わがおろか ~我がままな女、愚かなおっさんに苦悩する~

かみやなおあき

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眠り薬と忍者 (シノブ20)

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 怖いなぁ、とシノブは思った。道中ずっと思っている。

 自分の後頭部を凝視するこの男の存在を。

 不思議な存在であるもののシノブは馬車から降りてからここまでの歩いている過程で以って重々分かりだしていた。もとからうっすらと分かっていた。深く考える必要はなく浅い思考でそれは当たり、かつ女ならすぐに見抜けるものである。
 
 宣告通りにこの男の目的は他にはなく確実にそのまま私であるのだと。そのことについてシノブは嫌悪感を抱くも鼻で笑いとばした。そんなのは当然なんだけどねと。はいはい、いつものこと。

 自分は若くて美人で独り。男なら狙わない方がおかしい。
 男は独りでいる女に声を掛ける習慣を持っているしさ。なにが寂しいかなと思ってだ、お前に私の心の何が分かるとでもいうの? まぁそもそも自分の傍にいると男は絶対に自分に好意を抱きあれこれ世話を焼きたがるもの。

 こんなものは幼少期からのことでありずっと続いてきたこと。珍しいことでも何でもない日常的なもの。男の扱い方などは慣れたものである。それでもこの男の特異な点は自分が追われている身だと承知なうえで同行していること。そこはどこか引っ掛るかが、しかしそんなのはちょっと考えれば十分である。罪を犯してでも私に好意を抱いて貰いたい、それだけである。

 まぁだいたい女であるなら犯罪者でも構わないという男だってよくいるしね。女だっているしあれはなんだろう? 自分が被害者と無関係だから気にしないとかかな? 好きの前ではそんなのは些細な問題であり、ごく普通のことであるのかもしれない。

 そこはとにかく都合よく利用するためにいつもなら女専用の術を使い、男を操り都合よく動きまわらせることは可能だが、とシノブは首を小さく振った。今は、駄目だ、と。魅惑の術に近いもので操った場合は騙されていたことを知った男の襲撃というデメリットがある。

 以前ならそんな興奮した男の攻撃なぞ軽く躱し逆襲で以ってあっさりとことを片付けていたが、今の憐れなこの身ではそんなことはできない。だいたい術が使えないからそれはできない相談だ。下手したら利用している最中に逆に手籠めにされる危険がある。

 それにしてもあの悪党との戦いで分かったがこの男は弱い。信じられないほどに、弱い。シノブはそこには呆れるものの逆に信頼感すら抱く。上手いぐらいに急所に入ったとはいえあそこまで無様にやられるとは信じ難いものがある。この男、間違いなく武道及び武術の心得といったものが皆無だ。
 
 そうだというのにあんな悪党に立ち向かえる勇敢さも有しているとは無謀極まる駄目勇者! だがいま考えてみるとその弱さが有り難い。こちらでも勝てる可能性がある弱さである。安心の弱さという妙さ。精神的な安定感を得られるものの、だが外の敵との戦いでは安心不可能。

 うーん難しいなとは思うものの、いま町の中を歩いているが安心感は湧いてくる。これがどんなに弱くても男であることには変わりはない、という現実さ。刃物はどんなに短く切れ味が悪い鈍刀で最悪中折れしていても刃物には変わりはなく敵は警戒をする。男とはそういう存在である。つまりは犬と同じか。しかしこんなに男を頼らないといけない身分に落ちぶれたのは無念だが仕方がない、とシノブは思う。こうなったらうまいことこいつを手懐けて自分の役に立たせ王子のために使わなければならない。そうしないとこんな気持ちの悪い男からの好意に耐えている甲斐といったものがない。

「シノブちゃん、そろそろ疲れたんじゃないの?」
 不気味さからの声が掛かりシノブはビクッとした。その呼び名、好きになれそうにない。虫唾が走るってこういうことなんだねと呼ばれるたびに理解できる。

「あっそうですねアカイさん。どこか休めるところがあれば」
 さん付けしたせいか変な間が生まれるもシノブは訂正しない。要求された下の名前の呼び捨てには抵抗がある。お前とは親しみたくはない。一線を引かせていただこう。

「というよりそろそろホテル……いや宿に泊まらないか。歩きっぱなしで俺も疲れたしシノブちゃんも疲れたでしょ?」
 来たな、とシノブは警戒態勢を取った。私の身体目当てだったら今夜が山よね、とシノブは内心で嘲笑う。そうはいきませんよ、こちらの品物は既に王子の予約済みなのですから。こうなることは承知であったのでシノブは何も知らない風に言った。

「そうですね。私も疲れました。町を観察したところこちらにはまだ手配書といったものが来ていないのでしょう。明日にも届くかもしれませんが、今夜は大丈夫でしょうから十分に休むことにしましょう」
 淡々と言うと男は嬉しいそうな顔となりシノブは眉をひそめた。この欲望逞しき猿め。宿は目立たない町の片隅のあるものを選び二人して入る。するとさて、とシノブは先んじて宿番に話そうとするとなんとアカイの方に先に声を掛けた。

「いらっしゃいませ。御二人で一部屋でよろしいですね?」
 しまった! とシノブは慌てる。それを回避したかったために前に出たというのに。というか夫婦やそういう関係に見られたのかというショックによってシノブは言葉が出ない。なに? 傍目だとそう見えるの? 嘘でしょ? いやいや早く拒否しなければヤバいとシノブが震えるとその姿を見ないアカイはこう答えた。

「いえ、二部屋をお願いします」
「えっ!」
 とシノブが間の抜けた声を出すと宿番は頷いた。

「かしこまりました。では隣同士の御部屋を用意いたしますね。ちょっとここでお待ちください」
 準備のため宿番が抜けるもシノブはなおもアカイを見る。またこの男は変なことを言ってからに。こいつはいったいぜんたいなにを企んでいるんだ? どんな怪しいことを考えているんだ?

「警戒のためには同室が良いんだろうけど、まぁ今回は」
 次回以降も是非それでお金はいくらでもかかっても良いから絶対にそうするべき、とシノブは同意の言葉をあげそうになるも抑えた。必死になったらまるでこっちが自意識過剰ではないかと。必死なのはそっちでこっちではない。自分の方がそんなふうには見られたくはない。こんな男に対して意識しているなんて思いたくも思われたくはない。そういうのを想像させるんじゃあない!

「部屋代が二倍になるのが不経済ですね」
 全然自分は問題していないと示すためにシノブはそう言った。言葉通り受け止めないようにと念波をおくりながら。

「それでもまぁ、いまの我々としましては」
 アカイが小声でごにょごにょ言うのをシノブはもちろん聞き逃さない。そうだよこいつはこちらの警戒心を見抜き今回だけは紳士的な態度を取ったに過ぎないんだ。つまり次回は同室にするよといま言ったに違いない! と結論付けたシノブは安心した。やはりこの男はその程度なのだと。理解の範囲内に収まったことでシノブは安堵の息を吐いた。穴というものは底が見えればそこまで怖くはないのである。人間もそう。人間の程度、欲望の程度、悪の程度がそのぐらいなら容易に見積れ御しやすい。

 でも残念ですがあんたとの関係の発展は有り得ないのでここまでです。壁と扉のごとき明確な一線を引き設けたまま利用するだけ利用仕切ってやる。

「でも夕食は一緒にとりませんか。そっちのほうが経済的でしょうから」
 シノブがそう提案するとアカイは疑いもなく同意した。そうまだまだ油断は禁物。私の自信もかつての身体能力の上で成り立っていたもの。絶対的な自信の源であったものがない今の状態では工夫が必要だ。いまは油断せずにいくら警戒するにも足りないということはない。幸いなことに身体は弱まっても薬の調合はできる。少し前に完成したこの眠り薬を使えば良好な、つまりはこちらに都合のいい関係を維持できるに違いなかろう。
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