わがおろか ~我がままな女、愚かなおっさんに苦悩する~

かみやなおあき

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長考と別れ話の忍者 (シノブ54)

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 こいつ結構打たれ強いな、とシノブは少し感心するとやっとお目ざめなアカイは左右を見渡した。何が起きているのか気付いていないご様子。それからアカイは正面を向くと驚きながらシノブを凝視する。

 上着は脱いでいるがこいつはなぜかこちらを見つめている。待て! 着衣に乱れが? と慌ててシノブは確認するが、無い。あるはずがない。私の着付けは完璧だ。

「忍者……いや、シノブ、シノブだ! そうかこんな忍者だったのか!」

 どんな忍者? とアカイの言葉にシノブは疑問を抱くも気にしないことにする。妙な思考の持ち主であるアカイの言葉を気にしていたらキリが無いのだ。アカイに詳しいからこその最適な判断である。

「めっちゃ可愛い……」

 感銘に近い響きの呟きが聞こえシノブは鼻で笑う。そうだけど、そうじゃない、私に対する言葉は、それじゃない。

「そうか忍者だったのかぁ。そういう系の忍者だったのか……こういうのもありだな!」

 なにがありだとアカイはこちらの脇の隙間や腿の付け根を見つめて来る。本当に駄目な奴だなとシノブは改めて確認し、間抜けな態度で対応してくるアカイを見ながら考える。とりあえずこいつは殺さないといけないのだが、私が強い忍者であると思い知らさなければならない。いまの兄弟の戦いを見ていなかったのは致命的だがなんとかしなければ。

 だがどうやって? アカイ、私が強いんだよ! とか言ってもこいつは、うんうんそうだねと口だけで合わせてくるだろう。そんなのは嫌なこった。心胆寒からしめるほどに怖がらせて平伏させて言わせないと。

 たとえばこんな言葉を。

 僕とあなた様では格が違い過ぎです。決して二度と思いません。なにを? 何をって決まっているじゃありませんか。僕は君をお嫁さんにしようとかいう身分不相応な願望を……なんだ今の妄想は、とシノブは立ち眩みがした。

 アカイは無言のまま自分の身体のあちこちをしらみつぶしに観察している。気味が悪いも無視だ。ある意味で無言のままでいてくれる方が助かる。

 はやく考えをまとめないとならない。

 殺さなければならない理由は二つだ。私を裏切ったこと。そしてもう一つは私に対する愚かにも程がある誇大妄想。つまりはこうだ。私を尊敬し私を裏切ったことを後悔し私を嫁にするなんて夢を諦めれば、命だけは助けてやる。要するにこういうことだったと。

 私を要介護の弱者だと侮り、私の言葉を信用せず敵に寝返り、私を思い通りに出来る都合のいい嫁にしようと欲望を向けている、こんな恐ろしく不遜で邪悪な態度をとろうとしている存在を生かしておくほど、私は慈悲深くはないのだと。

 罪には罰を悪には裁きを降し、この世の正義を実現しないと世界に平和が訪れない。

 そうだ考えをちゃんと整理整頓しなければならない。そうしないと私はアカイに捨てられたことをすごく気にしている変な女になってしまう。そうじゃない、そんなはずはない。私は、捨てる側の人間なのだ。

 誰を? アカイを。アカイを……捨てる……できるの? シノブはそう思うと首を突発的に振った。できるんだよ、しなきゃならない。余計なことを考えるな私! とりあえず私の戦いを見せて尊敬させるは不可能となった。

 このバカが気絶したせいで! つーかなんで? あれか? 私がお前を殺すとか言ったから? 脅しで気絶とかなんという肝の小ささ! 気を失うと一緒にどうやらちょっとの間の記憶も飛ばすとかいう、凄まじいまでの自分にだけ都合のいい現実逃避能力。

 そうやって今まで生きてきたんだろ!

 どこまでもげんなりさせてくれる。まぁこいつの人間的な小ささはよくよく知っているけどね。手っ取り早く縄を解いて戦うってどうだ? 駄目だな、瞬殺だ。アカイの炎は強力だけど? いやいやそういうことじゃない。まず絶対に間違いなくアカイは私と戦えない。あの炎は私への欲望の現れだしそれを私自身に向けるわけがない。

 炎を抜きにしたアカイは運動音痴な中年男性そのもの。鈍くて弱い、以上。というかアカイも私に手加減するという意識も働くし、すぐに降参するだろう。そんな相手にいくら殴っても蹴っても考えを変えることは、できない。

 むしろこっちの気が引ける。というかクナイで刺してもそうだが、治療は私がする羽目になったら意味がないしあいつはまた勘違いするし。だから違う! 私はこいつを殺すの。怪我とか心配しなくていいの。またこいつは変態だから暴力を愛情表現のひとつだと勘違いするかもしれない。

 そうだろうなカオリさんに首を絞められたと言っていたが、そのあとも全然気にしていなさそうだし。こいつは今までの人生で女とそういう接触がなかったから、暴力と愛情表現の区別がつかない憐れな存在なのだろう。

 強さを認識させ尊敬させるは、没。なら次の裏切ったことへの後悔と反省を述べさせることだが、これもこの状態だと駄目だな。私のことを裏切ったでしょ? と聞いたらこいつは絶対にこう答える。

 俺は裏切ったりなんてしていない、と。

 この一点張りを続けられたら私は負ける。だってこのアカイの言葉に対する反証を持ってこれないのだから。兄さんやカオリさんを証人として連れて来れたら即論破できるんだけど、あの二人が正直に言うかどうかは不明だし、そもそもその二人が来たら審議どころの話ではなくなる。

 ここでいくら私が数々の状況証拠で以ってアカイの不誠実な裏切り行為を糾弾しても、こいつは「俺がシノブを裏切るはずがないとない」と言い続けるに違いない。不毛な水掛け論が展開されグダグダとなる。これは避けないといけない。つまりこれも、駄目。

 そうなると最後の手は一つだけとなる。たった一つのもの。私を嫁にしようとしている罪深き強欲さ、これだ。この一点だけはこいつは否定できないし本気にならざるを得ないだろう。私のこと好きなんでしょ? と聞いてこいつが「それは違う」とか、自意識過剰になってめんどくさい対応を取ったらはい言質取った! と紙に署名させよう。

 一度言ったらもう言い直せないがこの世の掟だし、この男は男らしさに固執しているから男らしくないことはできないと不本意ながらも署名するだろう。これで完璧! これによってこいつは私を諦める……ようには思えないよな。

 そんなんで終われるぐらい楽な話ではない。だってアカイは私のことだ大好きもの。なんでもいうこと聞くし荷物も持ってくれたしそこはすごく便利だった。そこだけはとても感謝している。

 でもそれ以上は、駄目。

 署名したあとも私の追跡をしてくるに決まっている。ここははっきりさせないと。そうだここだ、これが大事なことだ。いつかはこれをしなければならなかった。自分が王妃なる存在だということ。

 つまりあんたの嫁になんかなるはずがないと。

 これを言ったが最後、こいつは私のもとを去り私の敵となる。確実に当然に間違いなく。そしてそれは間違いじゃない。むしろ正しい。いくらこの私でも王妃になるから全面協力してねアカイ! なんて言えるはずがない。

 私はアカイをある意味で騙し続けて来ていた。あなたの嫁になる気はない! とは何度か言ったし態度でも現して来ていたが、それは自分には王子という婚約者がいるからとは言ったことがない。

 いまのあなたじゃそのような気は起こりません、といった言葉や態度をとってきていた。もちろん、計算済みである。それなら男は動くと、アカイは自分のために動いてくれると分かり切っていたからだ。

 いまのあなたじゃ、というのは、すると頑張ればもしかして、という意味で捕えられるのを狙っていて見事にアカイに的中した。チョロい、あまりにもチョロすぎる……しかしその戦略もここにきて限界で、もう終わりにしなければならない

 私はこいつと決別しないといけない。そうしないと王妃になれない。力も戻ったし一人でやれる。アカイはもう、いらない。いらない……そういらないんだ……なんか冷たいものが背筋を通ったような、しかも胸が苦しいような、嫌悪感じみたなにかが身体から湧いているな。

 これは緊張感ってやつ? でもなんで私は緊張しているんだ?こんなことは大したことがない……でもあれ? いままでこんなシュミュレーションはしたことがなかったな。あの二人の戦いは入念にやってきたのに。

 アカイをふるという想定はやったことが、ない? なんで? いや、やる必要がない、なんで? やらなきゃダメでしょ、そういう意味じゃなくて、練習する必要がないというかぶっつけ本番でも何の問題もない、

 本当に? そら簡単でしょ。私は王子と結婚するからあなたとはもうお付き合いはできません……違うそうじゃない。まず付き合っていないから同行していただけだから、そもそも王子と結婚するけどしなくてもアカイとは、ないからあり得ないから。

 でもそう言うとこいつは混乱するから駄目だ。ちゃんとした理由をつけないと。修正するとこう。私は実は王妃になる存在だからあなたとはもうお別れです。無駄がなくて良いな。でもここでこういうのも唐突感があるというか違う場面の言葉だな。

 これは最後に王子の隣に座っている時に使う言葉でここではない。アカイからまだ王妃じゃないじゃんとツッコまれたらめんどくさい。確かにそうだけど王妃についてこいつにとやかく言われたくはない。というかアカイを捨てることで頭と時間を使いたくない。こんなの簡単じゃないの。

 簡単なことにどうしてこんなに思考をする? 単純にいこう単純に片付けて行こう。端的に言え。正直に言え。解釈の余地のないはっきりとした言葉をアカイに与えればいい。そうしたら全ては解決する。やるぞ私、深呼吸しろ深呼吸、いらない、私は緊張していない。

 挨拶のように軽く無意識なぐらい自然にそうしないと自分が強く意識しているように感じられてしまう。私はこんなことはどうでもいいと思っている。この私がこんな男になんの緊張をする必要があるのやら。どこにもない、いつだってない、よっていまだってない。

 よし言おう、なにを? なんと言うんだっけ? つまりええっと、わっアカイが目を合わせてきた。避け……てはならない! 負けない、私はこんな男に、中年のおっさんに負けない。アカイになんか負けない、勝負だ!

「……アカイ、私達別れましょ」

 早口な言葉がアカイに贈られた。
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