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しおりを挟むセージのところで世話になり始めて一ヶ月が経とうとしていた。
生活にもだいぶ慣れてきて、サオリさんから家事や料理も教わり、役に立てるようになってきたと思う。今では家に来たサオリさんは、ボクのした家事をすこし手直ししたり、アドバイスするだけで、ほとんどをお菓子を焼いたり、お茶の時間を楽しんでいる。
そもそも、セージは忙しそうにしていても料理以外の家事は自主的にやるし、ボクもずっとこの家から出ることがないので、仕事の気分転換に定期的に家事をやる週間がある。
そんなわけで、ボクというここで暮らしている人間が一人増えてもこの家は相変わらず、ホテルのような綺麗さを保っていた。
自室はどうかというと、これも相変わらずで物は増えない。結局沢山買い物をしたのは最初の頃に生活に必要なものをそろえたのみで、雑貨は増えていない。最近、買った物といえば、画材ぐらいだ。
なのでボクの机にくっついている引き出しや、収納なんかは使うあてもなく部屋のオブジェになっていた。
ただ、机の一番上の引き出しだけは、鍵がかかるので通帳や現金を入れるのに使っている。
ミノルから渡された、手数料が入っていると聞かされていた通帳には、ボクが持ったこともない大金が入っていた。開く前は、セージに買ってもらった物のお金を返せるぐらいあれば良いかな、と思って居たのだがこうなるとせめて鍵が付いている場所での保管が必須だった。
もちろん金額を見て、なにか変なお金が間違って入っているのかと、疑ったが通帳に記載されている神経質な一円単位の入金が、ボクが絵を売り初めてからコツコツと貯められているのを見て疑いようがなくなってしまった。
こうして、見てみればヤギさんは誠実でそれほど悪い人でもなかったのかもしれないという気持ちがわいてきて、少しだけ何も言わずに飛び出してきてしまった事を後悔している。
それでも結局、今あるものは有意義に使う以外に方法はないと思い、早速下ろしてきて、封筒に入れてセージに渡そうとしたのが、ついこの間のことである。彼はすごく驚いて、それから喜ぶと思ったのに、心底いやそうな顔をして、受け取りたくないといった。
どうやら、ボクはセージのプライドを傷つけてしまったのだと思う。じゃなきゃあんな顔しないと思うし。
小筆で重たい色を乗せていく。この絵ももう完成に近い。慎重に描かなければ、濃い色は少し失敗しただけで修正が効かない。ここまで丹念に積み重ねてきた、自分の描いた綺麗な世界に、鈍い色の汚点が付くなんて嫌だ。
そう考えて、ゆっくりと筆を滑らせるが、先日のセージのことが頭から離れない。
受け取れない、ではなく、受け取りたくないと彼は言ったのだ。遠慮なんかではなく拒否だった。
そんな反応をされた時のことなんてボクは考えもしてなかった。だから咄嗟にそのお金を引っ込めた。そして、現金のまま置いておくのは少し怖い金額がいまも、引き出しに眠っている。
しかし、どうするのが正解かはわからない。
……なにか買って、セージに渡す?それともこっそり、サオリさんにでもセージの口座を聞いて、振り込んでみようか。
どれも、またセージにあんな顔されるんじゃないかと思うと気が進まない。
悩みつつも、ハイライトを描いていく。ひとつ、その光が足されるだけで、絵の世界はぐっと奥行きが増す。この場所が今どんな情景で、何時ごろで、どんな匂いがするのか。この情景を見た人はどんな気持ちになるのか。
想像しながら描いていく。まるで、ずっと見たかった光景がやっとみられるようで興奮して気持ちがいい。その快楽にうっとりして、さらさらと筆を滑らせる。
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