私の通り名が暴君シッターでした。

ぽんぽこ狸

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 ふらふらとした足取りでこちらにやってくる。夕暮れの日の光だけが差し込む部屋の中、逆光になっていてカイの顔はよく見えなかった。

 ぐっと踏み込んでカイは突然、振りかぶった。

「っ、ふっ」

 短く息を吐いて魔法を使う。

 大ぶりの拳をよけてから、彼の肩にめがけて岩つぶてを飛ばす。至近距離であったためにすぐにヒットして「ぐっ!」と彼は鈍い声を漏らしてよろめいた。

 カイだって魔法を持っている王族であるはずなのに情けない。こんなことでは到底、刺客を返り討ちになんて出来ないだろう。

 簡単に殺されてしまっては困るのだ。そうなったらフェリシアは不憫だし、私が罪のない人まで殺したことになってしまう。

「弱過ぎです! へなちょこパンチなんて効きませんよ、馬鹿ですか?」
「っ、俺様は馬鹿じゃない! いったいなんなんだお前、急に現れたと思ったらお母さんを殺して、何で俺にずっと構う!! いい加減にしろよッ!!」

 ……怒り方までへなちょこ子供っぽいですね。

「どいつもこいつも何が責務だ!! お母さんがいないなら俺はもう王太子なんてやってられない!! ほっといてくれ! お前らめんどくさいんだ!! 死ねよ!」

 ……死ねって。

 カイの罵り文句に呆れてしまって私は、はぁとため息をついた。

 これはいよいよ本当にだめかもしれない。

 この歳でこんなに自己中で、わがままで、周りが見えないのならば、もしかすると救いようがないかもしれない。

 せっかくエリカを殺して、べったりと干渉されていた彼だけは良い方向に向かうことが出来るかもしれないと思ったけれど、所詮はやはりエリカの子供だったという事か。

「何でこんなことになったんだよ!! お前のせいだろ、責任取れよ!! 責任取ってあとは全部お前が好きに何でもやればいいじゃんか、俺にかまうな!!」

 それが出来たら王族は苦労しないのだ。簡単に責務を放棄できない。

 だからこその暮らしや恩恵を受けているにも関わらずに、それらを見て見ぬふりをしていけばいつか掌を返される。

 そうなってから今の生活を取り戻すことはできない。

「私のせいではありません。カイの今の状況は全部、カイのせいですよ。そんなに悲しんでいても誰も慰めないし、誰も貴方を助けない」
「違う!」
「貴方が母親の危機すら知らないような子供で、鈍感で、ただ人から与えられる事だけを待っていたから貴方は何もできずに誰も彼も失った」
「黙れッ!!」
「それを人のせいにして、自分は被害者だといつまでも思い込んでいて、進歩のない貴方だから私は説教して差し上げているんです」

 言い切るとまた彼は私につかみかかろうと手を伸ばしてきた。魔法でその手をはじいて、怯んでよろめくカイに足をかけてそのまま体を押した。

 フェリシアはこの男の事を、信じて優しくして褒めて伸ばそうとしていた。

 それが悪いとは思わないけれども私はこういうどうしようもない人間は恨まれてでも背後からシバき倒して走らせるのが正解だと思う。

「ガッ、っ~、いってぇっ、俺様になにしやがんだ! この下衆女!!」

 後ろに倒れこんだ彼に馬乗りになって肩を押さえつけた。

 怒鳴りつけるように言う彼がうるさいので、私は手を拳にして頬を殴りつけた。

「うるさいです!」
「ぐ、な、殴ったな! 暴力女!!」
「殴ったぐらいなんですか! あなた私のフェリシアを殴るどころか蹴ったり罵ったり、耳元で怒鳴りつけたりしたではないですか!」
「それは全部、俺の機嫌を損ねたフェリ━━━━ガッ、っ~」

 腹が立って反対側の頬も思い切り殴りつけた。どうせ対して痛くもないくせに大袈裟にわめきたてるカイの胸ぐらをつかむ。

「いい加減人のせいばかりにするのはやめて、さっさと自分で何かを成し遂げてから他人に文句を言いなさいよ! ……あなたの大好きなエリカもフェリシアどこにもいないんですから、必死で認められるために動きなさい!」
「っ、……」
「喚き散らす以外にどうにか事態を好転させる方法を考えて、自分をあらためなさい! じゃないと生きていけませんよ!!」

 反論を聞く気はないので大きな声で言い捨てた。これだけ言えば、何をやるべきかぐらいは考えるだろう。

 復讐でもなんでもいい、私を超えるために努力をするでもいい、ただ、他人から与えられるのを当たり前だと考えて、口を開けてひな鳥のように待っていてはいざというときに何もできない。

 そういう事が分かっただろう。

 こちらを必死でにらみつけているカイは恨みの籠った目をしていて、その目をそらして立ち上がって、もう彼に言うことは無かったので背を向けると同時に思い切り手を惹かれてそのまま、腕力だけで組み敷かれた。

 先ほどとまったく反対の状況に、殴ろうとしたらその拳を石つぶてで吹き飛ばしてやると考えながら睨みつけた。

「……お前は、俺が悪いっていうのかよ」

 今までのわめきたてるよりも少しはましな問いかけだった。真剣な表情に顔だけはエリカに似て綺麗な顔立ちをしているからだろう、随分まともそうに見えた。

「当たり前でしょ! 貴方は自業自得、人に甘えるのをやめて自立しなさい!」

 見下ろしてくる真っ黒の瞳の中には、子供じみた怒りがあるような気がした。

 しかし、反射的な言葉ではなく、カイは少し考えてから私を見据えて呟くように言った。

「人殺しのくせに偉そうに……俺の大切な人を殺しておいて、俺に立ち直れってお前が言うのは間違ってるぞ」

 …………。

「あら、ちゃんとした問答なんてできたんですね」
「全部奪ったのはお前だ、お前が全部悪い」
「……」
「フェリシアの事もお前が、別の男に行くようにそそのかしたんだろ。そうに決まってる。だからお前が何とかしろよ。俺の為にどうにか勝手にやってくれればいいだろ」

 やっぱり子供じみたことを言って、彼は彼なりに少しはこれでも真剣なのだと思う、だからこそカイに馬乗りになられて少し苦しさを感じながらも、わかりやすく言ってやった。

「たしかに、私は貴方から母を奪いました。ただ、フェリシアの事をそんな風に言われるのは心外です。……あの人は自分の為とそれから、貴方の為にそばを離れた。間違いなくカイを愛していたのに、カイがその愛情を受け取って良い方向に向かわずに、どんどんと状況が悪くなっていくだけだから、決断をしたと私は思います」
「……」
「それを何もかもすべて見ないふりをして、自分だけが可哀想だと思わないいでください!」
「……そ、それでも、お母さんを殺しただろ! その責任をとれよ! とって俺の為になんでもやってくれよ!!」

 ぐっと胸ぐらをつかまれて、カイは命令半分、懇願半分みたいな表情でそういった。

「嫌ですよ。だって私、貴方の事きらいですし、半分血がつながってるだなんて正直信じてないですし」
「……」
「わがままで自己中心的で頭が悪くて運動神経も悪いような人、価値ないでしょ」
「……」
「わかったら価値ある人間になりなさい。そうしたら責任ぐらいはとって妃になってあげますから」

 カイは終始ぽかんとしていて、もうこれ以上何も言わなさそうだったので、グイっと押してどいてもらってエリカの部屋を出た。

 翌日、カイはエリカの部屋から出てきて多少なりとも、大人しくなっていた。

 それから今更過ぎるカイの教育の方向性についてノアベルトお父さまを交えて話し合った。

 今まではエリカが一人ですべてを決めていたのでこうして、カイの得意不得意について考えるという機会がなかったがどうやら彼は、エリカが望んでいた頭脳派ではなく、どちらかというと武闘派であるらしかった。



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