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しおりを挟むユリシーズがルーシャの離宮に住み始めてから数日ほど経過した。彼は従者の仕事は一通りできるからルーシャに仕えるのはどうか、そんな話もされたが断った。
主従関係をを結びたいなんて思っていないし、いつか彼がいなくなった時に辛くなってしまう、そんなのは困るので同居人ぐらいでいい。
そう考えて彼と接している。
普段から人がいるというのはなんとなく慣れなくて、いつも存在を忘れて勉強をずっとしていたり、本を読みふけってしまって彼が現れて驚くのだ。
しかし、今日は違った。昨日の夜は寝つきが悪くて、朝から何をやっても集中できない。
勉強をしていてもこんなことをして何になると、心の奥底で思ってしまいクリフの顔が頭に浮かぶ。
本を読んでいても、こんな文字の情報だけを知ったところで外の世界で自由に生きている人間には全くかなわない。そんなことを考えてしまってなにもやる気が起きなかった。
やる気が起きないと自分がどうしようもない無気力で怠惰な人間な気がしてきて、そんなのも彼らのせいだとまた恨みにつながってしまう。
すると今度は自分はとても醜悪で性格の悪い人間なんだと自己嫌悪がやってきた。
……最悪な気分です。
イスの背もたれに体を預けて天井を見上げた。ルーシャの部屋は半分ほどが天窓になっていて半分は天井だ。雨がぽつぽつと降り注いでいて流れ落ちていく。
上を見ればいつだって空が見られるのがこの離宮のいい所だが、雨の日には気分が滅入る。悪い所は夏暑くて冬寒い事だろうか。最悪の離宮である。
天井がこんなではない昔住んでいた館は、もっと過ごしやすかった気がする。
考えれば考えるほど何もかもが嫌になって、それもこれもすべてあの人たちのせいだと思ってから、じわっと涙がにじむ。自分の性格が悪すぎて、最悪だった。
しかし、コンコンと軽いノックの音がしてハッと意識をもどす。今日も今日とてこの離宮にはユリシーズがいる。そのことを今思い出した。
「はい、どうぞ」
返事だけを返してきちんとしようと思い直すが体が重たくて動かない。
別に髪型もきちんと綺麗に整えてあるし、聖女らしいドレスも着ている。見苦しいことは無いと思うので、そのままの体勢でルーシャは彼が入ってくるのを待った。
「入るよ。って、どうしたの?」
入ってきてすぐに、いつもきっちりとしているルーシャが変な体勢のまま固まってるのを指摘した。
「……特に意味はありません。それよりどうかしましたか?」
そのままの体勢でルーシャはいつもの平坦な声音で言った。ユリシーズからすると少しだけ、その時点でいつもとは違うのだと予想ができたが、あえていつものように返す。
「特に用事があったわけでもないんだけど、何をしているところかなと思ってね」
ルーシャのそばまで寄って、彼は座ったまま天井を見ているルーシャの事を覗き込んだ。
下から見たユリシーズはなんだか懐かしく思ったが、真反対から人の顔を見ることもそうそうないので違和感がある。これではまともに話もできないかと思いルーシャは起き上がってイスごと彼を振り返った。
「……何もしていませんでした。……いつものやることに、その、あまり乗り気になれなくて」
「そっか。何もやることないなら俺と遊ぶ?」
「……何するんですか?」
気軽にユリシーズは気分転換になりそうなことを提案する。しかし、ルーシャの頭の中にはあまり遊びの内容が思い浮かばなかった。
与えられていなかったし、存在を知ってはいたが、やったことがないので欲しがったこともない。
それに一人ではなく、人と遊ぶことが楽しいものだと聞いていたので興味もなかった。
「そうだね。トランプとか……チェストとかなんでもいいよ」
優しく笑ってルーシャの暇に付き合ってくれようとしてくれる彼に申し訳なくなりながらも、しょんぼりしてルーシャは答えた。
「……二つともこの離宮には置いてません。私の知る限り」
「!……他に何かテーブルゲームはない?」
「ひとつも。趣味といえば本を読むことばかりなので」
「うん。なるほどね」
言いつつもユリシーズは口元に手を当てて思案した。ふとルーシャに合わせようとしてくれているが、彼自身は暇なときは何をしているのだろうと疑問に思う。
「うーん」
「ユリシーズは、暇なときは何をして過ごしますか?」
「俺? そうだなぁ……」
ルーシャが聞くと視線を空に一度逸らして考えてから、すこし恥ずかしそうに言った。
「お酒飲むぐらいだよ。剣の鍛錬も必要だし、仕事もあるから趣味みたいなものを継続してやれる時間もないしね」
「……お酒」
彼のなんとなくふんわりとしたやさしい雰囲気からはなんだか想像できないような回答が返ってきて思わずオウム返しした。
……だって、たしかに年上ですけど、お酒を飲んでいる姿が想像できないというか、私にとってユリシーズってものすごく健全な人間というイメージがあるんですよね。
「まったく酔っぱらわないんだけどね」
そう付け加えてまた少し恥ずかしそうに口角をあげる。
いつか、ルーシャも成人して彼と酒を飲み交わしたりするような日が来るのかなんて少し考えたが、未来の事を考えたくなくて彼と会話を続ける。
「それって楽しいんですか?」
「酔えると楽しいみたいだよ。騎士仲間まで飲み会を開く時があるけど、酔えないから俺はいつも介抱ばかりしてた」
「……大人って大変なんですね」
騎士をやっている人をユリシーズしか知らないけれど、本の挿絵になっていたごつい男たちを想像して、そんな彼らを一生懸命に運ぶ彼も想像する。せっかくの楽しい場なはずなのに不憫だった。
「うん。……うん、たまに嫌味を言われて胃を痛めたりするけど、うん」
眼鏡の奥の気弱な瞳が細められて、この外見のせいもあるのかと思う。眼鏡に黒髪黒目、地味でとても大人しそうな外見をしている。ある程度は鍛えている男性らしさはあるけれど、それでもごつごつしていない。
……昔、抱きしめた時は少し硬くてでも人らしい弾力というか……。
彼に触った時の事を想いだした。しかし、それは昔に封印していた記憶なのに今更になって鮮明に思い出せてドキッとしてしまう。
すると、急に「あ、そうだ!」と彼は声をあげた。
それにびっくりしてルーシャはイスをガタンといわせて驚いた。それにユリシーズも少し驚いていたが、ルーシャは気持ちを切り替えてなんでもなさそうに言う。
「気にしないでください、それよりどうしたんですか?」
「あ、うん。暇つぶしになることを考えていたんだけど、いい案が思い浮かんだよ」
言いながらルーシャの手を取る。引かれるままに立ち上がってユリシーズについていった。すると部屋の角においてある大きな鏡のドレッサーの前にきた。
「ほら、昔はよく髪を結ってあげたりしていたよね。君は綺麗なストレートだから下手に縛らなくても可愛いけど、どう?」
「…………はい、ではお願いします」
昔と同じように可愛くしてくれるつもりなのだと分かってルーシャは長考してからドレッサーの前に座った。
慣れた仕草で彼はドレッサーにしまわれている櫛と髪紐を取り出して、子供に聞くみたいにおどけていった。
「どんな髪型がお好みかな?」
「じゃあ……三つ編みで」
「うん、わかった」
少し楽しそうにルーシャの髪に櫛を通していく彼を鏡越しに見た。彼が言った通り、昔はお願いして彼にこうしてもらっていた。
「そういえばルーシャが小さなころは、部屋でこうして髪を結ってあげたり、外に出たらだっこして庭園を散歩していたよね」
「はい」
「俺もそんなルーシャが可愛くて、妹たちよりずっと懐いてくれてうれしかったの覚えてるよ」
ちらりと彼は鏡をみて目が合った。それになんとも言えない気分になる。
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