聖女の私と婚約破棄? 天罰ってご存じですか?

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
8 / 15

8

しおりを挟む



 婚約破棄を提案されてから二ヶ月ほどが経過した。段々と気温も上がってきて暖炉に火を入れなくても日々を過ごすことが出来る。そんな日々だ。

 アンジェリカを最後にルーシャの離宮には誰も足を運ばなくなった。今までと全く同じ生活をおくれてはいるが人を恨み続けて過ごす日々は、暗い考えにどんどん支配されていくようだった。

 こうなる前は楽しかった些細な出来事がどうでもよくなり、悪いことが起きるとすぐに気分が落ち込む。

 今はどんな風に彼らは罰を受けているのか、まさか幸せになんてなっていないだろうか。

 そう思うと気が気じゃない。楽しい事なんて一つもない日々を過ごしているルーシャよりも天罰を受けるべき彼らが幸せだったらとても許せない。

 考えれば考えるほどに悪い方に思考は進んでいく。雨の日が増えて曇り空ばかり見ているせいだろうか、そんな風に思った。

 しかし、転機は突然やってきた。

 ある大雨の日に手紙が届いて、その中にはルーシャに対する謝罪とルーシャを肯定する文章が書いてあった。

 そしてクリフにとってその身と同等の腹心であるユリシーズをルーシャに譲るから、煮るなり焼くなり好きにしていい、だからどうか許してほしい。

 そんな意味の言葉がつらつらとつづられている手紙だった。

 ルーシャはその手紙をどう受け取り、どうしたらいいのかよくわからなくてしばらくの間思考を停止して時間を過ごした。しかし、いくらか時間が経過した後、扉にノックが三回された。

 これは誰か来たことを告げる合図で、来訪者がエントランスホールで待っているときのみされるものである。

 誰が来たのか、それは手紙を読んだばかりなのですぐに予測できた。手紙でこんな風に言ってくるのだからきっとクリフ本人はこないだろうし、きっとユリシーズだ。

 ……。

 すぐに迎えに行こう、そう思ったけれども、今まで自分がずっとクリフたちを恨み続けていたことを思うと足が止まった。

 ……酷いけがを負っていたら、どうしたらいいでしょうか。

 彼はルーシャの味方にはなってくれないし、あちら側の人間でルーシャを助けてはくれないのに、そう思った。彼は悪くない、それは分かっていて、悪くはないが良い人というわけでもない。

 彼らの横暴を止めてくれなかった。でも彼には事情があってそれが出来なかった。だからと言って……。

 堂々巡りの思考が繰り返されて、でもやっぱりあの優しい人が傷ついていたら嫌だと思う。

 嫌だけれど、でもクリフに見捨てられて、ルーシャの怒りを収めるための生贄にされた彼を突き返すことは出来ない。

 そんなことをして天罰が続いたら、ユリシーズがひどい目に会うかもしれない。そう思って惰性で足を動かして廊下を進む、階段から出入口を見下ろすと五体満足で相変わらず顔が青白いユリシーズの姿があった。

 ……怪我は……してなさそうです。

 大きなトランクはとりあえずの荷物だろう。一応騎士らしく腰には剣を刺しているが、それを抜いているところは一度も見たことがない。

「ルーシャ、久しぶり」

 ルーシャを見つけると彼はいつもの通りに柔らかい声で笑顔を向けた。しかし、顔には水滴がついていて黒い髪は雨に濡れてボリュームが少なくなっている。

「……どうしてびしょ濡れなんですか?」
「急にルーシャの離宮に行け、戻らなくていい、俺は責務を全うしたと言われて城から出されたんだ」

 ……ユリシーズは責務をまっとうした? つまり、クリフからは解雇をされたということですよね。

「最低限の荷物をまとめる時間はもらえたけれど、傘をさす暇もなく今すぐ行けって言われて驚いたよ」

 城から走ってここまで来たのなら、たしかにびしょ濡れな理由もわかる。しかし、困ったことが一つある。

 ルーシャはお付きの従者もいたことがないし、彼をどうしてもいいと言われてもどうする気もない。でもクリフに返したりはしない。

 急いで階段を駆け下りた。ユリシーズに会うまでは、なんだかすべての事が億劫でマイナスで憎しみ以外の感情が無くなって、本を読んでも楽しくなかったのだがすんなりと思考が働いた。

「先ほど手紙が届きました。それにはユリシーズの事も書かれていたのでここに来た意味も知っていますが……ひとついいですか?」
「うん」

 彼はルーシャに目線を合わせようとしたが眼鏡に水滴がついてうまく見えなかったらしく眼鏡をはずして裾口で拭う。

「クリフの元を離れてしまって、ユリシーズのご家族は大丈夫なんでしょうか?」
「……」
「先日、話をしたときに代々続く役目だからクリフの元を離れられないのだと言っていたでしょう?」

 唐突な質問に感じたらしく、ユリシーズは眼鏡をぬぐいながらルーシャを見て、二つ目の質問を聞いてからああ、と納得したような顔になって頷いた。

「俺は責務を果たしたと言われたからね。……安直に言うと死んだものとして扱うのと同じことになったと思うから、少なくとも俺の家族の血筋からこれ以上王族の盾の役割はしばらくでないと思うよ」

 予想していなかった言葉にルーシャは固まって目を見開いた。彼が心配していたことは起こらないし、胃が痛い仕事は貴族の立場と引き換えにやめることが出来たらしい。

 しかし、それでは、ユリシーズは失ってしまったのではないだろうか。

「……」

 ……私のせいで、家族とのつながりを失ってしまったのではないですか?

 眼鏡を拭き終わって彼はそっとかけてルーシャを見た。その顔だけでルーシャの思っていることが分かったらしい。

「そんな顔しないで、元からいつ死んでもおかしくなかったし、それに死んだことになって役目を終えられたまま生きてられるなんて、想像もしてなかった嬉しい事だから」
「……でも、私が彼らに復讐しなければ、そのままずっと家族とも普通に接したり帰省したりできたのではないですか」
「……」

 貴族としての立場は重要だ。公の場に出席したり、他の貴族との交渉事も貴族でなければできない。家族の助けになったり家族と対等になるには、それがなければならない。

 失ってしまえば、対等な家族はもう帰ってこない。

 ルーシャの言葉にユリシーズは少し黙って、それから、男性にしては長い黒髪を耳にかけて微笑む。

「ルーシャのせいじゃない」

 ……そんなわけありません。でも、やめとけばよかったとも思えないんです。

「気にしないでって言っても無理そうだね。……大丈夫だよ。ルーシャ、実は家族には近々こんなことになるかもって言ってあったから」

 苦々しい表情をするルーシャにユリシーズは飄々と言った。

「それにもう、両親の無償の愛情が欲しいような子供じゃないしね、俺」

 自分を指さして言ってからルーシャの手を取る。

 そんな風に軽く言ってしまえるのが不思議だしユリシーズは本当にまったく平気そうで、どうしてそんな風でいられるのかわからなくてただ見つめた。

「さ、話はあとにして俺の部屋を教えてくれる? 多分ここに暫く住むことになるから」
「……はい」

 多分という言葉を使ったのはきっと、彼はクリフがルーシャに送った手紙の内容を知っているからだろう。そして、ルーシャが何かすると思っている。そんなつもりもない事はどうやって伝えたらいいのだろう。




しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

お飾りの側妃となりまして

秋津冴
恋愛
 舞台は帝国と公国、王国が三竦みをしている西の大陸のど真ん中。  歴史はあるが軍事力がないアート王国。  軍事力はあるが、歴史がない新興のフィラー帝国。  歴史も軍事力も国力もあり、大陸制覇を目論むボッソ公国。  そんな情勢もあって、帝国と王国は手を組むことにした。  テレンスは帝国の第二皇女。  アート王ヴィルスの第二王妃となるために輿入れしてきたものの、互いに愛を感じ始めた矢先。  王は病で死んでしまう。  新しく王弟が新国王となるが、テレンスは家臣に下賜されてしまう。  その相手は、元夫の義理の息子。  現王太子ラベルだった。  しかし、ラベルには心に思う相手がいて‥‥‥。  他の投稿サイトにも、掲載しております。

殿下をくださいな、お姉さま~欲しがり過ぎた妹に、姉が最後に贈ったのは死の呪いだった~

和泉鷹央
恋愛
 忌み子と呼ばれ、幼い頃から実家のなかに閉じ込められたいた少女――コンラッド伯爵の長女オリビア。  彼女は生まれながらにして、ある呪いを受け継いだ魔女だった。  本当ならば死ぬまで屋敷から出ることを許されないオリビアだったが、欲深い国王はその呪いを利用して更に国を豊かにしようと考え、第四王子との婚約を命じる。    この頃からだ。  姉のオリビアに婚約者が出来た頃から、妹のサンドラの様子がおかしくなった。  あれが欲しい、これが欲しいとわがままを言い出したのだ。  それまではとても物わかりのよい子だったのに。  半年後――。  オリビアと婚約者、王太子ジョシュアの結婚式が間近に迫ったある日。  サンドラは呆れたことに、王太子が欲しいと言い出した。  オリビアの我慢はとうとう限界に達してしまい……  最後はハッピーエンドです。  別の投稿サイトでも掲載しています。

婚約者を取り替えて欲しいと妹に言われました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ポーレット伯爵家の一人娘レティシア。レティシアの母が亡くなってすぐに父は後妻と娘ヘザーを屋敷に迎え入れた。 将来伯爵家を継ぐことになっているレティシアに、縁談が持ち上がる。相手は伯爵家の次男ジョナス。美しい青年ジョナスは顔合わせの日にヘザーを見て顔を赤くする。 レティシアとジョナスの縁談は一旦まとまったが、男爵との縁談を嫌がったヘザーのため義母が婚約者の交換を提案する……。

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

転生令嬢だと打ち明けたら、婚約破棄されました。なので復讐しようと思います。

柚木ゆず
恋愛
 前世の記憶と膨大な魔力を持つサーシャ・ミラノは、ある日婚約者である王太子ハルク・ニースに、全てを打ち明ける。  だが――。サーシャを待っていたのは、婚約破棄を始めとした手酷い裏切り。サーシャが持つ力を恐れたハルクは、サーシャから全てを奪って投獄してしまう。  信用していたのに……。  酷い……。  許せない……!。  サーシャの復讐が、今幕を開ける――。

婚約破棄ですって? 1回くらい復讐してもいいですよね?

tartan321
恋愛
王子様はいつでも自由奔放。 婚約も、そして、婚約破棄も。 1回くらい復讐したって、罰は当たりませんよね? その後は、別の世界の住人に愛されて??

夏の眼差し

通木遼平
恋愛
 伯爵令嬢であるティナの婚約者とティナの妹が恋仲になり、ティナは婚約を解消することになる。婚約者に対して特に思い入れはなかったが、姉妹の婚約のすげ替えについての噂と勝手なことばかり言う妹に気疲れしたティナは、昔から彼女を気にかけてくれていたイライザ夫人の紹介で夫人の孫娘リネットの話し相手として雇われることになった。  家から離れ、リネット共に穏やかな日々を過ごすティナは、リネットの従兄であるセオドアと出会う。 ※他サイトにも掲載しています

処理中です...