わがおろか ~我がままな女、愚かなおっさんに苦悩する~

かみやなおあき

文字の大きさ
29 / 111

夜襲と忍者 (シノブ21)

しおりを挟む
 その深夜に寝床のシノブは突然目覚め、布団から出て素早く窓を開きブーツを履き戸棚の中に入り身を潜めた。
 
 誰かが、来ている。もちろん宿屋には他の客がおり廊下を歩くことはある。だがこのような足取りで歩くことは絶対にない。これは抜き足差し足しのび足。明確に意識がこちらに向けられている。

 身体能力が超絶に劣化しても他の勘は冴えていることにシノブは自身に感謝した。もしかしてこれはあの男が? と耳を済ますと隣室から男のいびきが聞こえる。違うがうるさい。あの男は中年らしく身体のどこかが悪いのかな?
 
 となるとこれは追手の? そう思うと足音がふたつに増え、扉の前に立った。しかし隣は、とシノブは謝罪の気持ちが少し湧いてきた。この宿でシノブはアカイと夕食を共にしたが、その杯の中に眠り薬を入れた。無論夜這い警戒のためである。効き目は薄いもののアカイは夕食後に眠気を訴えそのまますぐに寝てしまった。

 一方のシノブは忍者の睡眠法によって深く眠っても異変を感じたらすぐさま覚醒できるよう訓練されている。加えていつも机の上には書置を用意している。万全の体制。扉が蹴飛ばされ開く音が部屋中に響いた。

「おらぁ! 神妙にお縄となれ暗殺犯!」
 暗殺などしていない! とシノブは心の中でツッコみながら息を殺し気配を消した。私は無、存在しない。シュ・シノブはこの世には存在しませんよ。

「むっいない!? あっ窓が開いていてこの書置きは!」
 これは常在戦場の意識をもつものとして当然のことである。書置きにはこう書かれている。先に行きます、と。そのために窓を開き靴を履いたのである。焦る敵はそれ以上部屋を探らない。そんな時間は無駄だからである。予想通りに悪党は毒づきながら隣の部屋に入っていった。声が聞こえる。

「やられた! 女は先に行っちまったようだ! まど遠くに行っていないだろうから探してくる。お前はそいつから情報を聞きだしといてくれ!」
 よし! と思うと同時にどうする、という二つの意識がシノブの中に発生した。逃げるか、助けるか、どうか。もう一人の悪党もあの男を放ってどこかに行ってくれれば。シノブは願うも悪党の慈悲なき声が聞こえた。

「お前が全部喋るまで解放しねぇからな」
 その人は私について特に何も知らないよと教えたい気持ちだったがシノブはそこは抑え、さて逃げるかと腰を上げるとアカイの声が聞こえた。

「喋ることなんかなにもない、無駄だ」
 すると暴力の音が鳴りアカイの嗚咽の声が聞こえた。
「もう一発蹴りを喰らいてぇのか? あのなぁ、あの女は逃げたんだよ。お前を放ってな。お前は捨てられたんだよ。だから喋れよ」
 そうそう素直になんでもいいから喋ってその男を行かせてやってとシノブは同意した。そこで粘ってもなにも良いことはないって。だいたいあんたはこちらのこと何も知らないじゃないの。重要な秘密を握っているような雰囲気を出さないでもらいたい。

「こっ断る。俺は何ひとつとして彼女のことは話さないぞ」
 シノブの溜息と蹴りの音が一致した。二回目の嗚咽の音。
「その態度は男として立派だが、聞け。お前は騙されたんだよ。だって逃げたんだぜ。隣はもぬけの殻だったんだよ。いいか? こっちとしては賞金の掛けられていない、ただ騙されたお前には興味がないんだ。ただ知っていることを少し話してくれるだけでいいんだよ。どんな身なりをしているとか身長とか顔とか。次はどこに行こうとしていたとか。そうしたらお前を解放する。話してくれ」
 そうだ話していいんだよ、とシノブはやきもきする。そんなのは無駄な努力なんだから早く喋ってと。だが無言である、シノブは絶望的な気分になった。どうして、喋らない。

「……王子暗殺未遂犯をこれ以上庇うとお前も同罪として連行するんだが、いいのか? 駄賃ぐらいくれそうだしそれでもいいな」
 脅しに対してまた無言。シノブは息を呑みまた悪党の息を呑む音も聞こえてきた。どうして、どうして?

「目撃情報からして会って一日程度だよなお前らは? いったいどういう関係なんだ?」
 知り合いでも何でもありません、とシノブは心の中で答えた。その人はただの荷物持ちです。

「運命の関係なんだよ」
 アカイの答えにシノブは首を振った。そんな運命は知らない。もしもそうだとしたらその運命とやらを抹殺すべし!

「もういい埒が明かない。じゃあ俺は行くからな」
 よしきた! とシノブは棚から出る体勢をとった。悪党が宿から出たら荷物を手に外に出る。大通りではなく裏道を通って町を脱出する。そう脳内で計算していると隣から物音が響いた。

「行かせない!」
「おっおいなんだお前! 手を離せ」
 なっ足を引っ張っているってこと! シノブは頭を抱えた。そのまま! 行かせてよもう! 足を引っ張らないで!

「このやろこのやろ! 離れろ!」
「俺の嫁のもとには絶対に行かせない!」
「えっお前らそういう関係なのか!? だったらなおさらお前を連れて行かないと」
「違う!」
 堪らずシノブは叫び棚から出て早歩きでアカイの部屋の前に立った。扉は開いており双方でその姿を確認した。呆然とする男二人を前にしてシノブは宣言する。

「冗談じゃない! 私とその人はそういう関係じゃ断じて絶対にありません!」
 あまりのことに悪党はシノブとアカイの二人の顔を交互に見る。
「なんだ突然……喧嘩なんか始めちまって。というかお前いたのか」
「そこはいまはどうでもいいから! その人の言葉は違うって認識して! こんな嘘を元にして手配書とかに夫婦関係とか絶対に書かないと誓って貰いたい! 彼と私は赤の他人同士なんですからね!」
「はぁ? ええっとお前そうなの? つまり嘘ついたのか?」
「それは……」
「嘘ってことでいいんだな? 見栄なんて張るなよ」
「……」

 口ごもり黙ったことによって力が抜けていることを感じた悪党は好機とばかり駆け出そうとする。それに反応したシノブは反射的に懐からクナイを取り出し投げた。そこにまたアカイが気を取り戻しまた眼の前の足に縋りつくと悪党はバランスは崩れ前方にコケ出す。
 
 倒れゆく悪党はシノブの明後日な方向に飛ばされ床に当たり跳ね返り上に向かうクナイの先端が目に入った。そこからどうしてかスローモーションとなり始める。ゆっくりと前に倒れていく意識の中で近づいてくるクナイの先端。おいおいとんでもない方向に飛んだのにまるで真っ直ぐ自分の顔に向かってくるようだと悪党は認識する。この世界がゆっくりになっているのはもしかして自分が死ぬからでは? 悪党は自分に近づいてくるクナイから目を離せない。

 まるで近づきつつある死のように導かれる様にそれは来る。眉間が、冷たい。悪党は恐怖を覚える。ここに刺さるのだと、俺は眉間を射抜かれて死んでしまうのだと。いやだいやだ! 悪党は頭を動かそうと必死になるが動かない。左右に上に避けようとするも、動かない。頼む動いてくれ!悪党はクナイの刃先を見つめながら祈った。神様死にたくない! 助けてください! するとどうだろう頭が下に動き床に正面衝突しクナイはベットの背もたれに刺さった。

「わっ!」
「わわっ!」
 鈍い大音響にアカイとシノブは同時に声を上げ驚いた。あれ? この人死んじゃった?またこれかとシノブは悪党に近づき確認すると、生きているようだった。

「大丈夫。脳震盪による気絶だね。まぁ私達には関係ないけど。それよりアカイ、逃げましょう」
 私はいまなんて? とシノブは思いつつも大急ぎで荷物をまとめ宿を出て予定通りに裏通りから草原へと出た。

 もう夜明けに近い薄明りのなか二人は歩いている。無言のまま。なにか気まずいなとシノブは妙な気分になっていた。なんでだろう……と思考するとまず嫁宣言を全否定したことが来た。それで自分は頭に血が昇り激昂したこと。けどそれって当然のことだよねとシノブは自らの疑問に対して不服であった。だって私はこの男の嫁でも何でもないし、そもそもこの私は王妃候補。身分が違うのよ身分が。そんな私がなんでこんな男の嫁宣言を聞かされなければならない! こんな理不尽はおかしい。シンプルに侮辱である。あなたレベルの男が私レベルの女を自分のものだと他人に対して言うなんて、犯罪的であり名誉棄損にも成り得るレベル。そうだ私は謝らない。悪いのはむしろそっちであるのだから、私はなにがあっても折れませんよ!

「さっきの件だけど」
 アカイの声が聞こえシノブはドキッとした。なんて来る? 怒って暴力を振るってくるんじゃ……こうなったら殺すしかない? この愚かな存在を滅亡させるしかないの? 新たなる存在に賭けるしかないの? 心配のあまり振り返ろうとするとアカイが続けた。

「助けに来てくれて、ありがとう」
 へっ、そっち? シノブは振り返りまた首を捻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

処理中です...