私の通り名が暴君シッターでした。

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
3 / 42

3

しおりを挟む



 その日の夜、王宮の自室に戻ったが、すぐにどうにも落ち着かなくなってカイの部屋を訪れた。

 舞踏会の時に言われた言葉がずっと引っかかっていて、そんなはずないという気持ちの方が間違いではないという事を確認したくて、ふてくされてしまったカイのそばに寄った。

「カイ、公爵閣下には明日にでも謝罪の手紙を書こうね」

 優しくそんな風に声をかけながら、昼と同じようにソファーに寝っ転がって本を読む彼に、目線を合わせるようにドレスを整えながらも膝をついた。

 しかしカイはまったく私の言葉に耳を貸さずに、無言のまま戦記物語を読みふけっている。

「大丈夫、今日は途中で放棄する形になってしまったけれどカイはまだ成人もしていない王族だもの皆も許してくれる」
「……」
「だから、次からうまくやればいいよ。きっとできる、私……」

 励ますような言葉を続ける。しかし、シッターのようだと言われた言葉がちらついて自分の口調も言葉も、子供の機嫌をとるようなものではないかと疑問に思った。

「私、あなたを信じてるから、次の舞踏会には完璧に挨拶をこなして、皆をあっと驚かせましょう?」
「……」

 ……あれ……ああ、完全に怒っているというか……。

 何かに気がついてしまいそうだった。しかし、私はそれを無視して言葉を続けようとした。

 けれどもおもむろに起き上がったカイは、完全に無視するように私に視線も向けずに分厚い小説を投げつけた。

「っ」

 バシッと顔に直撃して驚いて硬直するが、それも無視して彼は大股でずんずん歩いてベッドに向かっていく。

 …………。

 布団に入って今度はふて寝を始めるカイを呆然と見つめて、鼻がじんじん痛んで妙に腑に落ちてしまうような感覚を覚えた。

 しかし、それを認めるのはあまりにも難しくて、うまく処理できずに私は戦記物語を抱えたまま首をかしげて、それからずっと頭がぼんやりしたまま過ごしたのだった。





 しばらくカイに接触しないまま、ぼんやりしながら次の舞踏会までの日々を過ごした。

 なにも手につかなくて、あの日に言われたことが頭の中をぐるぐると回っていた。

 いつの間にか舞踏会の日がやってきて、自分の準備をせっせと終えて彼の側近からの救援要請にも対応せずに一人で会場に向かった。

 舞踏会はいつもよりも数時間遅れての開催となり、待たされた貴族たちの雰囲気は最悪だった。

 その会場の中で、私はカイの事をフォローするために立ち回るのではなく彼を探した。
 
 彼とはヴィクトアの事だ。

 彼は若い貴族の中では一番権力をもっている。きっと彼が私の事をあんな風に言っているから、周りの貴族たちも同調して暴君シッターなどという不名誉な通り名を言っているに違いない。

 だから彼に訂正してもらえば、そんな話はなくなる。そう考えていた。

 目立つ赤髪をしているので、彼は多くの貴族の中からすぐに見つかった。

 声をかけようと近寄るが、彼の周りには付き従うように二人の男性がいて普段なら身内で楽しく話をしているところに割って入ったりしない。

 そういう事をするのはあまり得意ではないけれど、そんなことは言っていられなかった。

「……あのっフェルステル公爵閣下!」

 気がついてもらえるように彼を呼ぶ。私は彼と親しくはないのでファーストネームで呼ぶようなことはできない。

 彼は私の声にすぐ反射するように振り向いた。その鋭い瞳が私をとらえて周りの貴族たちも珍しく他人に声をかけた私の動きに歓談しながらも注意を払っている様子だった。

「フェリシア!!」

 しかし、私の意思とは裏腹に真後ろからカイの声がして、気がつくときつく二の腕を掴まれていて、耳元に向かって彼が叫んだ。

「なんで俺様に声をかけないんだよ!!」

 どうやら貴族たちが注目していたのは私の動きではなく、カイの動きだったようだと気がつく。

 それと同時に耳がキンとして痛みが走る。酷い耳鳴りがして振り向くと彼はまた癇癪を起こしているのだとわかる子供っぽい目をしていた。

 始めに私を無視して接触を絶っていたのはカイなのに今日この場で自分に声をかけに来なかったことを酷く怒っている様子だった。

「フェリシアは俺の婚約者だろっ!!」

 続けて耳元で叫ばれてからだが硬直する。

 私の方が年上とはいえ、一つしか違わない。そんな相手にこんなことをされては恐怖を感じるということは、今の頭に血がのぼっているカイではわからないのだろう。

「俺が無視してたら何が悪かったが考えて、ちゃんと反省して機嫌をとってくれないと駄目なんだぞ!」

 そのまま肩を掴まれてがくがくと揺らされた目が回って、目を血走らせて愛情の上に胡坐をかき、私という人間を保護者か何かだと勘違いしている男が必死に自分の主張をしていた。

 ……ああ、なんだ。

 ふと頭の中には冷静な自分がいた。

 冷却期間を置いていつもの通りに、冷静になって両親に言われた通りにちゃんと彼の婚約者を成し遂げられるつもりでいたのに、その気持ちはあっけなく崩壊した。

 すでにヴィクトアの言葉によってずっと前からヒビは入っていたのだと思う。

 でもそのヒビを埋めるために今日、ヴィクトアにあの言葉を訂正してもらえば、まだ何とかやっていけるはずだった。

 しかし音を立ててガラガラと気持ちは崩れてなくなってしまう。残ったのは妙な喪失感で愛情が失われる瞬間は一瞬なのだと悲しくなった。

「それをなんだ、俺が冷たくしたらすぐに他の男に……声をかけたりして……」

 カイは段々と勢いを失わせていって、どうしたらいいのかわからなくなってしまったまま、私はそれを疑問に思って彼の視線の先を見た。

 そこにいるのは意外なことに……というか、先ほどまで声をかけようとしていたから当然なのだが、ヴィクトアがいて彼は冷静な顔をしていたけれども、その瞳には軽蔑の色が浮かんでいた。

「……女性にそんな風に手をあげるもんじゃねぇだろ」

 つぶやくように言って私の手を引いた。

 そのまま一歩踏み出してカイから離れると、カイはなんだか今までよりもずっと小さく感じた。

「ま、他人の婚約関係に口だすほど野暮じゃなねぇし……婚約者を子ども扱いして甘やかすだけのあんたもあんただと思うしな」
「……」

 呟くような声で言われて、やはりヴィクトアの批判はカイにだけではなく私自身にも向いているのだとわかる。

「何を俺様のフェリシアに言ってんだ! 行くぞ! こんなバカバカしい集まりもう二度と参加するもんか!」

 ヴィクトアの声はカイには聞こえてはいなかったものの、何かつぶやいた事だけはわかった様子で、勢いを失っていたカイは、また怒りだし乱暴に私の手を取ろうとする。

 彼らのどちらの言葉にも反応を返せないでいる私に、ヴィクトアは更に続けて言った。

「ただ、そのままでいいのか?」

 その小さな問いかけは、ヴィクトアはそのままではよくないと思っているという彼なりの言葉だと理解できた。

 それは悪意からくる言葉ではないと、直感的に理解できる言葉だった。
 
 カイに手を掴まれて数歩進む。

 こんな集まりとカイは言ったが、社交の場を儲けて情報交換をすることだって、こうして豪華絢爛な舞踏会を開くことによって権力を示すことだって立派な仕事だ。

 そうして何回も言い聞かせてきたし、理解して進まなければ、カイに未来はない、彼は国王になるのだ。

 カイに失望してカイの治世など認めないという人間が多数になった時、今の王族は終わりを迎える。

 それは私も彼も望む未来ではない。

 そして私がカイのそばにいることでそれを助長しているだけなのだとしたら……。

「……待って」

 手を振り払ってその場に踏みとどまった。
 
 今まで彼を傷つけないように、彼がどうにか機嫌よく公務を勧められるように努力を続けてきた。

 お互いに良い方向に向かうために。

 しかし私ではいっこうにそうできる気配もないし、傍から見てこのままではよくないと思われるまで来てしまった。
 
「私、もうこれ以上、あなたのわがままや横暴に付き合ってあげることは出来ない」
「何言ってるフェリシア! お前は俺のでずっと俺のそばにっ━━━━」

 パンッと歯切れのよい音が響いた。周りからいつの間にか朗らかなワルツの音も貴族たちの歓談も消えていてしんと静まり返っていた。

「この婚約! 一度、白紙に戻しましょう。……私たち一緒にいても、いいことはない」

 カイは初めて受けた頬の痛みに驚いたまま固まっていて、今まで散々私に乱暴をしていたのに、自分は頬を打たれただけで子供のように涙を瞳に浮かべて傷ついたように私を見た。

「フェ、フェリシア……?」
「……」
「嘘だろ。だって、お前は特別な、聖女で、王族に必要な……」
「私の義務はすでに果たしきっている、だから、あなたの為にも私の為にも選択をさせてもらいます」

 婚約破棄、それは私の中に常にあった選択肢だ。私は治療が必要な人の為に、婚約して準王族という形で国王陛下に聖女の力を使っていた。

 だからこそその義務が終わっている今は、私は自分の選択で彼の元を去ることが出来る。

 そのことだってきちんと伝えていたはずだ。それをまったく取り合わずに、ありえない事だと思い込んでいたのはカイだけだ。

「……」

 私の言葉に言い返すことができなかったらしい彼は黙り込んで、自分が被害者かのように俯いて静かに涙をこぼした。

 これが嘘でないことはわかる。けれどももう、手遅れだ。

 カイは私を信じて無償の愛情の上で暴れまわりすぎたし、私は誰かを育て導くということが向いていなかった。

「……さよなら。手続きは私が勧めるから」

 それだけ言い終えて、私はカイを置いて身を翻した。

 こうして置いていっても、カイが追いかけてきて何かを提案したり自分から更生すると言い出したりはできない人間だと私は知っている。

 ただいつも愛情を口を開けて待っているだけの幼子にも等しい人なのだ。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

欲深い聖女のなれの果ては

あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。 その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。 しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。 これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。 ※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

運命の番より真実の愛が欲しい

サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。 ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。 しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。 運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。 それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。

公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました

歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と 罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、 エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」 辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。 商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。 元夫が「戻ってこい」と泣きつくが—— 「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」

世界の現実は、理不尽で残酷だ――平等など存在しない

鷹 綾
恋愛
「学園内は、身分に関係なく平等であるべきです」 その“正義”が、王国を崩しかけた。 王太子ルイスは、貴族学院で平民出身の聖女マリアがいじめられたと信じ、 婚約者である公爵令嬢アリエノール・ダキテーヌを断罪し、婚約破棄を宣言する。 だが―― たとえそれが事実であったとしても、 それは婚約破棄の正当な理由にはならなかった。 貴族社会において、婚約とは恋愛ではない。 それは契約であり、権力であり、国家の均衡そのものだ。 「世界は、残酷で不平等なのです」 その現実を理解しないまま振るわれた“善意の正義”は、 王太子の廃嫡、聖女の幽閉、王家と公爵家の決定的な断絶を招く。 婚約破棄は恋愛劇では終わらない。 それは、国家が牙を剥く瞬間だ。 本作は、 「いじめられたという事実があっても、それは免罪符にはならない」 「平等を信じた者が、最も残酷な結末に辿り着く」 そんな現実を、徹底して描く。 ――これは、ざまぁではない。 誰も救われない、残酷な現実の物語である。 ※本作は中世ヨーロッパをモデルにしたフィクションです。  学園制度・男女共学などは史実とは異なりますが、  権力構造と政治的判断の冷酷さを重視して描いています。 ---

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

処理中です...