聖女の私と婚約破棄? 天罰ってご存じですか?

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
10 / 15

10

しおりを挟む



 ユリシーズがルーシャの離宮に住み始めてから数日ほど経過した。彼は従者の仕事は一通りできるからルーシャに仕えるのはどうか、そんな話もされたが断った。

 主従関係をを結びたいなんて思っていないし、いつか彼がいなくなった時に辛くなってしまう、そんなのは困るので同居人ぐらいでいい。

 そう考えて彼と接している。

 普段から人がいるというのはなんとなく慣れなくて、いつも存在を忘れて勉強をずっとしていたり、本を読みふけってしまって彼が現れて驚くのだ。

 しかし、今日は違った。昨日の夜は寝つきが悪くて、朝から何をやっても集中できない。

 勉強をしていてもこんなことをして何になると、心の奥底で思ってしまいクリフの顔が頭に浮かぶ。

 本を読んでいても、こんな文字の情報だけを知ったところで外の世界で自由に生きている人間には全くかなわない。そんなことを考えてしまってなにもやる気が起きなかった。

 やる気が起きないと自分がどうしようもない無気力で怠惰な人間な気がしてきて、そんなのも彼らのせいだとまた恨みにつながってしまう。

 すると今度は自分はとても醜悪で性格の悪い人間なんだと自己嫌悪がやってきた。

 ……最悪な気分です。

 イスの背もたれに体を預けて天井を見上げた。ルーシャの部屋は半分ほどが天窓になっていて半分は天井だ。雨がぽつぽつと降り注いでいて流れ落ちていく。

 上を見ればいつだって空が見られるのがこの離宮のいい所だが、雨の日には気分が滅入る。悪い所は夏暑くて冬寒い事だろうか。最悪の離宮である。

 天井がこんなではない昔住んでいた館は、もっと過ごしやすかった気がする。

 考えれば考えるほど何もかもが嫌になって、それもこれもすべてあの人たちのせいだと思ってから、じわっと涙がにじむ。自分の性格が悪すぎて、最悪だった。

 しかし、コンコンと軽いノックの音がしてハッと意識をもどす。今日も今日とてこの離宮にはユリシーズがいる。そのことを今思い出した。

「はい、どうぞ」

 返事だけを返してきちんとしようと思い直すが体が重たくて動かない。

 別に髪型もきちんと綺麗に整えてあるし、聖女らしいドレスも着ている。見苦しいことは無いと思うので、そのままの体勢でルーシャは彼が入ってくるのを待った。

「入るよ。って、どうしたの?」

 入ってきてすぐに、いつもきっちりとしているルーシャが変な体勢のまま固まってるのを指摘した。

「……特に意味はありません。それよりどうかしましたか?」

 そのままの体勢でルーシャはいつもの平坦な声音で言った。ユリシーズからすると少しだけ、その時点でいつもとは違うのだと予想ができたが、あえていつものように返す。

「特に用事があったわけでもないんだけど、何をしているところかなと思ってね」

 ルーシャのそばまで寄って、彼は座ったまま天井を見ているルーシャの事を覗き込んだ。

 下から見たユリシーズはなんだか懐かしく思ったが、真反対から人の顔を見ることもそうそうないので違和感がある。これではまともに話もできないかと思いルーシャは起き上がってイスごと彼を振り返った。

「……何もしていませんでした。……いつものやることに、その、あまり乗り気になれなくて」
「そっか。何もやることないなら俺と遊ぶ?」
「……何するんですか?」

 気軽にユリシーズは気分転換になりそうなことを提案する。しかし、ルーシャの頭の中にはあまり遊びの内容が思い浮かばなかった。

 与えられていなかったし、存在を知ってはいたが、やったことがないので欲しがったこともない。

 それに一人ではなく、人と遊ぶことが楽しいものだと聞いていたので興味もなかった。

「そうだね。トランプとか……チェストとかなんでもいいよ」

 優しく笑ってルーシャの暇に付き合ってくれようとしてくれる彼に申し訳なくなりながらも、しょんぼりしてルーシャは答えた。

「……二つともこの離宮には置いてません。私の知る限り」
「!……他に何かテーブルゲームはない?」
「ひとつも。趣味といえば本を読むことばかりなので」
「うん。なるほどね」

 言いつつもユリシーズは口元に手を当てて思案した。ふとルーシャに合わせようとしてくれているが、彼自身は暇なときは何をしているのだろうと疑問に思う。

「うーん」
「ユリシーズは、暇なときは何をして過ごしますか?」
「俺? そうだなぁ……」

 ルーシャが聞くと視線を空に一度逸らして考えてから、すこし恥ずかしそうに言った。

「お酒飲むぐらいだよ。剣の鍛錬も必要だし、仕事もあるから趣味みたいなものを継続してやれる時間もないしね」
「……お酒」

 彼のなんとなくふんわりとしたやさしい雰囲気からはなんだか想像できないような回答が返ってきて思わずオウム返しした。

 ……だって、たしかに年上ですけど、お酒を飲んでいる姿が想像できないというか、私にとってユリシーズってものすごく健全な人間というイメージがあるんですよね。

「まったく酔っぱらわないんだけどね」

 そう付け加えてまた少し恥ずかしそうに口角をあげる。

 いつか、ルーシャも成人して彼と酒を飲み交わしたりするような日が来るのかなんて少し考えたが、未来の事を考えたくなくて彼と会話を続ける。

「それって楽しいんですか?」
「酔えると楽しいみたいだよ。騎士仲間まで飲み会を開く時があるけど、酔えないから俺はいつも介抱ばかりしてた」
「……大人って大変なんですね」

 騎士をやっている人をユリシーズしか知らないけれど、本の挿絵になっていたごつい男たちを想像して、そんな彼らを一生懸命に運ぶ彼も想像する。せっかくの楽しい場なはずなのに不憫だった。

「うん。……うん、たまに嫌味を言われて胃を痛めたりするけど、うん」

 眼鏡の奥の気弱な瞳が細められて、この外見のせいもあるのかと思う。眼鏡に黒髪黒目、地味でとても大人しそうな外見をしている。ある程度は鍛えている男性らしさはあるけれど、それでもごつごつしていない。

 ……昔、抱きしめた時は少し硬くてでも人らしい弾力というか……。

 彼に触った時の事を想いだした。しかし、それは昔に封印していた記憶なのに今更になって鮮明に思い出せてドキッとしてしまう。

 すると、急に「あ、そうだ!」と彼は声をあげた。

 それにびっくりしてルーシャはイスをガタンといわせて驚いた。それにユリシーズも少し驚いていたが、ルーシャは気持ちを切り替えてなんでもなさそうに言う。

「気にしないでください、それよりどうしたんですか?」
「あ、うん。暇つぶしになることを考えていたんだけど、いい案が思い浮かんだよ」

 言いながらルーシャの手を取る。引かれるままに立ち上がってユリシーズについていった。すると部屋の角においてある大きな鏡のドレッサーの前にきた。

「ほら、昔はよく髪を結ってあげたりしていたよね。君は綺麗なストレートだから下手に縛らなくても可愛いけど、どう?」
「…………はい、ではお願いします」

 昔と同じように可愛くしてくれるつもりなのだと分かってルーシャは長考してからドレッサーの前に座った。

 慣れた仕草で彼はドレッサーにしまわれている櫛と髪紐を取り出して、子供に聞くみたいにおどけていった。

「どんな髪型がお好みかな?」
「じゃあ……三つ編みで」
「うん、わかった」

 少し楽しそうにルーシャの髪に櫛を通していく彼を鏡越しに見た。彼が言った通り、昔はお願いして彼にこうしてもらっていた。

「そういえばルーシャが小さなころは、部屋でこうして髪を結ってあげたり、外に出たらだっこして庭園を散歩していたよね」
「はい」
「俺もそんなルーシャが可愛くて、妹たちよりずっと懐いてくれてうれしかったの覚えてるよ」

 ちらりと彼は鏡をみて目が合った。それになんとも言えない気分になる。




しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

お飾りの側妃となりまして

秋津冴
恋愛
 舞台は帝国と公国、王国が三竦みをしている西の大陸のど真ん中。  歴史はあるが軍事力がないアート王国。  軍事力はあるが、歴史がない新興のフィラー帝国。  歴史も軍事力も国力もあり、大陸制覇を目論むボッソ公国。  そんな情勢もあって、帝国と王国は手を組むことにした。  テレンスは帝国の第二皇女。  アート王ヴィルスの第二王妃となるために輿入れしてきたものの、互いに愛を感じ始めた矢先。  王は病で死んでしまう。  新しく王弟が新国王となるが、テレンスは家臣に下賜されてしまう。  その相手は、元夫の義理の息子。  現王太子ラベルだった。  しかし、ラベルには心に思う相手がいて‥‥‥。  他の投稿サイトにも、掲載しております。

殿下をくださいな、お姉さま~欲しがり過ぎた妹に、姉が最後に贈ったのは死の呪いだった~

和泉鷹央
恋愛
 忌み子と呼ばれ、幼い頃から実家のなかに閉じ込められたいた少女――コンラッド伯爵の長女オリビア。  彼女は生まれながらにして、ある呪いを受け継いだ魔女だった。  本当ならば死ぬまで屋敷から出ることを許されないオリビアだったが、欲深い国王はその呪いを利用して更に国を豊かにしようと考え、第四王子との婚約を命じる。    この頃からだ。  姉のオリビアに婚約者が出来た頃から、妹のサンドラの様子がおかしくなった。  あれが欲しい、これが欲しいとわがままを言い出したのだ。  それまではとても物わかりのよい子だったのに。  半年後――。  オリビアと婚約者、王太子ジョシュアの結婚式が間近に迫ったある日。  サンドラは呆れたことに、王太子が欲しいと言い出した。  オリビアの我慢はとうとう限界に達してしまい……  最後はハッピーエンドです。  別の投稿サイトでも掲載しています。

婚約者を取り替えて欲しいと妹に言われました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ポーレット伯爵家の一人娘レティシア。レティシアの母が亡くなってすぐに父は後妻と娘ヘザーを屋敷に迎え入れた。 将来伯爵家を継ぐことになっているレティシアに、縁談が持ち上がる。相手は伯爵家の次男ジョナス。美しい青年ジョナスは顔合わせの日にヘザーを見て顔を赤くする。 レティシアとジョナスの縁談は一旦まとまったが、男爵との縁談を嫌がったヘザーのため義母が婚約者の交換を提案する……。

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

転生令嬢だと打ち明けたら、婚約破棄されました。なので復讐しようと思います。

柚木ゆず
恋愛
 前世の記憶と膨大な魔力を持つサーシャ・ミラノは、ある日婚約者である王太子ハルク・ニースに、全てを打ち明ける。  だが――。サーシャを待っていたのは、婚約破棄を始めとした手酷い裏切り。サーシャが持つ力を恐れたハルクは、サーシャから全てを奪って投獄してしまう。  信用していたのに……。  酷い……。  許せない……!。  サーシャの復讐が、今幕を開ける――。

婚約破棄ですって? 1回くらい復讐してもいいですよね?

tartan321
恋愛
王子様はいつでも自由奔放。 婚約も、そして、婚約破棄も。 1回くらい復讐したって、罰は当たりませんよね? その後は、別の世界の住人に愛されて??

夏の眼差し

通木遼平
恋愛
 伯爵令嬢であるティナの婚約者とティナの妹が恋仲になり、ティナは婚約を解消することになる。婚約者に対して特に思い入れはなかったが、姉妹の婚約のすげ替えについての噂と勝手なことばかり言う妹に気疲れしたティナは、昔から彼女を気にかけてくれていたイライザ夫人の紹介で夫人の孫娘リネットの話し相手として雇われることになった。  家から離れ、リネット共に穏やかな日々を過ごすティナは、リネットの従兄であるセオドアと出会う。 ※他サイトにも掲載しています

処理中です...