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しおりを挟む側近という立場は捨てて、夫になるために努力が必要なんだそうだ。
……側近でも夫でも、ロイはロイですわ。ただそれに加えて立場の変化から主張できることが増えるだけですの。
リディアは結婚をそういう風にとらえているし、夫婦の形など十人十色だ。お父さまとお母さまのような夫婦もいれば、ディアドリーとエルトンのような夫婦もいる。
だからこそリディアと結婚しても苦痛がないだけの愛情を向けているロイと、それに応えるだけというリディアとロイのような形の結婚があってもいいだろう。
もちろん搾取するつもりはない。ただ、リディアは普通の夫婦らしくしてほしいとはロイには望まない。
「私が上手く家族をやれるとは思いませんが……頑張ってみます」
「……そうね……」
意気込んでリディアを見つめるロイに、リディアは気のない返事をした。
リディアは正直、あまり納得できない話だったので、彼がどうして頑張るのか理由を見つけられない。
しいて言うならば、体裁の為だろうか。普通の夫婦だと体裁を整えるためにそういう風にするのかもしれない。
「手始めに呼び方だけでも変えてみます」
「ええ」
それならば普段慣れない事をする前に、練習が必要だというのもわかる。頷いて、口を挟まずにいればロイは丁寧にリディアを呼んだ。
「……リディ」
彼の唇から紡がれる言葉は、愛の言葉でもなんでもなかったのに、妙にこそばゆくて胸の奥がむずむずする。
それにまさか愛称の方で呼ばれるとは思ってないかったリディアは、ふいを突かれて、変に心臓の音が早くなって、不整脈を疑った。
「……どうでしょうか?」
「どうと言われましても、名前を呼ばれただけですし、なんとも」
「そ、そうですよね。申し訳ありません、一人で勝手に緊張してしまって」
妙な心地ではあったがなんとなく癪に障ったので、リディアは平然を装って、照れ笑いをするロイにつんとした態度で返した。
しかし、それでも普段からそう呼ばれるものやぶさかではないと思う。
この結婚はロイからの告白があって、その好意は都合が良いから成立しているものだ。ロイに対する恋慕の気持ちなどリディアは端から持ち合わせていない。
「ただ、やっと呼べました。あの日以来、側近以上の距離に踏み込むことが出来ませんでしたので」
「……そういえば、あの出来事のどこが恥ずかしいんですの?」
最後にそう言った彼にリディアは、リディアがお嬢様と呼ばれることになった件の話を持ち出した。
すると彼はまた思い出したように赤くなって、口元をかくした。
けれどもやっぱりロイがどうしてそんなに気にしているのかわからない。それに踏み込みたければ、婚約者を決める前にどんどん踏み込んで来ればよかったのだ。
リディアはどうして彼が何の障害もなかったのに、一人で気持ちをひた隠しにしてきたのかまったくわからなかった。
「……取り乱して、貴方様の前で泣いたでしょう、私」
「うん、そうね」
「それに怒ったり怒鳴ったりして……考えるだけでも、は、恥ずかしい。私の今はどんなに取り繕えても、貴方様の前で幼い未熟な姿を晒してしまったことを考えると羞恥心が抑えられなくて……」
そういう彼は、リディアよりも身長が高いし、歳だって上だし、立派な貴族だ。
鍛えているというほどではなくても体力作りはしている様子で、少なくとも深酒のせいで不健康そうであったオーウェンよりもずっと活力のある男性らしい。
丁度後ろに控えているのに持ってこいの美男子だし、人懐こい笑みを持っているし、リディアが怖がらせてしまう相手にも優しく対応してくれるし、いいとこだらけだ。
そんなちゃんとした男性なのに、幼いころのたった一度の、リディアに対する失敗がコンプレックスだなんて真面目過ぎるだろう。
それに散々感情的になって、婚約者に仕返ししたり、公爵に食ってかかったりするリディアに比べれば、可愛いものである。
「でもあの事があったからこそ、お慕いしています、リディ」
「……」
顔を赤くしたままうっとりと笑う彼に言われて、やっぱり、けなげだとリディアは思った。
しかし、けなげで優しく真面目で、尽くす愛情が彼にはあるが、その情はどこかリディアには現実味がない。
それが何故かわかるほどリディアも恋愛に詳しくないので何とも言えないが、違和感だけはあるのだった。
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