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しおりを挟むオーブンの中で、じわじわと膨らんでいるカップケーキをじっと眺める。昔、母が同じようにお菓子を焼いているのを見たことがあったが、あの時は、下の皿がくるくる回っていて愉快だった。このオーブンは回らないけれど、動かない分、生地が膨らんでいるのがわかりやすくて良い。
のぞき込むのに中腰にならなきゃいけないのがつらい所だが、低い位置にあるのだから仕方がない。
「乎雪くーん。そろそろこっちにいらっしゃい。コーヒーが冷めちゃうわよ」
サオリさんの優しい声がして、返事をしながらダイニングテーブルの方へと向かう。彼女は、このまえ来た時に作った焼き菓子を食べながら、柔らかく微笑む。
「あら、もうエプロンは外していいわよ。焼きあがったら、完成ですからね」
「あ、はい」
言われてからまだエプロンをつけっぱなしだったことに気が付き、脱いで椅子の背もたれにかけながら座る。
コーヒーの香ばしい香りと、お菓子の焼ける甘い香りが重なって、どこかのカフェにでもいるような贅沢な気分だ。
「いただきます」
「ええ、どうぞ」
ボクもサオリさんと同じお菓子を口に含んで、上品な甘さが口の中でゆっくり広がるのを堪能する。
「これ、なんて名前でしたっけ。サオリさん」
「フィナンシェね。型はマドレーヌのものを使っているけど、生地には焦がしバターを沢山使っているから、ずっしりしてるけれど香ばしくておいしいでしょ」
「ン、……そーです、ね」
説明はなんだかわからなかったが、美味しいということに変わりはない。もくもくと食べ進めて、すぐに自分の分は完食してしまう。これ以上食べると、晩御飯が入らなくなってしまうから我慢しなければならないのがなんとも耐え難い。
「…………乎雪くん、最近、清司さんとはどう?」
「……どう、って言われても……」
唐突な質問に、コーヒーを持ったまま首をかしげる。そうすると、サオリさんは少し困ったように笑顔を作って「そうね」と頬に手を当てて考えて、物憂げに逡巡する。
「乎雪くん、家事も得意だし、料理もたくさん覚えたでしょう?」
「はい。……たぶん」
「乎雪くんが来てから、清司さんも安定しているみたいだし、その少し考えていてね」
……考えているって、なにを?
サオリさんは何を言わんとしているのか、みなまで言わずに「ね?」と同意を求めてくるが、ボクはなんだかわからずに「はぁ、そうですね……?」と曖昧な返事を返す。
「そうよね……」
ボクの返答に何か納得したようにサオリさんは答えて「でもねぇ、心配なのよ」とボクに言う。
「うーん……ごめんなさい。サオリさん話が読めないです」
「あ、そうだった?こっちこそごめんなさい。あのね、私もそろそろここに来なくてもいいかと考えていてね」
ボクが聞けば、言いづらい事ではなかったようであっさりと要件を話してくれる。
……なるほど、そういう話か。
確かに、サオリさんからは沢山、家事も料理も教わって、ボクも大抵の事ならこなせるようになってきているのだ。きっと絶対に来ないと生活していけない状況ではないだろう。
それに、サオリさんは仕事もしていてこの時間にここに来ることだって、大変なのかもしれない。そう思えば、来てくれるのは心強かったけれど引き留めるわけにはいかないだろう。
「そうなんですね。……ボクは、まだまだ出来ないことも多いけど、サオリさんにも仕事があって、きっと抜けてくるの大変だとおもうから、来られなくなるのは残念だけど、がんばります」
「……乎雪くん。……そう言ってくれて嬉しいわ」
そういって、サオリさんはゆっくりとほほ笑んで、コーヒーをのむ。彼女の負担にならない回答ができたようで安心する反面、少し寂しい気持ちにもなる。
いまのこの状況でかかわりのある人間は多くない。たった一人であっても疎遠になるというのは少し寂しかった。
「……」
「……」
しばらく沈黙の時間が流れて、サオリさんは、コトンとテーブルにマグカップを置いて「よし!」と謎の気合をいれる。
「じゃあ、トラブルがないように話をしても構わないわよね!」
「……?」
「やっと、話せるわぁ。私ずっと言いたかったのよ。でも清司さんからは口止めされてるし、私が隠し事をしているのに、貴方たちの事、根掘り葉掘り聞くわけにはいかないじゃない?」
彼女は茶目っ気たっぷりにほほ笑んで、チーンと音を立てて、焼けたカップケーキを豪快に、天板ごとテーブルに持ってきて「さ、食べましょう。乎雪くん」とボクのお皿に焼き立て熱々のカップケーキをのせる。
「え、えっと」
「私から聞いたってばれてしまってもいいからね。私しばらくは、清司さんと連絡を取らないから、だから乎雪くん、しばらく家事は任せたわよ」
「はい?」
急な展開にぽかんとしていると、サオリさんは、カップケーキをアチアチ言いながら型から外して、少し割って口の中にいれる。
彼女が何を言いたいのかボクにはわからなかったが、しばらくということは、セージがまたサオリさんが余計なことを言ったことに怒り、そのほとぼりが冷めたころには、戻ってくるのだろう。
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