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しおりを挟むヴィクトアが交流会に出かけた日。私は彼が出かけたことを何度も確認してからまるで悪い事をするみたいにこっそりと屋敷を抜け出した。
彼が帰ってくるのは明日以降の予定だったし使用人たちには少し出てくると伝えてあるので問題はないだろう。
万が一、ヴィクトアが使用人たちから聞いて、どこに行っていたのかと問われたら家族に会いたくなってと言うだけでいいはずだ。
ベルナー伯爵邸はそれほどの距離ではないから気軽に会いに行くのだってまったくおかしくないはずだ。
実家に入り浸るのは、嫁には行った身としては良くない事だという事も重々承知しているしそれでもこの機会に向かわない手はなかった。
馬車に乗って移動して、近くで下ろしてもらってからベルナー伯爵邸へと向かうと、何故だか入口に馬車がいくつか止まっていて、パチパチと瞳を瞬いた。
今日向かうことは決まっていたので一応知らせておいたのだが、お茶会でも開いているのかもしれない。
休日なのですっかり忘れていてという事ならば、それでもかまわないし、花の女神の聖女としての力を使うことが両親にとってそれほど重要ではなくなったという事だ。
それは喜ばしい兆候だろう。
だから私はほっとして、ゆっくりと庭園を歩いて屋敷へと向かい一応来たという証明に顔だけは出して、フェルステル公爵邸に帰ろうと考えていた。
しかし、屋敷の玄関口の前にいた侍女が私の存在に気がつくやいなや、ものすごく急いだ様子で中へと入っていく。
彼女を呼び止める暇もなく私が呆然としていると、バタバタという足音が聞こえてきて、バタンッと扉が開いた。
「フェリシア!! やっと来たわね、まったくこんなに待たせて、駄目じゃないの」
「そうだぞ、さあ急いで、お客様がお待ちだ!」
飛び出してきたのは父と母で、彼らは妙に高揚しているようなそんな雰囲気を感じてぎょっとする。
焦った様子の彼らに首をかしげて、まずは久しぶりだと挨拶をしようとすると、私の周囲を使用人が取り囲み、侍女たちに囲まれてあとにも先にも引けない。
「あの、お父さま、お母さま、どういうことなの、私はただ二人に話があっただけで、あ」
手に持っていたバッグを使用人が「預かりますね」という一言で持ち去って、すぐに背を押されたり、手を引かれたりして屋敷の中に連れていかれる。
「良かったわ、これでしばらくは安心ね。報酬はもう貰っているから、ちゃんと働いてくるのよフェリア、私たちの顔に泥を塗るようなことはしないでね」
「なに、私に恥をか返せるようなことはしないよな。フェリシア。信じているぞ、私の可愛い娘よ」
両親の声がして、すぐに言い返そうとしたが、使用人たちに半ば強制されるようにして連れていかれて、足を止めたら転んでしまいそうだった。
……報酬って……まさか。
そんな風に思ったけれども時はすでに遅く、移動した先は外廊下につながっていて、高い塀に囲まれた大きなガラス張りの温室があった。
ノアベルト国王陛下を癒していた時の温室より数倍広く、よく王都のこんな一等地買って立てるまで資金があったなと思う。
それにすでに、中には人がいて不審そうにあちらこちらを確認していた。
……やっぱり……どうしよう。私こんなことしたくないのに、それに今日は、大切な話があるから何もせずに待っていてほしいと手紙で言ったのに!
あんなに文面を必死で考えて、彼らに丁寧にきちんと普通の報酬の額で、長く続けて加護を与えられるような期間を設けて自分なりに力を使っていきたいから話し合いをしようと手紙を書いた。
それなのに来訪日だけを読み取って、こんなことまでしてしまうだなんてまったく想像していなかった。
「っ~、離してください! わ、私は両親に話があってここに来ただけなんです!」
側にいる使用人たちにそう主張するが、すると腕を掴んでいる侍女がぐっと強く二の腕を掴んでぐいぐいと引いていく。
「お願い、私もきちんと否定しなかったのは悪かったですが、今日はこれからの事をきちんとするために話し合いに来たんです! っ、だから離して」
振りほどこうとしても四方を固められていて、背を押されて温室の中に入った。
中にいるのは五人ほどの性別年齢バラバラの人々であり、彼らは一様に私の事を見て、その視線にこれ以上拒絶するようなことを言うのは憚られた。
なんせ彼らは何も知らない。私がなんの女神の聖女かを知っているのは王宮にいる人たちとそれから教会の中枢人物だけだ。
私と両親の意見が食い違っている事も、これから何が起こるのかも知らないまま、自分の障害がもしかしたら治るのかもしれないと思って、疑いながらもここに来た。
それなのにすでにこうして、どうにかなるかもしれないという希望をもって集められているのに、私がここで彼らを拒絶したら、誰がその希望を叶えてやれるだろう。
目の前にいる彼らを見て目が合ってしまえば、両親に対する怒りの感情も消えて、ただいまこの場だけでも彼らに何かしら恩恵を与えたくなってしまう。
……でも、そんなことではだめ。これからずっと加護を与えて治してあげられるわけではないんだから、だからこそ、彼らにはきちんと謝って今からでもお金を返して帰ってもらうしかない。
そう決意をして、眉間にしわを寄せて声をかけようとした。
しかし、この温室の中にいるうちの一番小さな男の子が用意されていた席を立ってトトトっと私の方に駆けてきた。
……え。
「聖女のお姉さん! 僕、お姉さんの加護を受ければ、お外で走れるようになるって聞いたんだ」
その子はとても人懐こい子なのか、私に向かって飛びつくように抱き着いてとても元気なように思える。
しかし抱き着いたままの姿勢から動かず、ズルっと崩れ落ちて、思わずその体を支えるように抱きとめた。
「っ、ごめんなさい。つい、はしゃいじゃって……ごめんなさい」
酷い息切れと動悸を起こしていて顔が真っ赤だ。
「……」
何か先天性の病気なのだろう。とても辛そうに見える。彼はそれ以上何も言わなかったけれども、その目は私に向いていて、懇願するような顔だった。
どうしても見ていられなくて顔をあげると、その場に居る誰もが同じように私を見ていた。
……っ。
誰も何も言わなかったけれど、彼らの感情は簡単に読み取れる。
疑念と、希望が入り混じっていて、誰もが自分がここに来た理由が真実だったらいいのにと私に期待してた。
……否定……しないと。
そう考えるのに、口を開くと別の言葉が出てきていた。
「注意事項が、いくつかあるけど……きっと元気になれます」
そう言えば私の胸元にいた彼は目をキラキラッと輝かせて「やったぁ」とても辛そうに言った。
ゆっくりと歩いて一緒に席に戻してあげてから、息をついて、私は彼らに他言禁止などの注意事項の後に、一番大切なこととして、この治療は今日一度だけであり今後一切はこのベルナー公爵家で治療は行わない事を了承してもらった。
それから私たちを取り囲むようにある何も植えられていない花壇に向けて魔力をこめる。
真っ青の美しい花が植物が育つ工程を無視していくつも出現し、それから魔法を使って彼らに加護を与えたのだった。
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