12 / 42
12
しおりを挟むこの屋敷に来てから一週間ほどたった。
初日にやらかしてからは、随分と忙しなく日々を過ごしていて、お医者様に色々な検査をしてもらったり、結婚してからの挨拶になってしまった義両親にも面会をすることが出来た。
義両親とは言っても、このフェルステル公爵家は、ヴィクトアの母であり爵位を持っていた女性であるクローディアはすでに他界しており、義父であり入り婿のフォルクハルトしか居ない。
彼は普段、王都にあるこのタウンハウスではなく、フェルステル公爵領にある本邸の方に住んでいるらしい。
フォルクハルト様は息子の結婚を聞いて駆けつけて祝福すると同時に、領地の事についてヴィクトアと仕事の話もしている様子だった。
彼らがしている話にこれからは私も混じれるように聞きつつ食事をとったり、新しい生活を整えているとあっという間に一週間たってしまっていた。
そして一週間を終えてみて、この部屋で過ごすのにも慣れてきたころに、実家の両親から手紙が届いているのを見て、あっ……と初日に考えていた計画がすべてパァになっていることに今更ながら気がついた。
どうして今日までの間に、私の両親の話が一切出なかったのか不思議に思ったが、よく考えてみれば実家に戻った途端にヴィクトアにすぐに住まいを移して結婚をしてほしいと申し込んだのは私だ。
今日まで接してみてヴィクトアはとても頭の切れる人だとわかった。そんな彼が私が結婚を急いだ理由に気がつかないわけがない。
きっと意図的にその事について触れずにいたのだと思う。
……これは……どうしよう。……今更ながら、言うべき?
そう考えるが、今更、彼に対して不都合を明かすということは、彼に今まで隠してずっと接していたと思われても仕方がない。
頭に思い浮かぶのはあの日に怒っていた彼の姿だ。
怒られるのが怖いというか、今更ながらヴィクトアに冷たい態度をとられることが怖い。
でも何度手紙を読み返しても、両親は私に治療をさせる気満々で、手紙だけで断るのは難しいというのはわかる。
どうしてあの時、きちんと断ってきっぱりと言って出てこなかったのだろうと悔やまれるが、それが自分にできたとも思えない。
手紙を持つ手がプルプルと震えてしまって「うぅ」と鈍いうめき声を漏らした。
頭を抱えたい気分だったが、今日はこれからヴィクトアとフォルクハルト様と昼食を食べてそれから色々と予定もある。
ヴィクトアに話をする時間もないし、どうにかする手立ても思い浮かばない。
しかし自分一人でこの問題を片づけられる気がしなくて私は顔をあげて部屋の掃除をしていたティアナに声をかけた。
「……ティアナ。つかぬこと聞くけど、その、ヴィクトアはやっぱりミスを隠していた部下や使用人には怒ったりする?」
私が青い顔のまま問いかけると彼女は、首を傾げたまま、こちらにやってきて、はたきを持ったままの手で腕を組んで考えた。
「う~ん。そうですね! ヴィクトア様は気さくな方ですけどやっぱり怒ると怖いです!」
「そうだよね。……そうだと思う」
「それに、隠していたとなるとそりゃもう怒りますよ! 問題は早期解決! 自分でできない事は他人に聞く! 頼る!って使用人たちにも言い聞かせていますし!」
彼女ははきはきと答えて、私はその言葉にさらに胃が痛くなる思いだった。
彼はあの若さで立派にお母さまが亡くなったあときちんと爵位をついで若い貴族の中では一番力を持っている有力な貴族だ。
つまりはとってもできる人。
そんな人に不都合をかくして近寄ってさらには結婚したとなると相当怒るに違いない。
「それにこれは、フェリシア様だからいうんですけど、雨の日はいつもの三倍機嫌が悪いです!」
「……雨の日?」
聞き返すと彼女はこっそりと声を潜めてさらに続けた。
「はい。頭が痛くなってしまうそうです。これから雨の続く季節が来ますから、いつもより眼光が鋭くなって怖いんですよ」
言いながら彼女は窓の外を見た。たしかに今日も雨がしとしとと降っていてもうそんな季節かと思う。
しかし雨で頭が痛くなるという人はたまにいるが、彼もその部類なんだろう。他人が思うよりも辛いと聞くし、少し不憫だ。
「フェリシア様は、そういったことは無いですか?」
続けて聞かれて、これからの季節の為に彼女が私の侍女として気遣おうとしてくれているのだとわかった。
なので私も丁寧に答える。
「いいえ……私は、雨、好きだよ」
「雨が好き、ですか」
「うん。だって気持ちがいいし、あがるときには虹が出るかもしれないから」
「……なるほどです」
言いながら窓の外を見た。今日は虹が出るだろうか。雲が暗く立ち込めている空でも晴れわたれば太陽がそこにある。
いつもあって見慣れている太陽も雨が上がった後は格別綺麗で、そのために雨が降るのかもしれないと思うほどだ。
けれど、雨で頭が痛くなってしまう彼はそうは思わないだろう。私の力で癒してあげられたら彼も虹が出るのを楽しみにしてくれるだろうか。
そう頭の中で夢想したけれど、そうなるには私がなんの女神の聖女か明かさなければならないし、それに伴って抱えている両親の問題も解決した後でなければならない。
それは遠い未来の事のような気がして、机に視線を戻して、両親に今はまだ忙しいからと事を先延ばしにするような返信を書いた。
結局のところ私は、両親にもヴィクトアにもいい顔をしたいだけの仕方のない人間だ。しかし、もう少しだけとわがままを言ってその醜さを見ないふりして過ごすことにした。
55
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
欲深い聖女のなれの果ては
あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。
その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。
しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。
これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。
※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
運命の番より真実の愛が欲しい
サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。
ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。
しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。
運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。
それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。
公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました
歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と
罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが
やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、
エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」
辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。
商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。
元夫が「戻ってこい」と泣きつくが——
「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」
叶えられた前世の願い
レクフル
ファンタジー
「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる