとした話し合いを。一体どのようにして、各方面への損害を賠償するつもりですの?」

 少し落ち着きを取り戻すために深く呼吸をして、それから彼らに問いかけるような形で言ったのだった。



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