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第一章 なぜ私であるのか

龍を討つために、です

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 三人は無言のまま座りしばらく口を開かず茶を呑む以外の動きをしないでいた。

 茶で心を落ち着かせようとしているのかバルツが忙しく口と手を動かし一番に飲み終わり、二杯目が注がれ出したところでルーゲンが僧衣の袖を振るい口を開いた。

「改めてご説明しましょう。ジーナ君、龍身の護衛とは非常に名誉あるお役目です。一般的な役職名で言いますと近衛兵でありますが、それよりも立場は上です。龍の騎士のただ一人の補助役となりますからね」

 この何度目かしれない説明もルーゲンは厭わず諭すようにジーナに告げ、バルツが続ける。

「この度の戦いによる活躍でついに辺境であった我々西シアフィルの民にその役目の順番が回ってきたのだ。シアフィル連合の長としての喜びはこれ以上に勝るものはないぞ」

 バルツは自分の言葉に深く何度も頷きジーナがつられて頷くかと思いきや微動だにしないことに、また腹が立った。

 だから次に来る言葉もバルツには分かった。

「ですが私は西の砂漠の果てから来たものでありみんなとは違いまして」

「またそれか!言うな言うな言うな。お前は何度同じことを繰り返し言うんだ。私の他の者をどうか、私には相応しくありません云々。はじめは礼儀や謙遜かと思っておったが本心から言っているのが分かった時、俺が、どれだけ、驚いたか、お前には分かるまい。いいかこの罰当たりが!龍に対してそういう態度をとることは許されんぞ!この世界は、龍によって、統治されているのだ!そうであるのだからお前がこの世界にいるのならこの秩序に従うべきであり」

 興奮しだし席を立ちあがろうとするバルツをルーゲンが手で抑えまた座らせなおも仏頂面のジーナに笑顔を向ける。

「落ち着いて下さい将軍。あなたとシアフィル連合軍の龍への篤信は誰もが知っておりますが、世の中にはそうではないものもいるわけなのです。この龍の一族が治める南方ソグ地方にだって奥地の最奥に行けば龍のことなど知らぬ民族もおります。ここでそうであるのなら西方シアフィルのさらに遥か果て、砂漠の先にいるものには龍の信仰を持たないものがいてもおかしくはないでしょう。ジーナ君はそういう特異な存在なのですよ」

「そうは言うがな。この男はうちの軍では最も勇敢な戦士であり最も功績のあるものだ。だから護衛役に推薦した。というかお前以外の誰を推薦せよというのだ?他のものを選ぶというのは不正だ。俺が見ても、それ以外の誰が見てもだ。俺はそんな不公平なことはできん」

 興奮は収まりつつもバルツの怒りはまだ消えず煙を上げ、その場で地団駄を踏み続けているがジーナは動揺をせずに言った。

「バルツ様。私があなたの軍に入る際に信仰について問わないと約束をしたはずです。最前線で戦うこと、信仰の強制をしない。この二つは絶対だと念押しをし、あなたは受け入れたはずです」

「言わんでも覚えている。そうだ約束をした。だがそれもいつかは目覚めると思ってな。現に俺はお前はもう信仰に目覚めていると思っている。俺達の戦い、すなわち世界の中心に真の龍を戻し秩序を回復させる……そのための戦争に身も心も捧げているということだ。俺もそうであり、お前もそうである、そのはずだ。そうであるのに何故お前はいつまでも龍への信仰を持たないと意固地に主張しているのか。そうだというのに何故に戦うというのか?俺には分からん」

 小さく首を振りながら語るうちにバルツの声には哀しみの色が帯びはじめる。

 しかしジーナは不動の姿勢のままであった。

「それは私の罪ではありません。その件については私の口から何度かお答えしておりますが、もう一度お答えしましょう。私は信仰に目覚めるためだとか、世界の秩序を取り戻すといったこととは無関係な存在です。ひとりの戦士としてまた傭兵としてひとつの役割のためここに来て戦っているものです」

 ジーナは微笑んだ。

「龍を討つために、です」

 その言葉にバルツは睨み付けるもジーナも目を逸らさずに、見る。

「あの龍ではなくなったものとこちらの龍を同列に扱うな」

「私には同じ龍にしか思えませんが」

 両者は同時に立ちあがったが、その間にルーゲンが入り手を広げ、衝突を防いだ。
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